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【登場人物】
【処刑】ロドリグ=ベッソン(集落の長)
レナルド=ベッソン(長男)
アドルフ=ベッソン(次男)
エリーゼ=ベッソン(レナルドの妻)
アリアーヌ=ベッソン(レナルドとエリーゼの子)
《殺害》アダム=アルファン
【処刑】パトリシア=アルファン(アダムの妻)
<不明>ベルトラン=アルファン(アダムとパトリシアの子・長男)
《殺害》リュカ=アルファン(アダムとパトリシアの子・次男)
《殺害》ウィリアム=ジスカール
【処刑】アネット=ジスカール(ウィリアムの妻)
<不明>ヘレナ=ジスカール(ウィリアムとアネットの子・長女)
<不明>マリアンナ=ジスカール(ウィリアムとアネットの子・次女)
《殺害》ジル=グローデル
ジュリー=グローデル(ジルの妻)
フルール=グローデル(ジルとジュリーの子・長女)
《殺害》ジャン=グローデル(ジルとジュリーの子・長男)
アルベール=ロワイエ
ジョルジュ=ロワイエ(アルベールの子・双子の兄)
ジョスティーヌ=ロワイエ(アルベールの子・双子の妹)
【処刑】ボッブ=ラグランジュ(独身)
【六日目】
それは、何となく予想できていたこと、だったのだろうか。
アルベール=ロワイエは、自宅で己の首を切って亡くなっていた。
双子の兄妹は、ただただ黙って父親の死体を見つめているだけ。
アルベールの死体の側には、遺書が落ちていた。リュカを殺したことを悔いて、自殺する。と書かれており、双子のことはジュリーに任せるともあった。
「アルベール……どうして……」
ジュリーは遺書を見て、弱弱しく呟いた。もう、涙を流す気力も無いようだった。
「…埋めてやらなきゃな…」
レナルドはそう言ってアルベールに近づいた。
「エリーゼ、二人を頼む」
「ええ、わかったわ。ジョルジュ、ジョスティーヌ、一緒に我が家へ来て頂戴」
双子は黙ったまま小さく頷いた。
アルベールの亡骸は、アダムの隣に埋められた。
ベッソン家に自然と集まった、残りわずかな大人たち。
ジョルジュとジョスティーヌはアリアーヌと一緒に奥の部屋にいる。
「こんなことになるなんて……。ここは一体どうなってしまうの?」
ジュリーの問いに答える者はいなかった。
「実は、みんなに言わなきゃいけないことがあるの」
重い沈黙を破ったのは、エリーゼだった。
「いきなり、何?」
ジュリーは少し強張った顔でエリーゼを見る。
「私、占い師なの」
「占い師?えっと…それって、人狼を見破ることができる?」
ジュリーの言葉にエリーゼは頷いて見せた。
「そ、そんなの初めて聞いたぞ」
夫であるレナルドも驚きを隠せない様子だった。
「ええ、”その時”がくるまで誰にも言ってはいけない。それが占い師の鉄則だから」
「だからって俺にまで黙っていたのか?」
「ごめんなさい。これは占い師である自分を守るためでもあり、愛する者たちを守るためでもあるの」
「……」
そう言われて、レナルドは何も言えなかった。
「だから、ずっと言えなかった。でも、最初にジャンが殺された日から、私は一日一人だけひっそりと占っていた。誰が、人狼なのか」
「……もしかして、人狼がわかったの?」
しかし、ジュリーのその言葉にエリーゼは頷かなかった。
「エリーゼ?」
「ここには……ここには、人狼は”いない”」
「…え?そ、それってどういうこと!?」
「みんな視たの。ロドリグ、レナルド、アルベール、アダム、ジュリー…貴女もね。でも、誰も、人狼ではなかった……」
「ボッブは?ボッブは視てないのか?」
「視る前に処刑されてしまった。でも、彼が死んでも何も終わらなかった。つまり、彼も人狼ではなかったということなの」
「全員、人狼じゃないってどういう…」
ジュリーは混乱するばかりだった。
「結論は一つ。ここにいるのは、”人殺し”だけ」
「えっ!?」
ジュリーは驚いたが、レナルドとアドルフはわかっていたのだろう特別な反応は示さなかった。
「ジュリー、それ以外考えられないの」
「そ、そんな……だ、誰が…」
ジュリーは後退りして部屋にいる人物の顔を見る。
「そうだ、エリーゼ。ここに人殺しなんているわけないだろ?」
「私もそう思いたかった……。これを見つけるまでは……」
エリーゼはポケットからクシャクシャになった一枚の紙を取り出して見せた。
「ん?こりゃなんだ?」
レナルドはそれを手に取り、首を傾げた。
「子供たちの名前が書かれているの。その横に売却済みの文字が」
「売…却?」
ジュリーが二人のもとに駆け寄り、レナルドが持っている紙を覗き込んだ。
そこには、以下のように書かれていた。
ボッブ=ラグランジュ、アルベール=ロワイエ各位へ
・ジャン=グローデル(欠損有、売却不可、処分対象)
・リュカ=アルファン(欠損有、売却不可、処分対象)
・フルール=グローデル(販売可)
・アリアーヌ=ベッソン(販売可)
・ベルトラン=アルファン(販売可)
・ヘレナ=ジスカール(販売可)売却済
・マリアンナ=ジスカール(販売可)売却済
人狼を模倣し、親は殺害せよ。
失敗したら妻と子を代わりに売る。
尚、ロドリグ、レナルド両者は協力了承済み。
「”人狼を模倣し……妻と子を代わりに売る。……ロドリグ、レナルド両者には…協力了承済み…?”」
ジュリーが震えた声で読み上げ、レナルドの顔を見た。彼は苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
「ど、どういうことなの!?ねぇ!説明して頂戴!!レナルド!!」
「落ち着け、ジュリー」
「落ち着けですって!?これを見て落ち着いていられると思う!?」
「だ、だいたい、エリーゼ。お前は一体どこでこれを手に入れたんだ?」
「ボッブ=ラグランジュの家よ」
レナルドは大きく目を見開く。
「丸めて部屋の隅に捨てられていたわ」
「いつの間に……」
「ついさっき。あなたがアドルフと一緒にアルベールの死体を埋めている間よ」
「……」
「本当はもっと早くボッブの家に行きたかったけど、あなたやアルベール、アダムがずっと私を監視していたから動けなかった。でも、ようやっと行くことができた。そして、これを見つけることができた。レナルド、あなたはこれについて説明しなきゃいけない責任がある」
気が付くとエリーゼはその手に猟銃を持っていた。
「エ、エリーゼ…待て、わかった、説明するよ」
レナルドはそう言って大きく一回息を吐いた。
「今年の不作はみんな知っての通りだ。正直に言って、冬を越すのはギリギリの量だった」
それは、全員が認めることだった。
「今年はまだ良い。だが、これから先はもっと実りが悪くなる。来年、再来年……いつまで不作が続くのかわからないが、どこかで尽きる。そして、餓死者が出る。俺はそれを避けたかった……。だが、この集落で作っている作物の種類は多くないし、金になるような産物も無い。そんなときに”良い話し”があると持ちかけてきた奴らがいた。そいつらは、子供を売れと言ってきた」
レナルドは早口で説明する。
「そんなっ」
「もちろん断ったさ、冗談じゃないってね。でも、親父はそうじゃなかった。いや、昔からそういうことをやってたのかもしれない」
「ロドリグさんが?」
「この集落にいる奴ら、随分と若いと思わないか?」
「……」
言われてジュリーとエリーゼは顔を見合わせる。
確かに、集落の長ロドリグが五十を超えるが、あとは四十代から三十代の男性陣と二十代後半の女性陣、子供たちはベルトランの十五歳が一番上で一番下はアリアーヌの四歳だった。
「俺が聞いた話しじゃあ、アダムには二人の兄と一人の妹がいたはずだし、ウィリアムには前妻との間にいた子供がいたはずなんだ」
「え…でも、ここには…」
「そう、いない。ある日突然いなくなったんだ。親父に聞いても返って来た答えは”知らない”か”出て行った”のどちらかだった。今思うと、親父はそうやって知らぬ間に人を売ってたのかもしれないな」
「嘘……」
レナルドが痛ましい顔をすると、ジュリーは言葉に詰まる。
「俺はこの件に関与してない。もし、関与してるとしたら親父だ」
「……ふっ、あはははっ!」
突然、笑い出したのはエリーゼだった。
「エリーゼ、どうした?」
「びっくりしちゃった。そこまでお義父さんが嫌いだったのね。そうやって、全てを自分の父親のせいにして自分は生き残るつもりだったんだ」
「何…を?」
「あなたにとってお義父さんは目障りな存在だった。山の中で動物を虐殺するボッブも、自分の周りを嗅ぎまわってるアルベールも。そんな奴らを処分するには、あまりにも都合が良い話しが転がり込んできたものね。よかったじゃない、全員排除できて」
「エリーゼ…なんで、そんなことを言うんだ。俺は何もしちゃいない!父さんとあいつらがやったことで!」
「そうね。きっと、ジャンとジルを殺したのはボッブだと思うわ。だからあなたはボッブを心置きなく処刑することができた。だけど、それで焦ったのはアルベールだった。四人で計画を実行するはずだったのに、どうしてボッブを処刑したのかと問い詰めるために彼は真夜中、ベッソン家を訪れたの。でも、そこで思わぬ邪魔が入った」
「アダムさんの発砲か」
アドルフの言葉に、彼女は頷いた。
「それで人狼だと勘違いされたアルベールは、アダムを殺した」
「え……で、でも、アダムさんを殺したのはロドリグさんじゃあ…」
ジュリーは困惑したように言う。
「もちろん、その可能性もあるけど……。私は、アルベールが殺したと思う。そして、タイミング悪くリュカはそれを目撃してしまう。だから、アルベールはリュカも殺した」
「そんな……アダムさんとアルベールは兄弟で、リュカは甥っ子なのに」
「そ、そんなの……エリーゼの勝手な妄想だろ?そうだっていう証拠はどこにも無い」
「妄想?そうね。でも、ここにいるのはお腹を空かせた人狼ではなく、私利私欲にまみれた人殺しなの。ロドリグやアダム、アルベールやボッブがいなくなって一番得をするのはあなた以外いないのよ」
「そ、それを言うなら、エリーゼ…お前だって得をするじゃないか」
レナルドは震えた声で反論する。
「ウィリアムにもアダムにも言い寄られていたし、アルベールもお前のことを嗅ぎまわっていた。父さんだってそうだ。何度お前の寝室に」
そう言ったところで、エリーゼは天井に向けて銃弾を放った。
「うわっ!」
「キャッ!!」
ジュリーとアドルフは咄嗟に頭を抱える。
「もしそうなら、最初にあなたを殺しているわ」
エリーゼは再びその銃口をレナルドに向けた。
「ここでの生活は、地獄のような日々だったわ。最初こそ、夫を失った私に寄り添ってくれる優しい人だったのに……。アリアーヌを人質にとられて逃げられない私を、あなたは毎日のように犯した。家から逃げ出してもあなたとアダムが血眼で追いかけてきて、抵抗しようものなら何度も殴られ、アリアーヌがどうなってもいいのかと脅された。何度殺してやろうと思ったかしら?それでも殺さなかったのは、アリアーヌのため。あの子のために、私は全てを我慢してきたの……それなのに、あなたは…」
エリーゼは冷ややかな目でレナルドを睨みつける。
「アネットと寝て、マリアンナっていう子供まで作った」
「え、なっ…!?」
驚くレナルドを見て、エリーゼは鼻で笑い「知らないとでも思ったの?」と言い放った。
「アネットが教えてくれたわ。私に子供が出来なくてかわいそ~って、人を見下したような目をして自慢げにね」
「そんな、違」
「でも、アネットだけじゃないわ。ねぇ?ジュリー」
「え……」
ジュリーの顔が一気に強張った。
「ジャンは、誰との間に出来た子なの?」
そう聞かれて、彼女の顔から一気に血の気が引いていった。
「レナルドとの間にできた子供なんでしょ?」
「やめて!!それ以上言わないで!!」
「あはは……その反応だと、私と同じように無理矢理犯されてできちゃった子なのね。それなら、殺せばよかったのに」
「何を、言うの……?」
「私とレナルドの間に子供が出来ないことをみんな不思議がっていたけど、出来てたわよ、ちゃんとね」
「え、で、でも……」
「出来る度に自分の手でおろして殺したの。こいつの子供を産んで育てるなんてまっぴらごめんだったから」
「そ、そんな……」
「何人殺したのかしら?三人?四人?もっと殺してるかもしれないわね……」
その言葉を聞いた三人の顔から血の気が引いていく。
「あははっ!息子がこんなんだから、きっとその父親も余所でたくさん子供を作ってたんじゃないかしら?それこそ、ボッブやアルベールもロドリグの隠し子だったりして」
「……」
「それで?このあとはどうするつもりだったの?アドルフやジュリーも殺すつもりだった?それとも、ジュリーを生かして子供の産めない私を殺すつもりだったのかしら?」
「いい加減にしろ。俺は何もしちゃいない」
「まだそんなことを言うの?あっさり認めれば恰好もつくのに、ホント、救えない人ね…」
エリーゼが引き金を引くと、銃弾はレナルドの肩を貫いた。
「ぁぁああああ!!」
「証拠が有るとか無いとか、実はどうでもいいの」
「エリー…ゼ……」
肩を押さえて呻くレナルド。しかし、血は止め処も無く流れて落ちる。
「もう、あなたに振り回される人生には疲れちゃった。だから、大人しく死んで頂戴」
「黙れ!!死ぬのはお前の方だ!!!」
エリーゼが引き金を引くよりも早く、レナルドは彼女の腹にナイフを突き刺した。
「ゔっ」
痛みに顔を歪めながらも、彼女は彼の顔に銃弾を撃ち放った。
血と肉と眼球が辺りに飛び散り、レナルドは力無く倒れた。
「エリーゼ!!」
「義姉さん!!」
二人は駆け寄り、アドルフがエリーゼの傷口を押さえる。
「……もう…いいの…」
「ダメよ!エリーゼ!!アリアーヌは?アリアーヌはどうするの!?」
「……ジュリー…ごめんね……さっきは、嫌なこと言って……」
「気にしてないわ!あなただって大変だったのに、私はちっとも知らなかったんだもの」
エリーゼの手をジュリーは強く握りしめる。
「これは……きっと、罰ね……多くの子供の命を奪った……私の…」
「そんなこと!…悪いのはあなたを無理矢理犯したレナルドでしょ!?」
エリーゼは力無く首を横に振った。
「そう思うことで……ずっと、罪の意識から……逃げてた。……私も……あなたみたいに……産んだ子供を…純粋に愛せたら……うぐっ」
「エリーゼ!?いやよ、いやよ、エリーゼ!お願いだから!死なないで!!!」
「もう……アリアーヌに会わせる顔が無いわ……。アドルフ…あの子を…お願い……ね」
アドルフが小さく頷くと、彼女は満足したような微笑みを浮かべて、息絶えた。
「ああ…エリーゼ…嘘よ、こんなの、こんなのって……あんまりだわ……」
とうに枯れ果てたと思っていた涙が、溢れて零れ落ちた───。