こうして無事、この村の捜索を続けることが出来た。この村の長と僕らの仲介に入ったという長の実の娘──○○はよく分からない少女だった。
彼女の告げる言葉には感情と呼べるものは一滴も混じってはいなかった。悲しみも、怒りも、喜びも。ただ一つ残された機械的な笑みだけが彼女の感情を表す行動だった。
『基本この部屋は好きに使ってくれて構いません。何か申したいことがあればわたくしに。』
だからといって何の味もない薄っぺらな笑みが本当の笑みだなんて微塵とも思わないが。
「あ、あの…本当に良かったの?私たち、藤の花の家紋の家って場所でも休めるし…」
『いいのよ、気にしないで。』
「でも…」
眉を八の文字に下げ、そう問いかける甘露寺さんの言葉に答えるときも口調は感情を帯びることなく、全体的に酷く暗い印象だった。頬に浮かべた人のよさそうなその笑みもよく見れば筋肉の強張り方が変で、ただの虚像にしか見えない。
だけど、そんな不格好な笑みを浮かべる彼女の姿にどこか自分と似た既視感を感じた。
どこが、と問われても上手く応えられないほどの些細で曖昧とした既視感。だけど決して間違いなんかではない。そんな確証のない自信が心の中に満々と溢れていく。
この自身はどこからくるのだろうと自分の考えながら怪訝に思う。
だけどどうせしばらくすればまた忘れてしまうのだしどうでもいいか。脳裏に浮かび上がったその考えに頷き、全く答えの見えない思考から僕は手を放した。
『さて、本題に移りましょうか。』
何とかひと段落ついたところで見本のように綺麗に整った正座で僕らに向き合った○○がそう言葉を零す。
『こんなか弱い乙女の襟元を掴むほど知りたいことって何かしら?』
丁寧ながらも鋭い声とともに皮肉を極めた冷笑が自身の頬を掠めた。長い睫毛に囲まれたぱっちりと開いた○○の青い瞳が尖った視線を含んでグサグサと身体に突き刺さって来る。
─…僕はこの青が苦手だ。
昔、どこかで同じ瞳の色をした女の人が僕のすぐそばに居た気がする。
霞かかった記憶の端に眠っているその女の人は、暑い夏の日だというのに重い毛布を何枚も重ねていて、体をガタガタと小刻みに震わせながら「寒い」と今にも消え入りそうな声で言葉を落としていた。僕はそんな女の人に何もできず、ただただ縋りついて泣いていた。
その女の人が誰かだなんて分からないし、今どこに居るのかも分からない。
だけど、僕の大事な人だった気がする。
○○はそんな「大事な人」に似ている……気がする。
そこまで思い出した瞬間、ノイズ音が鼓膜の中を走り回り、頭の深部が点滅するように痛む。そんなズキズキと体中に響き渡るような痛みから脳を守るようにぼんやりと漂っていた霞が濃くなっていく。それと同時に頭の中心部が重くなり、もう何も考えられなくなった。
「…無一郎くん?どうしたの?」
心配の色を声に滲ませた甘露寺さんに肩を揺すぶられ、そこで初めて自分が俯いていたことに気付いた。フワフワと浮上していた意識がハッとして現実に戻って来る。
「…すみません、何でもないです。」
そう言いながら先ほど思い出しかけた記憶をもう一度思い起こそうと頭を働かせたが、頭の芯を殴られたような鈍い痛みがこめかみを波打っていくだけで記憶の引き出しはさび付いたように開かない。やがて朦朧としていた記憶が完璧に消え去った頃には、もうどうでもよくなっていた。すべてのことが煙のように消えていき、全く思い出せない。
「こ、この村に来た目的なんだけどね…」
少し気まずさの流れだした一室の雰囲気を和ませるように甘露寺さんが途切れた言葉の先を綴っていく。
「この村で鬼の被害報告が入っていて…」
「少し前に数人の隊士を送り込んだはずなんですが全員消息不明になっていて私たち“柱”に救援要請が入ってきたの。」
そうよね、無一郎くん!と慌てた様子で振られた言葉に小さく頷く。
うっすらとしか感じ取れないほどの曖昧な鬼の気配。
時折感じる○○の表情の違和感。
先ほどの男性から感じる異常なほどの村へ入られることの抵抗。
浮かび上がってはなかなか溶けないしこりを残す疑問につい俯き気味になりながら考えを巡らす。
この村には確実に鬼が居る。気配の隠し方の上手さから十二鬼月ということは確定だろう。それも、並みの技ではない。もしかすると上弦の可能性がある。
この村の住民は鬼に脅されている?
それなら何度も鬼殺隊が来たのだからその時に助けを求めればいい。朝など日が昇っている時間帯なら鬼どもは活発に活動が出来ないし、こちらからすれば好都合なはずだ。
それに鬼の被害報告はあるのにも関わらず目撃情報は一切無いなんておかしい。
この村に住んでいる全員が善意で鬼を匿っているというのが確定だろう。
『柱……』
目の前で聞こえたか細い声に、顔を上げる。
大きく見開かれた○○の瞳には驚きが混じっており、細い月のように形の整った眉は微かに中央に寄っていた。貝殻のように固く結ばれた赤い唇から告げられた言葉には、不安と動揺が滲んでいたような気がする。
「…“柱”が来たことに何か言いたいことでもあるの?」
明らかに何かを隠しているような○○の姿に、氷のように冷ややかな言葉が自身の口から流れ落ちた。
表情を硬くする○○の様子に、顔の皮膚の上に苛立たしげな曇りが浮かび上がるのが自分でも分かった。その様子に気づいた○○はすぐさま元のあの笑顔の仮面を貼り付ける。
『いえ、柱の方が来るのは初めてだったから少し驚いただけ。何にもないわ。』
凛と取り繕われたその声の中には先ほど感じた動揺なんて一欠けらも残っていない。
『…他の鬼狩りサマについてはわたくしも分からないわ。貴方たちと同じようにすぐに追い返したもの。村を出ていくまではしっかりと見届けたわ。』
○○は先ほどまで露になっていた動揺を最初から無かったかのように隠して、そう言った。
声にも表情にも先ほど感じた感情の色は綺麗さっぱり消え伏せている。告げられた言葉一つ一つが嘘か本当かも分からず、またもや疑問のしこりを増やしていく。
「そうだったの…」
同じようにあまり腑に落ちていないといったように眉を下げ、そう言葉を落とす甘露寺さんはまたもや緊張の滲んだ表情で言葉を紡いでいく。
「他にここに来た鬼殺隊の子について知っていることって無いかしら?」
『無いわ』
一瞬の戸惑いも無く、甘露寺さんの問いかけに被せるように赤い花びらに似た薄い唇が上下に動き、味気のない淡々とした声を繰り返す。そんなあまりにもさっぱりとした薄い響きに、時折聞こえてくる隊服の袖で畳を摩るくすんだ音だけが唯一の安らぎの音に感じた。
『会ったのだってほんの少しだか…』
「本当に?」
今度は僕が言葉を被せる番だった。
鬼の気配が薄いにしろ、こんな幼い少女に帰れと言われただけで鬼殺隊が素直に引き下がるわけがない。
─…そうしなければいけない状態にされていなければの話だが。
「…ねえ、いい加減本当のことを言ってくれない?俺たちだって暇じゃないんだけど。」
それにこの村に向った鬼殺隊の隊士は誰一人帰ってきていない。隠を向かわせてもその隠も行方不明。もし仮に引き戻ったとしても帰ってこないのは誰がどう見てもおかしい。
「赤ん坊じゃないんだからさ、それは君も理解しているよね?」
敵意を含んだ自身の声が窓から差し込んで来た風に混じり、室内を満たす。
「鬼、この村に居るよね?」
その瞬間、○○の周りを取り繕っていた空気が一瞬、ふわりと揺れた 。
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十二鬼月かな?