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なんたろ
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第90話:株式会社『インフィニティ・ワン』の夢〜代表取締役の響きと、四畳半の玉座〜
「だいひょう、とりしまりやく、しゃちょう……。代表取締役……社長ッ!!」
北海道、帯広市。
俺は、すきま風の吹き込む築三十年のボロアパートの四畳半で、三十万円のゲーミングチェアの上に仁王立ちになり、天に向かってその甘美な響きを叫んだ。
「ふははははっ! 聞いたか結愛(ゆあ)! ジェミニ先生! 俺は! 俺はついに、一国一城の主になるんだ!!」
『ルシフェル様。興奮されるのは結構ですが、賃貸借契約書に記載されている騒音規定に抵触する恐れがございます。近隣住民からのクレームは、事業運営において不要なリスクです』
ディスコードの裏回線から、冷水のような結愛の声が飛んでくるが、今の俺の耳には全く入らなかった。
VTuber界の口喧嘩格闘エンタメ『V-Breaking』での優勝。
それに伴う知名度の爆発と、来年の税金が数千万円規模に膨れ上がるという絶望。
だが、AIであるジェミニ先生が導き出した『法人化(会社設立)』というソリューションは、俺の視界を覆っていた真っ暗なインボイスの雲を、見事に吹き飛ばしてくれたのだ。
『ルシフェルさん、心拍数が危険域に達しています。深呼吸を』
「できるか! こんなにテンション上がってんのに!!」
俺は、モニターの前にドカッと座り直し、鼻息を荒くした。
「法人だぞ!? 法人! つまり、俺はもう底辺の『個人事業主』じゃない! 社会的信用を身に纏った、立派な『企業』になるんだ! 税金は安くなるし、経費の幅は広がるし、何より……『社長』って呼ばれるんだぞ!!」
四十年。
冴えない学生時代を送り、公務員を辞め、ブラックなコールセンターでクレーマーに土下座するような日々を送り、最後は帯広の四畳半に流れ着いた男。
そんな俺が、だ。
「……秋谷雪(あきやゆき)社長。……うひひっ、響きが良すぎる……っ」
自分の本名に『社長』という肩書きをくっつけて呟いてみる。
脳内に、謎の快物質(ドーパミン)がドバドバと溢れ出してくるのがわかった。
『ルシフェル様。法人設立にあたり、公証役場での定款認証、および法務局での登記申請が必要となります。つきましては、定款に記載する最も重要な事項を決定していただきたく存じます』
結愛の冷静なタイピング音が響く。
『第一章、総則。第一条【商号】。……つまり、設立する「会社名」を何になさいますか?』
「会社名……!」
俺は、腕を組み、目を閉じた。
会社名。それは、企業の魂であり、看板だ。
帯広から世界へ羽ばたく、俺の最強の税金対策の要塞にふさわしい名前。
「……アップル。いや、アマゾン……いやいや、もっとこう、スタイリッシュで、未来を感じさせて、それでいて……画数が良いやつ!」
『画数、ですか。ルシフェル様は意外とスピリチュアルな観点を重視されるのですね』
「当たり前だ! 会社は運が全てなんだよ! 俺みたいにインボイスの悪魔に憑りつかれないように、最強に縁起の良い名前にしなきゃならねえんだ!」
俺は、机の上のノートに、思いつく限りの単語を書き殴り始めた。
ビクトリー。
グローバル。
フロンティア。
ルシフェル・エンターテインメント。
「……違う。どれもピンとこねえ。もっとこう、俺の無限の可能性と、トップを獲るっていう野望を一つの言葉に……」
数分間の沈黙の後。
俺の脳内に、雷のようなインスピレーションが閃いた。
「……これだ!!」
俺は、ノートに極太のマジックで書き殴った文字を、カメラに向かってバンッと突きつけた。
「結愛! 法人の名前はこれだ! 『株式会社インフィニティ・ワン』だ!!」
『……インフィニティ・ワン、でございますか』
結愛の声が、数度下がったような気がした。
「そうだ! VTuberとしての『無限(インフィニティ)』の可能性! そして、業界で『ナンバーワン(ワン)』を獲るという強い意志! 画数もネットの無料占いで調べたら【大吉】だった! 完璧だろ!!」
俺がドヤ顔で熱弁を振るうと、結愛は少しだけ間を置いて、淡々と答えた。
『……率直に申し上げますと。設立三年以内に計画倒産しそうな情報商材屋、あるいは、大学生をターゲットにした胡散臭いマルチ商法のコンサルティング会社のような響きですが、本当によろしいのでしょうか』
「うるせええええ!! 水差すな!!」
俺は顔を真っ赤にして反論した。
「いいんだよ! インフィニティでワンなんだよ! 領収書もらう時も『宛名は株式会社インフィニティ・ワンで』って言うんだぞ!? めちゃくちゃかっこいいだろ!!」
『承知いたしました。代表取締役であるルシフェル様のご意向を尊重いたします。では、商号は【株式会社インフィニティ・ワン】にて定款を作成いたします』
結愛の冷徹なタイピング音が、俺の夢(社名)を現実のデータへと変換していく。
『次に、第三条【事業の目的】です。定款に記載されていない事業は、原則として行うことができません。どのような事業内容を記載いたしますか?』
「あー、えっと。動画の配信と、グッズの販売と……」
『それだけでは将来的な事業拡大の際に不便が生じます。「インターネットを利用したコンテンツの企画、制作、配信および販売」「キャラクター商品の企画、製造、販売」「各種イベントの企画、運営」等、包括的な文言を追加しておくことを推奨いたします』
「おおっ! すげえ! なんかマジでちゃんとした会社みたいだ!」
俺は目を輝かせた。
自分の頭の中にある漠然としたアイデアが、結愛という元コールセンターの有能な事務処理能力によって、次々と『法的な枠組み』へと落とし込まれていく。
『さらに、定款の末尾には「前各号に附帯関連する一切の事業」と記載し、ある程度のグレーゾーン……失礼いたしました、事業の柔軟性を担保しておきます』
「お前、今グレーゾーンって言ったな!? まあいい! それで頼む!」
俺は、すっかり社長気分になってふんぞり返った。
「あとは、会社の実印(代表者印)と、銀行印、角印の三本セットを作らなきゃな! ネットで象牙のすげえ高そうなやつ探してくれ! 経費で落とすから!」
『ルシフェル様。設立前の費用につきましては「創立費」として繰延資産に計上可能ですが、無駄なキャッシュアウトは資金繰りを悪化させます。印鑑はチタン製の実用的なもので十分かと存じます』
「ちぇっ。まあ、結愛がそう言うならチタンでいいや」
俺は、目を閉じて、これから始まる薔薇色の『社長ライフ』を妄想した。
株式会社インフィニティ・ワン、代表取締役社長・秋谷雪。
もう、市役所のケースワーカーである鈴木さんに、ただの不安定な底辺フリーランスとして見下されることはない。
俺は立派な『法人』のトップなのだ。
いずれは帯広の四畳半を飛び出し、駅前にオフィスを構え、高級なスーツを着て、六本木のバーで「あー、うちの会社の税金がさー」なんて愚痴をこぼす日が来るかもしれない。
「ふはははっ! 待ってろよ国税庁! 待ってろよ鈴木さん! 俺は、インボイスの地獄から、株式会社という名の天国へ脱出するんだァァァ!!」
四畳半のボロアパートに、四十歳のおっさんの希望に満ちた絶叫がこだまする。
代表取締役という肩書き。
法人化という魔法の言葉。
俺は完全に、資本主義のゲームを『クリア』した気になっていた。
だが。
当然のことながら、日本の税制がそんなに甘いわけがない。
法人化によって所得税や消費税を圧縮できたとしても。
その先には、個人事業主時代とは比べ物にならないほど冷酷で、一切の容赦がない【社会保険料の折半】と【法人住民税の均等割】という、新たな『処刑器具』が待ち構えていることを。
浮かれきった株式会社インフィニティ・ワンの若葉マーク社長は、まだ知る由もなかったのであった。
コメント
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ゆうきあきやさん、第90話読みました〜!✨ 「株式会社インフィニティ・ワン」…ルシフェルさんのテンション爆上げっぷりがめっちゃ伝わってきてこっちまで笑顔になっちゃった😭💕 四畳半でゲーミングチェアに仁王立ちってどんな絵面だよって思いつつ、その熱量がすごく愛おしい…! 結愛さんの冷静ツッコミ「胡散臭いマルチ商法のコンサル会社みたい」に吹いたwww でもルシフェルさんの「うるせえ!!」がまた可愛いんだよな〜🥺 ラストの「社会保険料の折半と法人住民税の均等割」でズドンと現実に引き戻されるオチ、最高でした。次回も楽しみにしてます🔥