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#探偵
橘靖竜
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キャプテンを殺す。
新しく生まれた吾妻勇信。
その名は、暗殺者。
暗殺者は怒りに身を任せたまま、静岡県しそね町へ向かっていた。
体力の限りを尽くして走る。
疲れれば少し休み、また走る。
結局、目的地であるしそね町の別荘に着くまでに、5時間もの時間を費やした。
道中、めぼしい民家の軒先や物置を探り、靴と帽子とマスクを盗んだ。
完全な変装とは言えないが、顔を隠すことには成功した。
しかし携帯電話も地図もない。
道路に沿って進むだけのルートだったため、別荘に着いたときには、すでに日が昇りはじめていた。
門の前でしばらく呼吸を整えてから、暗証番号を押して中へ入る。
盗んだ靴を脱ぎ、息を殺しながら内部を見回した。
音はまったくしない。
他の勇信たちが眠る寝室を避け、クローゼットへ向かう。
洋服を漁るように調べていると、背後から声がした。
「おまえ、何してんだ?」
突然現れた別の勇信が、目をこすりながら言った。
「ちょっと寒くてな。いいからトイレに行け」
暗殺者は表情を変えることなく言った。
「俺は寒くないのに、おまえは寒いのか?」
別の勇信が怪訝そうな顔を浮かべた。
「寝ぼけてないで、トイレに行けって」
「……」
別の勇信はあくびをしながら、トイレへ歩いていった。
暗殺者は手早く服を探り、キャッシュカードと下着を拝借した。
カードの暗証番号はわかる。
自分自身の記憶なのだから、当然だった。
トイレに行った勇信が目の前を通り過ぎるのを確認したあと、暗殺者は静かに玄関を出て別荘を離れた。
最初はただ、感情の赴くままにキャプテンの首を絞めて殺すつもりだった。
しかししそね町に来るまでの道のりで、暗殺者の心理は次第に変わっていった。
キャプテンを殺すという、最終目標は変わらない。
しかし殺したあとの死体処理や、その後の対応を考えると、早急な殺人にはデメリットが多い。
機会はいくらでもある。
あえて他の勇信がいるタイミングで犯行に及ぶ必要はない。
キャプテンがひとりになる瞬間など、これからいくらでもあるだろう。
何より、キャプテンの行動はわかりきっている。
わずか数時間前まで、自分がキャプテンだったのだ。
その心理は手に取るように、いや、それ以上に鮮明にわかっていた。
別荘を出た暗殺者に必要だったのは、何よりも休息だった。
体力は限界まで削られている。
しかし、さすがに別荘では眠れない。
思い当たる休息場所は、1か所しかなかった。
暗殺者は別荘から1キロほど離れた、ビスタ建設現場へ向かって歩いた。
夜が明けると、町民の姿がぽつぽつと現れはじめた。
朝の散歩をする年配者たちだ。
さすがに見知らぬ男の姿を見れば、驚くだろう。
しかも、しそね町に来る途中で盗んだ服装だ。
帽子、マスク、靴、上着。
コーディネートはバラバラで、汗と土と排気ガスでひどく汚れている。
警察に通報される可能性を、当然考慮しなければならなかった。
周囲に気を配りながら路地を曲がると、ひとりの老人と出くわした。
老人はまだ目が覚めていないのか、地面を見つめたまま暗殺者のそばを通り過ぎた。
「ふぅ……助かった」
町民を避けながら、ようやくビスタの現場に着いた。
しかし建物は、想像とかなり違っていた。
仮設フェンスをよじ登り、内部のどこかで仮眠を取るつもりが、フェンスはあまりにも高い。
街灯をよじ登ったところで、フェンスとの距離が遠く、飛び移ることも不可能だった。
「元気でいろよ、ビスタ」
暗殺者は捨て台詞を吐き、ビスタをあとにした。
続いて、吾妻建設のビスタ管理事務所を訪ねてみた。
事務所の扉は固く閉ざされていて、周辺のどこにも休憩できそうな場所はない。
仕方なく外に座り、少し体力を回復させてから事務所を離れた。
「空腹がひどいな……。それに眠くてたまらん」
結局、暗殺者はあてもなく1時間ほどさまよった。
その途中で、偶然小さなバス停を発見した。
30分ほど待ってからバスに乗り込み、名前も知らない地方都市の駅で降りる。
駅の周辺をぐるりと見て回った。
唯一開いていたうどん屋に入り、腹を満たした。
その後コンビニATMで現金を引き出し、駅裏にある寂れたビジネスホテルへ入った。
一泊3500円。
人生ではじめてのビジネスホテルだった。
死体安置所のような箱の中で過ごすのも、はじめてのことだった。
目を覚ますと、もう午後になっていた。
ぬるま湯でシャワーを浴びてから、一度外へ出る。
個人経営の古着屋へ行き、これまで勇信が好んできたものとは真逆の、スポーツウェア一式を購入した。
ホテルに戻って着替えると、また空腹を自覚した。
チェックアウトしてから、再びうどんを食べる。
ようやく腹を満たし、コンビニで購入したコーヒーを飲みながら、駅前のベンチでひと息ついた。
「頭痛がひどいな。昨日今日と、少々無理をしすぎたようだ」
ずっと頭痛の存在には気づいていた。
しかし他にやるべきことが多く、黙殺してきたのだった。
暗殺者は薬局を訪ね、頭痛薬とビタミン剤を購入した。
それから再び、同じビジネスホテルにチェックインする。
「棺桶のような部屋ではなく、一番いい部屋をください」
「はあ?」
受付の老婆が、顔中をシワくちゃにした。