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僕の世界は唐突に変貌を遂げた。陰鬱な青春になるかと思われていた中学校生活に美少女が舞い降りて待ち焦がれ恋焦がれた華やかな世界へとその一歩を踏み出した。


そんな希望あふれる僕の手には、モザイクが入っていた。




僕は学校が嫌いだ。


小さな頃から人がたくさんいるところが苦手で、とくに女の子とは会話もまともに出来ない。


教科書を音読するのも、どもるし、噛むし、挙句声が小さいと注意されれば顔が真っ赤になってどうにもならなくなる。


算数の授業なんかで当てられて、黒板に答えを書きに行くと足が震えるのがわかる。こんな目立つところに呼ばれて答えて間違ってたなんてなった日には、先生だって居た堪れなくなるくらいの惨状になった。


もちろん大勢の前で発表なんてなったら……その辺りはもう記憶にない。というかそもそも記憶出来る状態じゃなかったと思う。


そんなこんなで僕は圧倒的コミュ障で、圧倒的シャイボーイのまま中学に上がった。


小学校よりも、たくさんの人たち。知らない子たちに知らない話題。大人も怖そうな人たちが一気に増えたみたいで僕は一層──教室の隅を愛するようになった。


なのに──。




「ねえ、音無くん。いつも何読んでるの?」


まるでここが僕の居場所かのように、入学以来席替えのくじ引きを繰り返しても必ず教室の出入り口よりも教壇よりも一番遠い隅っこが僕の席になる。


誰にも、関わることなく一日を過ごすためにも、誰の動線にもならない、そんな隅っこで授業中はもちろん、休憩時間でさえ顔を上げずに本を読んでいる僕にわざわざ話しかけてくる人がいたのは意外だった。


「別に……にゃにも……」


噛んでしまった。だけどそれも当然で、僕に話しかけてきたのはクラスの委員長で誰にでも平等に優しく誰からも支持され、とりわけ男子からの人気が高い美少女であり紛うことなき優等生の南野さんだったからだ。


ひとが苦手で、女の子ならなおさら。そして入学したころの自己紹介以来まともに言葉を発しなかった僕と、みんなのアイドルな優等生の接触に三時間目を終えた休憩時間をくつろぐクラスメイトの視線が多く注がれている。


噛むのも致し方なし。


けれど僕の返事はまずかった。噛んだことよりも、返事の内容が、だ。


──何を読んでるの? に対して、何もっていうのはどう考えてもおかしい。手に本を持って読んでいるのだから、そこには印刷された文字が並んでいて、アニメチックな挿絵が入っているにしてもきちんとタイトルがあり物語があるのだから。


だから、僕はそのタイトルを答えるか、君の興味ないタイプの本だとでも言えばよかった。


そんなコミュ障っぷりを発揮した僕の顔を怪訝そうに、ではなく、優等生南野さんはあろうことか座っている僕の横に、顔がくっつきそうなほどに並んで中を覗こうとしていた。


「──っ」

「ほうほう異世界もの、ですかぁ」

「うぅ……」


本屋で掛けてもらったカバーで読み取れない表紙よりは手っ取り早く内容が確認出来るから、だろう。


しかもまだ読み始めたばかりとあって、僕の開いていたのは冒頭の数ページ目。よくある異世界転生するシーン。とても使い古されズタボロにされてそうな典型的なテンプレとも言える、ある意味でこのジャンルに興味がない人でさえ知っているご都合展開。


だからこそ、南野さんもそこだけでこの本のジャンルを言い当てたのだと思った。けどそれは少し違ったみたいで──


「わたしは異世界に転生するより、現代が異世界化する方が好きかなあ」

「え、それって──」


僕の胸が高鳴る。緊張しているのは間違いない。だって、未だに南野さんの顔は僕の隣にあって、なのに僕に向き合って話しかけてきたんだから、その距離は間違いなく、大問題だ。


教室がざわめいたのが分かる。


僕もあまり教室を、クラスメイトを眺めることはないけど、こんな距離で話す男女は少なくともこの教室で見たことがない。


ハジマル、僕の恋が。


「合いそうで合わないって感じだよねえ」


ははは、と笑い去っていく南野さん。顔を真っ赤にして固まる僕。何だったのだろうと首を傾げるクラスメイトに鳴り響くチャイム。


真っ赤に染まった僕の顔をさらに赤くさせたのは恋心ではなく羞恥心だったに違いない。

恋をした、僕の右手はモザイクがかかっていた

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