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寝室にいるはずの彼に、声をかけようとすると部屋の中から声がしてきた。電話をしているようだった。


「いえ。はい。なので、今回の企画には正直賛成できません。仮に売上が落ちたとしても、ファンにとっての利益を考えた時、納得ができません」


仕事の話だ。


私に対する言葉遣いは酷いのに、仕事となればやっぱりアーティストとしての「湊」さんなんだ。


あまり聞いてはいけないと思い、その場から離れる。


彼は、ため息をつきながら寝室から出てきた。


「湊さん、食器片付けてくれてありがとうございました。シャワー空きましたのでどうぞ?」


「ああ。食器を片付けるなんて当たり前だろ。自分で食べたものだし。シャワー、行ってくる」


なんだか元気がない、そう思ったが私にできることは何もない。


せめて喜んでもらえるような美味しいご飯を作ろうと思った。





それから何週間か過ぎた。


湊さんとの生活は、特に怒られることもなく上手くいっている。というのも、彼は最近、家に帰って来ない。


少し寂しい気がしたが、新曲が発売される関係だと思った。


そして、私もファンとして今日発売の新曲を予約している。学校が終わったら、CDショップへ直行する予定だ。


今日は成瀬書店のアルバイトもお休みだし、ゆっくり家に帰って聴きたい。

が、その前に湊さんは今日帰ってくる予定だから、メニューを考えないと。


疲れているからスタミナがつくものがいいよね。

彼が好きな甘い物は、今日は豪華にしよう。


新曲が発売された日だから、ケーキなんてどうかな。彼ならホールごと食べてしまいそうな気がするけど。


私は新曲が聴ける喜びと、彼を喜ばせたいと思いが重なって、いつもよりドキドキしていた。


無事に学校が終わり、CDショップへ直行。


予約票を店員に渡す。

「こちらの商品でお間違いないでしょうか?」


「はい」

冷静を装ったが、心の中はそうはいかない。


湊さん、カッコいい!ジャケット素敵!


予約特典のライブへの応募チケットが入ってる、絶対応募しなきゃ。

そんなことを考える。


スーパーに寄って、食材を購入する。

「今日は贅沢でもいいよね?時間もあるし、手の込んだものを作ろう」

一人小声でそんなことを呟きながら、買い物を済ませ、帰宅をする。


もちろんまだ彼は帰って来ていなかった。


「よしっ、夕食の準備をしながら……。ちょっとだけ聴こう」


CDは自分の目で見る鑑賞用。

曲自体はすでにスマホに取り込んだ。


携帯で新曲を流す。


<あの日出逢ったのは初めてじゃない……>


「きゃあー!!素敵!!」


湊さんのCDを聴いている時だけ、年相応の女の子になれるような気がする。


湊さん、やっぱり歌上手だな。

高音も低音も綺麗。

息遣いも最高。


やはり憧れの人物に間違いない。

とても一緒に生活をしているとは思えないけど。


「よしっ、湊さんのために美味しいご飯を作らなきゃ!」


「出来たー!」

ふぅと達成感から息を吐く。


今日の夕食は、湊さんの好きなものばかりにしたつもりだ。


「早く帰って来ないかな」

そう思いながら、新曲を何度も聴いていた。


「今日は、二人でご飯食べたいな……」



気づけば、午後九時を過ぎていた。

彼は夕ご飯がいらなくなった時は、必ず連絡をくれる。今日は連絡が来ないため、帰って来るはず。


「どうしよう。仕事だからこっちから連絡するのも迷惑だしなぁ」


とっくに冷めてしまっている料理は、また温め直せばいい。

そう思っていた時、玄関のドアが開く音がした。


パタパタと玄関まで走り、出迎える。


「おかえりなさい」


「おう、ただいま」


あれ?元気がない、しかも機嫌が悪そう。

彼の顔つきを見ればすぐわかった。

どうしたのだろう、新曲が発売になったのに。


「荷物持ちましょうか?」


「いや、大丈夫」


一言返され、机の上の料理なんて全然気にせず、寝室に入って行く彼。


いつもなら

「今日の夕飯なに?マジか!美味そうだな」

そう言ってご飯に関しては、喜んでくれるのに。


寝室に入ったままの彼、今日はもう出て来ないつもりなのだろうか。


勇気を出して、トントンとノックをした。


「なに?」

扉の向こうから返事は聞こえてきた。


彼の機嫌が最高に悪いことはわかったが、せめて少しだけでも食べて欲しいと思ってしまったのが私の我儘だったのかもしれない。


「湊さん。あの、今日、新曲発売日ですよね?ちょっと頑張って料理を作ったんですが、一緒に食べませんか?デザートもありますよ!」


しばらくしてドアが開いた。


「湊さ……」


「お前はいいよな?何も考えなくて良くて」


「えっ?」


「飯作って、それで満足だもんな。夢を追いかけるとか言って、努力してんのか?全然お前の歌、聴いたことないんだけど。ただ甘えてるだけじゃないの」


何も言い返せなかった。

確かにその通りなのかもしれない。


彼からそんな言葉が出てくると思わなくて、硬直してしまう。


そうだ、湊さんの優しさに甘えてばかりいた。


でも今日は、おめでとうと言ってお祝いがしたかった。彼の新しい歌が聴けて、嬉しかったから。


泣くのは今、我慢だ。


湊さんが

「ごめん……」

と呟いたのが聞こえた。


「言い過ぎ……」


彼の言葉を私が遮る。


「ごめんなさい。その通りです。甘えてばっかりで、全然努力が足りませんよね」


「私、デザートを買い忘れちゃったので、買いに行ってきます」


嘘をつき、私はその場から走って逃げた。

今は、一緒にいない方がいいよね。


今日の料理は、頑張ったんだけどな。





玄関のドアが勢いよく閉まる音がした。


「クソっ!俺は何言ってんだ?あいつが悪いわけじゃないのに。イラついてるからって八つ当たりして」


彼は思わず、壁を殴った。

ドンッ!

部屋に悲しい音だけが響いた。



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コメント

1

ユーザー

切ない、😭

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