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《JAXA/ISAS 相模原キャンパス》
朝のブリーフィングは、
ここ数日は「ほぼルーティン」になりつつあった。
スクリーンには、
昨日とよく似た日本地図。
東北南部~関東北部にかけて、
赤い帯と格子。
若手研究者が淡々と報告する。
「オメガ60mコアの落下コリドーですが、
形状は昨日から大きくは変わっていません。」
「ただ、
誤差楕円がさらに一段階縮小し、」
「“東北南部~関東北部の太平洋側と内陸”に
確率がより集中してきています。」
誰かが聞く。
「“どこか一県に絞れますか?”」
若手は首を横に振った。
「まだ無理です。」
「むしろ今は、
“ここから先は、
確率よりも時間との戦い”のフェーズに
入っていると思います。」
白鳥レイナが
やや疲れた笑みを浮かべる。
「“場所を一県に絞る”ことに
みんな期待しすぎてる気もするわね。」
「実際には、
“帯のどこか”という状況のまま
落ちるかもしれない。」
「だから、
“帯全体がちゃんと準備できているか”を
確認する方が大事。」
(“ここに落ちる”って
きっぱり言えた方が、
ある意味楽なんだろうな。)
(でも現実の宇宙力学は、
そんなに親切じゃない。)
レイナは
官邸向け資料の最後のページに
一文を書き足した。
〈※現時点で「特定の県のみが高リスク」と
報じるのは科学的に不正確〉
「これを、
マスコミ向けFAQにも
入れておいて。」
「“誰か一人をスケープゴートにする
科学”なんて、
絶対やっちゃいけないから。」
《東京都内・不動産会社オフィス》
パソコンの画面には、
物件検索サイトの地図が広がっている。
「“西日本 賃貸 短期可 ペット可”
“九州 戸建て 貸家”……」
担当者の大谷は、
検索ワードの一覧を見て
小さくため息をついた。
(ここ一週間で、
“東日本→西日本”の住み替え相談、
問い合わせ数が三倍。)
(“仕事はリモートで何とかするので”
“とりあえず一年でもいいから
子どもを西に避難させたい”——)
電話が鳴る。
「はい、〇〇不動産でございます。」
スピーカーから、
少し震えた声が聞こえた。
『あの…
関東在住なんですけど、』
『小学生の子どもが二人いて、
ニュースを見るたびに
“ここにいていいのかな”って
不安になってしまって…。』
『西の方で、
半年とか一年だけ
暮らせるところってありますか。』
大谷はメモを取りながら答える。
「ご心配な気持ち、よく分かります。」
「まずは、
“完全に今の生活を捨てる”前に、」
「例えば、ご主人か奥様のどちらかと
お子さんだけ一度
“お試し移住”をしてみるケースもあります。」
『…“逃げる”みたいで、
なんだか罪悪感もあって。』
『“ここで踏ん張るべきだ”って
言う人もいて…。』
大谷は一瞬迷い、
それでも正直に言った。
「“逃げる”かどうかを
決めるのは、ご家族です。」
「でも不動産屋としては、
“選択肢があること”自体は
悪いことじゃないと
思っています。」
「“ここに残る”のも、
“一度離れる”のも、
どちらも覚悟のいる選択ですから。」
電話の向こうで、
小さな子どもの声が聞こえた。
〈ママ、まだ?〉
(この子たちにとって、
“ふるさとを一時的に離れる”って
どんな記憶になるんだろう。)
大谷は、
画面に映る地図を見つめながら思った。
(せめて“あのとき逃げたから生きてる”って
笑える未来になってくれればいいけど。)
《黎明教団・オンライン配信》
画面の中で、
天城セラが
白いローブの袖を静かに組んでいた。
「ニュースでは、
“東日本の太平洋側が高リスク”と
伝えられ始めました。」
「科学は、
“危険な場所”に
色を塗ります。」
「しかし、
魂の世界では——」
セラは微笑んだ。
「そこは“選ばれた場所”でもあるのです。」
コメント欄が
一気に流れ出す。
〈東北に住んでます。選ばれた…?〉
〈関東北部だけど、怖くて毎日泣いてる〉
〈海外在住だけど、日本に行くべき?〉
セラは続ける。
「“ここにいたい人”も、
“ここに行きたい人”も、
どちらも存在します。」
「オメガの光は、
古い価値を焼き、
新しい価値を照らし出します。」
「お金、学歴、肩書き——」
「それらは、一瞬で意味を失うでしょう。」
「残るのは、
“どこで、誰と、何を分かち合ったか”だけ。」
「黎明教団は、
高リスク帯にいる方々のための
“心の避難所”を
準備しています。」
「一緒に祈り、
恐怖を手放し、」
「“新しい世界のはじまり”を
迎えるために。」
(恐怖で揺れている心ほど、
甘い言葉は深く刺さる。)
(“ここにいれば意味がある”と
言ってくれる場所は、
たしかに魅力的だ。)
その一方で、
画面の外では
白鳥レイナたちが
数字と現実の避難経路を
黙々と描いている。
《総理官邸・執務室》
夜。
窓ガラスに
サクラの顔が映る。
机の上には、
避難シミュレーションの資料と、
海外メディアの見出しが並んでいた。
〈JAPAN EXODUS BEGINS?〉
〈EAST JAPAN FACES HIGH RISK〉
中園広報官が報告する。
「“日本脱出”という言葉が
国際ニュースでも
使われ始めました。」
「実際には、
短期移住や留学の早期切り上げなど
いろいろな動きが混ざっていますが、」
「インパクトのある見出しだけが
独り歩きしています。」
サクラは
少し眉をひそめる。
「“逃げるな”と言うつもりは
ありません。」
「でも、
“逃げられる人だけが助かる世界”だと
思われるのは嫌ですね。」
藤原が静かに言う。
「だからこそ、
“残る選択をした人”も
守れるプランを
国として作る必要があります。」
「“動かないこと”が
必ずしも悪ではないように。」
サクラは
机の上の資料を閉じた。
「今夜の会見、
こういうメッセージを
一文入れましょう。」
天野がペンを構える。
「“東京から離れる方も、
東日本から一時的に移る方もいるでしょう。”」
「“それは、
ご本人やご家族が考え抜いた
一つの選択です。”」
「“一方で、
そこにとどまって
生活を続ける選択をした方々もいます。”」
「“政府は、
どちらの選択をした方々も
可能な限り守り抜く責任があります。”」
サクラはペンを置いた。
(動く人も、
動けない人も、
動かないと決めた人もいる。)
(その全部を
“国民”とまとめて
引き受けなきゃいけないのが、
この仕事なんだろうな。)
Day16。
オメガ予測落下日まで、あと16日。
宇宙の計算は、
少しずつ「東日本」を
濃く塗りつぶし、
地上では、
「ここにいるべきか」
「どこかに行くべきか」
それぞれの答えを探して
人々が静かに動き始めていた。
誰かはスーツケースを詰め、
誰かは避難所の鍵を磨き、
誰かは配信ボタンを押し、
誰かはただ、
明日の通勤ルートを確認していた。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.
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