「そんな、考え過ぎだよ。ただの妄想だろ? 君は今、そういうことに興味がある年頃だから」
伸は、無理に笑って見せる。有希の目から涙がこぼれる。
「はぐらかさないでよ。僕は真剣に言っているのに」
「はぐらかすも何も、俺たち、そんなことしてないって」
「嘘。伸くんが僕を嫌いになったのって、そういうこと? 伸くんは、僕の体が気に入らなかったの?」
「やめろよ、そんな言い方。そんなことで、好きになったり嫌いになったりするような、俺は、そんな下衆じゃない」
有希は、涙をぬぐって言った。
「ごめん……。もう帰るよ。最後に、もう一つだけ教えて。あの日、なんで僕たちは墓地にいたの?」
「それは、たまたま、俺の古い知り合いの墓参りに付き合ってもらったんだ。特に意味はない」
「ふぅん。じゃあ、そこで僕が倒れたのも、記憶を失ったのも、たまたま?」
「あぁ。たまたまだ」
「ふぅん。そうか。でも、なんだかすごく気になって仕方がないんだ。もう一度、一人で墓地に行ってみようかな。そうしたら、何かわかるかも」
「それはやめておけよ」
つい、強い口調で言ってしまった。有希が、探るような目で見る。
「どうして?」
「どうしてって、また倒れたりしたら困るだろ?」
「どうして、また倒れると思うの?」
「そんなこと……」
話せば話すほど、ドツボにはまって行く。有希の勘が鋭いのか、自分が間抜けなのか……。
「伸くん、やっぱり、僕に何か隠していることがあるんだね」
やっぱり有希は鋭い。
「別に隠していることなんて……」
そして、俺は間抜けだ。
伸が、がっくりとうなだれて言った。
「もう死にたい」
「……え?」
伸は、ゆるゆると首を左右に振って、額に片手を当てた。
「伸くん、どうしたの?」
急に死にたいだなんて。伸は、うつむいたまま、額に当てていた手をだらんと落として言う。
「自分の馬鹿さ加減にうんざりする」
訳がわからないながら、有希は言った。
「伸くんは、馬鹿じゃないよ」
「いや。馬鹿だ」
伸が、悲しそうな目でこちらを見る。
「なんとか、うまく別れようとしたのに、もう二人きりになるのはよそうと思ったのに、君を説得することも出来ず、結局、こうしてまた、二人で部屋にいる」
有希は、伸の目を見つめ返す。
「伸くんが、そういうふうに思っていることは、なんとなくわかっていたよ。本当は、僕のことを大切に思ってくれていることも。
僕は、伸くんと一緒にいたいと思っているけど、伸くんが、どうしても別れなくちゃいけないって言うなら、悲しいけど、言う通りにするよ。
だけど、その前に、ちゃんと理由を説明してくれなくちゃ嫌だ。だって僕は、伸くんのことが好きなんだから!」
言いながら、また涙が込み上げて来た。本当は、別れたくなんかない!
「あぁ……」
伸が、辛そうな表情で声を漏らし、その目に、うっすらと涙が滲んだ。有希は、胸をわしづかみにされたような気持ちになる。
「伸くん」
「どうしたらいいかわからないよ。だけど……」
伸は、ぶんぶんと頭を振る。乱れた前髪が潤んだ目元にかかって、こんなときなのに、有希は、その姿を、とてもセクシーだと思う。
その前髪をかき上げて、伸が言った。
「少し時間をくれないか」
「……わかった」
伸は、心が決まったときには必ず連絡するから、それまで待っていてほしいと言い、タクシーを呼んでくれた。伸が、とても悩んでいるということは、よくわかったので、有希は、いつまででも待とうと思った。
その場しのぎのことを言って、強引に追い返そうとしたりしない伸は、とても誠実だと思う。それはやっぱり、有希のことを真剣に考えてくれているからに違いない。
たとえ記憶がなくても、以前の自分は、そういう伸のことが、本当に好きだったのだとわかる。だからこそ、今もこんなに好きなのだ。
連絡は、意外に早く来た。それは、週末の午後だった。
「明日、フォレストランドの噴水の前まで来てもらいたいんだけど、いいかな」
伸の声は、とても静かだ。
「いいけど、明日は仕事があるでしょう? 日曜日なのにいいの?」
休日のフォレストランドは、きっといつもより賑わうはずだ。
「あぁ。無理を言って有休を取った。いつもあんな場所で悪いけど、他に思いつかなくてね」
きっと、有希の休みに合わせてくれたのだ。
「僕は、かまわないよ。時間は?」
「昼過ぎに」
次の日、噴水の前に行くと、伸は、先に来ていた。有希を見て立ち上がった伸は、以前にも増して痩せたように見える。
その原因は、やはり自分なのだろうか。自分は、そんなに伸を悩ませているのか……。
それでも伸は、近づいて行くと、右手を上げて微笑んでくれた。有希は、小走りに近づく。
「待たせてごめん」
「いや。俺も今来たところだよ」
それから、二人そろってベンチに腰を下ろした。
「はいこれ。前のコンビニで買って来た」
有希は、肩にかけていた布のバッグから、ペットボトルの飲み物を出して、一本を伸に差し出す。
「ありがとう。気が利くね。こういうことは、俺がしなくちゃいけないのに」
「うぅん。喉が渇いていたから」
伸は、キャップを外して、飲み物を口に運ぶ。そして、何口か飲んで、キャップを閉めた後、おもむろに話し始めた。
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