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霧の深い夜だった。
斎藤悠斗刑事は、緊急の通報を受けて否かの館に車を走らせていた。館の外観は、古びたレンガと黒ずんだ屋根瓦で、まるで時代に取り残されたかのように静まり返っていた。庭園の噴水も、月明かりにわずかに照らされるだけで、冷たい影を落としている。
館の中は、不思議な静けさに包まれていた。応接間のシャンデリアはほのかに光り、家具の上には埃がうっすらと積もっている。通報者は館の使用人で、二階の客室で何者かが倒れているというのだ。
「失礼します」
悠斗は館の管理人に声をかけ、二階へと足を進めた。廊下は長く、壁には古い肖像画が並ぶ。どの人物も、まるでこちらをじっと見つめているかのようだった。
客室の扉を開けると、そこには倒れた中年の男性がいた。死因は、鋭利なナイフによる胸部の刺傷。枕元には、かすかに血のついた手帳が置かれている。手帳には、何か暗号のような文字が走り書きされていた。
館の中で暮らす人々や来客者たちが次々と集められ、悠斗は聞き取りを開始する。
・亡くなった男性は有名な美術評論家、田島和也。
・館には彼のほかに、作家志望の若い女性、館の執事、長年住み込みの家政婦、そして謎めいた外国人男性が滞在していた。
しかし、証言を重ねるほどに奇妙なことが浮かび上がる。
「私、二階の窓から外を見ていましたが、誰も来なかったはずです」
「執事は、夜中に館の裏口に誰かが出入りするのを見たと言っています」
だが、防犯カメラも、裏口の鍵も異常はなかった。館は完全に閉ざされているはずなのだ。
悠斗は館の秘密を思い出す。否かの館には、古くから言い伝えられる「隠し通路」が存在する。屋敷の設計図にも記録が残っておらず、誰も正確な場所は知らない。
「被害者は、この館の何かを知っていたのか…?」
悠斗は手帳の文字に目を凝らす。暗号は、館の構造や過去の出来事を示す手がかりのように見えた。
夜が更ける中、悠斗は館を隅々まで調べ、ついに隠し通路の入り口を見つける。通路の先には、血痕と共に、もう一人の人物が倒れていた。幸い命に別状はなかったが、驚いたことに、この人物は事件の真相を知る鍵を握っていた。
事件は複雑な人間関係と、館の過去に隠された秘密によって引き起こされたものであることが判明する。田島の死は偶然の殺意ではなく、過去の罪と嫉妬、そして欲望が絡んだ結果だったのだ。
悠斗は慎重に証拠を整理し、犯人を特定する。最後に、館の全員を集め、彼の推理を語る。
「被害者は、この館の秘密を知ったことで命を狙われました。しかし、犯人はあえて他の人物に疑いを向けさせ、隠し通路を使って事件を演出したのです」
犯人は黙ったまま俯き、館の暗闇の中で罪を認めた。否かの館にまた一つ、新たな悲劇が刻まれた夜だった。