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白山小梅
12
#借金
1,754
* * * *
仕事を早めに仕事を切り上げた春香は、いつもの従業員口とは違う店舗内の通用口を使って外に出る。
辺りを見回し、たくさんの客の隙間から町村の姿を探したが、彼の姿は見えなかった。春香はホッと息を吐いて、俯きがちに店の外に出る。
駅へと歩きかけたが、町村に待ち伏せをされていたのが改札付近だったことを思い出し、ロータリーにあるタクシー乗り場に向かう。幸運なことに誰も待っている人はおらず、すぐに乗ることが出来た。
自宅までの住所を伝えた後、ハッとして窓から外を観察する。しかし町村らしき人影は目に入らない。安心したように春香は背もたれにどさっと倒れ込む。
怖くて悲しくて不安に押しつぶされそうだったが、無事に帰路につけたことで、少しだけ冷静さを取り戻せた。
今日泊まれる場所を探すため、カバンからスマホを取り出すと、瑠維から何通ものメッセージが届いていることに気付く。
『どこか教えてくれたら、お店まで迎えに行きます』
『一人は危険です。メッセージ見たら連絡をください』
たかが高校が同じなだけなのに、どうしてこんなにも親切にしてくれるんだろうーーだからこそ彼を巻き込みたくない。
警察に相談したら、瑠維くんにちゃんと連絡をするんだ。それまでは彼に関わらないようにしないと。
タクシーがマンションに到着し、春香は急いで中へと入っていく。オートロックの自動ドアを開け、エレベーターを待つ間は、わざと後ろ向きに立って近づいてくる人がいないかを確認していた。
到着したエレベーターに乗り込むと、閉めるボタンを何度も押してから四階のボタンを押す。
エレベーターが動き出し、通過する階をガラス窓からじっと見つめる。今日はいつもより時間がやけに長く感じた。
四階に誰もいませんようにーー緊張で呼吸すらままならない中、春香は両手を合わせて必死に祈る。
エレベーターの動きが止まり、扉が開く音が不気味なほど大きく聞こえた。
ゆっくり外に出て辺りを見回すが、誰もいない。ホッと息を吐き、足早に自分の部屋に向かう。
鍵を出し、開錠した瞬間に部屋に滑り込む。そしてそのままドアを閉めようとしたーーその時だった。
突然強い力でドアを引っ張られ、春香はバランスを崩してドアに体を打ちつける。そしてその隙間に、誰かの足が差し込まれたのだ。
頭も体も自分の置かれている状況が危険であると察知し、必死にドアを閉めようと試みるが、足が挟まれていては閉めることは不可能だった。
「やっと帰ってきたんですね。おかえりなさい」
ドアの隙間から声が聞こえて、春香は恐る恐る顔を上げる。するとそこにはニヤっと笑みを浮かべた町村が、ドアの隙間から顔を覗かせていた。
「……!」
声にならない声をあげた途端、町村の手によって勢いよくドアが開かれ、恐怖に怯えた春香は部屋の中へと逃げ込む。
「で、出ていってください! 大声で叫びますよ!」
どうしよう……部屋の中なんてどこにも逃げ場がないのに……!
照明をつける時間がなく、部屋は真っ暗なままだった。しかし町村が土足で部屋にあがり、楽しそうに近付いてくる姿が、春香の目にはっきりと不気味に映る。
少しずつ後退りしていたが、ベッド前で行き場をなくし、慌てて助けを求めようと窓を開けようとしたが、
「動くな!」
と怒鳴られ手を止めてしまった。
震えが止まらない、息が出来ない、怖い怖い怖いーー!
「静かにしてくれよ。ただ話をしているだけじゃないか」
町村は嬉しそうに微笑み、更に春香に近づいて来る。
「あぁ、やっと二人きりになれた。最近は邪魔する奴が多くて腹が立っていたんですよ」
町村は持っていたカバンを床に置くと、中から紙袋を取り出す。それは春香が勤める店のショッパーだった。
「これ、あなたへのプレゼントです。つけてるところをもう一度見たいなぁ。だってよく似合っていたから」
春香のすぐ目の前まで歩いてくると、彼女の手にギュッと押しつける。震える手で袋の中を確認すると、初めて春香が町村の接客をした時の口紅が入っていたのだ。
「これ……奥さんにって……」
すると町村は大きな声で笑い出す。その笑いの意味がわからず、春香は眉間に皺を寄せた。
「妻なんていません。そもそも結婚していないですから」
「えっ……」
そう言って突然春香の髪に手を触れて来たものだから、体中に悪寒が走り、彼の手から逃れるようにベッドとは反対の壁の方へ移動する。
それが気に食わなかったのか、町村は舌打ちをしてから、春香の動きを封じるように両手で壁に手をついた。
「ずっと見てたんだ、知らないだろ? 君があの店舗に来てから、いつも見てたんだ。帰りだって追いかけていたから、家なんかとっくに知ってたよ」
初めて知る事実に、ただ愕然とした。
「なのにやっと君に近付く勇気が出た途端に……なんなんだよ! あの男は! 君は俺のものなのに、勝手に横から出てきて我が物顔なんてあり得ないんだよ!」
町村は春香の手から袋を取り上げると、中から口紅を取り出して彼女の唇に塗ろうとする。だが春香が顔を背けて拒絶したため、口紅を床に向かって叩きつけた。
その隙に逃げようとした春香だったが、髪を鷲掴みにされ床に倒れ込んでしまう。
「こんなに君を好きなんだよ! 愛してるんだ!」
「い、痛い……やめてください……!」
「だから俺以外のものになるなんて許さないんだ……!」
力いっぱい髪を引っ張られ、抵抗したくても力の差がありすぎてどうすることも出来ない。
お願い……誰か助けてーー心の中でそう叫んだ瞬間、頭に瑠維の顔が思い浮かぶ。
迷惑をかけたくないって思ったのに、瑠維の優しさにちゃんと甘えれば良かったと今更後悔してしまった。
瑠維くん、ごめんね……あなたの言うことをちゃんと聞いていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。本当にごめんなさいーー。
その時だった。部屋のドアが勢い良く開き、警察官が飛び込んできたのだ。
「動くな!」
「な、お、俺は何もしてない!」
警察官は町村を春香から引きはがすと、暴れる町村の手に背後から手錠をかけた。
「春香さん! 大丈夫ですか⁈」
呆然とする春香の耳に、聞きたいと思っていた声が響く。
「瑠維……くん? えっ……なんで……?」
何が起きたかわからないまま目を瞬いていた春香の体を、瑠維がきつく抱きしめた。更に頭が混乱し始めた春香だったが、隣で町村が大暴れしていたためようやく我に返る。
「話は聞いていたぞ! 住居不法侵入の現行犯で逮捕だ」
「ただ話をしていただけだろ⁈ 何がいけないんだ!」
「いい加減にしろ! 相手の同意があって部屋に入ったのか?」
警察官は春香の方に向き直ると、
「お尋ねしますが、同意の上で招き入れましたか?」
と聞いた。
春香は大きく何度も首を横に振り、
「違います! 勝手に入ってきたんです!」
と、必死に否定した。
「だそうだ。さぁ、立ちなさい」
警察官に連行される町村を眺めながら、春香はようやくあの絶望感からようやく解放されて体の力が抜けるのを感じた。
「良かった……間に合って本当に良かった……」
「瑠維くん……」
瑠維の体温と力強さに包まれ、気持ちが少しずつ落ち着いていく。だがそれと同時に、彼の声と体が小さく震えていることに気付いた。
心配してくれたんだーー私が何も言わずに勝手なことをしちゃったから、彼を不安にさせてしまった。
「ごめんなさい……」
「……すごく心配したんですよ……でも今はいいです。あなたが無事で良かった……」
その優しさに胸をグッと掴まれた春香は、思わず瑠維に抱きつくと大きな声で泣き始めた。
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