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#かざね
五月に入って、嘘が増えた。
「今日、塾の体験があって」
「土曜、親戚が来るんだ」
「風邪ひいたかも」
ぜんぶ嘘だった。わたしは神社にいた。
最初は、一回だけのつもりだった。研究会の活動を一回休んで、透と過ごす。それだけのはずだった。
でも、次の週も休んだ。その次も。
嘘は、一回つくと、二回目が簡単になる。三回目はもっと簡単になる。これは本で読んで知っていたことじゃなくて、自分でやって分かったことだった。
◇
月曜日の昼休み、準備室でことはが土曜の報告をした。
隣町の廃トンネルに行ったらしい。
「あそこ、変な感じだった。入口のとこで、空気がすごく重くて」
「そうだった?」
みずきは、いつもどおり、写真を見ながら短く答えた。
「でもわたしは平気だった」
ことはは、弁当を開けながら言った。
「お父さんに守ってもらってるから」
わたしの箸が、止まった。
止まったのは一秒もなかったと思う。すぐに動かした。動かしたつもりだった。
顔を上げたら、みずきがこっちを見ていた。
何も言わなかった。すぐに写真に目を戻した。
◇
その日の放課後、わたしは透に言った。
「もう、押しのけないで」
言ってから、自分でびっくりした。こんなふうに誰かに何かを頼んだことが、たぶん、生まれて初めてだった。
透は、しばらく黙っていた。
「それは、約束できない」
「なんで」
「約束して、破るのは、いやだから」
「じゃあ破らなければいい」
「呼ばれたら、行く。そういうふうにできてる」
わたしは、その言い方が、すごく嫌だった。
◇
透は、また薄くなっていた。
夕方の街灯が、彼の肩を通して見えた。
「本屋の子」
透が、ぽつりと言った。
「元気そうで、よかった」
「……ことはは、お父さんが助けてくれたって思ってるよ」
「知ってる」
「言わなくていいの」
「言えないだろ。ぼくは見えないんだから」
「わたしが、言える」
透は、首を振った。
「あの子はそれで立ってる。壊すことないよ」
わたしは、何も言い返せなかった。
◇
「最近、変な気がする」
帰り際、透がふと言った。
「なにが」
「君が見えるのは、空いてるからだと思ってた。でも、最近、違う気もする」
「どういうこと」
「分からない」
透は、笑った。
「でも、いい気がする」
◇
火曜日、下駄箱で靴を履き替えていたら、後ろから声がした。
「河合」
みずきだった。
「あのさ」
「なに?」
みずきは、わたしの顔を見て、それから、少しだけ視線を落とした。
「……いや」
「え?」
「なんでもない」
彼女は、自分の靴を出して、履いた。
「気をつけて帰りな」
それだけ言って、先に出ていった。
わたしは、その背中を、しばらく見ていた。
コメント
1件
第7話、読みました。嘘が増えていく感覚、すごく分かります。最初は「一回だけ」のつもりが、気づけば三回目……って、そうなるよね。準備室でのことはちゃんの「お父さんに守ってもらってるから」という言葉で箸が止まる描写、一瞬で胸が締め付けられました。透の「約束して破るのは嫌だから」って言い回し、すごく彼らしいし、でもその誠実さが切ない。みずきが最後に「気をつけて帰りな」って言ったのも、何かを察してる気がして……。伏線の匂いがして、次が気になります。