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《JAXA/ISAS 相模原キャンパス》
午前9時。
作戦室のスクリーンには、
もう見慣れてしまった日本地図が映っていた。
ただ今日は、
その上に一本の太い線が
くっきりと重なっている。
「“コリドー中心ライン”、
最新バージョンです。」
若手研究者が
レーザーポインターでなぞる。
「東北南部——
たとえば宮城・福島の内陸部付近から、」
「関東北部の山間部を抜けて、
太平洋側に抜ける
細い一本のライン。」
レイナが
腕を組む。
「“この線のどこか”に
落ちる可能性が高い。」
「でも、
“線から少し外れたマスには絶対落ちない”
なんてこともない。」
若手はうなずきながら続ける。
「コリドー幅そのものは
まだ数百キロあります。」
「ただ、その中でも
この中心ライン周辺のセクターに
確率が集中し始めている、という状態です。」
別のスタッフが問う。
「“県名で言え”って
また官邸に聞かれるんじゃないですか?」
レイナは苦笑した。
「聞かれるでしょうね。」
「でも、
“科学的にはまだ言えない”って
何度でも答えるわ。」
「その代わり、
このライン上の自治体とは
個別に避難準備の密度を上げていく。」
彼女は、
スクリーンの下の方に
新しい一文を表示させた。
〈※コリドー中心ライン上の自治体には、
避難訓練・医療体制増強の“優先的支援”が必要〉
(線を引くことは、
責任の線を引くことでもある。)
(だったらせめて、
“守るための線”にしないと。)
《福島県内・とある町役場 防災会議》
会議室のホワイトボードには、
JAXAから送られてきた
“中心ライン”のコピーが貼られている。
その上に、
担当者の手書きで
町の名前が丸で囲まれていた。
「……うち、
ど真ん中ですね。」
若い職員が、
乾いた声で言う。
防災担当課長の
中年男性が小さくうなずく。
「“科学的には
まだどこに落ちるか分からない”——」
「それは分かってる。」
「でも国からは、
“このライン上の自治体を
優先的にサポートする”って
はっきり言われた。」
「つまり、
“ここが一番危ない可能性が高い”って
正直に認められた、ってことだ。」
部屋の空気が
少し重くなる。
保健師が手を挙げる。
「避難所の数を増やす件ですが、
“体育館+学校”だけでは
正直足りません。」
「高齢者施設や
民間のホテルにも
協力をお願いしないと。」
課長がうなずく。
「分かっている。」
「ただ、
“うちの施設が危険地域だと
公表されたら困る”って
言う人も出てくるだろう。」
若い職員が
自分のメモを見ながら口を開く。
「“危険地域だからこそ
避難所として機能する”って
考え方もありますよね。」
「“ここから逃げる場所”と
同時に、
“ここで守る場所”でもある、みたいな。」
課長は
少し笑った。
「難しいこと言うな。」
「でも、
その感覚は大事かもしれない。」
「“線の中だから終わり”じゃなくて、
“線の中だからこそ
準備の密度を高くする”——」
「その考え方を、
町全体にどう広げるかだ。」
《東京都内・カフェチェーン本社 会議室》
スーツの社員たちが
売上グラフを前に
ため息をついていた。
「東日本の店舗、
特に高リスク帯に近いエリアで
売上がじわじわ落ちています。」
「“外食する気分じゃない”
“いつ避難になるか分からないから
お金使いたくない”——
そんな声も。」
別の担当者が
資料を出す。
「一方で、
“避難準備で疲れた人たちが
ちょっと一息つける場所”として
カフェを使っているケースもあります。」
「実際、
防災マップを広げながら
夫婦で話し合っているお客様も
見かけます。」
役員の一人が言う。
「だったらいっそ、
“防災カフェ”みたいなキャンペーンを
やってみるのはどうだ。」
「高リスク帯の店舗で、
避難情報のパンフレットや
自治体のハザードマップを置かせてもらう。」
「無料Wi-Fiと電源を
“情報整理の場”として
開放する。」
若い社員が頷く。
「“コーヒーを飲みながら
家族会議”ですね。」
「“逃げるかどうか”だけじゃなく、
“どこに避難するか”
“誰と連絡を取り合うか”——」
「そういう話をする場所として
カフェが使われるなら。」
他の役員が眉をひそめる。
「“不安商法”だと叩かれないか?」
「“隕石ビジネス”って
言われるかもしれないぞ。」
沈黙。
やがて社長が口を開いた。
「“売るため”じゃなく、
“ここにいる人たちが
少しでも冷静になれるため”だと
胸を張って言える内容にしよう。」
「非常用電源の強化、
携帯の充電サービス、
子どもが暇をつぶせる本や絵本の常設。」
「“線の中で暮らしている人たち”にとって
“ここに来てよかった”と
思える店にしたい。」
(それが、
今この業界にできる
小さなプラネタリーディフェンスかもしれない。)
《総理官邸・執務室》
サクラは、
日々増えていく
各省からの報告書に
目を通していた。
〈西日本の空港・港で
“東からの長期滞在者”増加〉
〈高リスク帯の自治体から
“職員の心のケア”要請〉
〈企業の投資計画の見直し、
東日本からの拠点移転検討〉
「……国が丸ごと
“一本の線の上”で
揺れてるみたいね。」
つぶやくと、
天野が静かに頷いた。
「“線の中にいる人”と
“線の外にいる人”の間で、」
「見えない壁が
できつつあるように感じます。」
「SNSでも、
“もう東から出てきなよ”という声と、
“裏切り者扱いしないで”という声が
ぶつかっていて。」
サクラは、
ペンを指で転がした。
(線を引いたのは
科学と政府だ。)
(でもその線を
どう解釈するかは、
人々一人ひとりに委ねられている。)
「今夜の会見で、
“線の外の人たち”への
メッセージを少し増やしましょう。」
天野がメモを取る。
「“高リスク帯に
ご家族や友人がいる方々へ”——」
サクラは、
ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「“どうか、
“早く出てこい”という言葉だけで
相手を追い詰めないでください。”」
「“仕事、学校、家族の事情、
地域への思い——”」
「“動きたくても動けない理由が
そこにはあります。”」
「“その代わり、
もし相手が“出たい”と決めたとき、”」
「“手を伸ばせる人になってください。”」
中園広報官が
横から口を挟む。
「“線の外にいる人たち”に
“傍観者ではなく
“受け止める側”になってほしい…”という
ニュアンスですね。」
サクラは軽く笑った。
「そう。」
「“線の中”と“線の外”を
分ける線で終わらせるんじゃなくて、」
「“線をまたいで
支え合うための線”に
変えたい。」
《とある地方都市・高校のグループチャット》
〈クラスLINE〉の通知が
延々と鳴り続けていた。
〈西の親戚んち、マジで来ていいって言われた〉
〈いいなー。うちは親が動く気ゼロ〉
〈てかさ、出てくやつ裏切りだろって言ってるやつ誰?〉
〈そういうのやめよ〉
〈でも実際、こっちに残るやつが一番リスク負うんじゃん〉
〈残る=勇気ある、逃げる=卑怯 みたいなのも違くない?〉
画面を見つめながら、
一人の男子生徒が
ため息をついた。
(“残るか逃げるか”が、
いつの間にか
“勇気か卑怯か”の話に
すり替わってる。)
(本当は、
“どっちも怖い選択”なだけなのに。)
彼は、
送信ボタンを押した。
〈先生が言ってたけどさ〉
〈“どこにいても、今やれる準備はある”って〉
〈出る人は出る準備、残る人は残る準備〉
〈お互い責めるより、情報共有しない?〉
数秒の沈黙のあと、
スタンプが一つ、二つと
送られてきた。
〈👍〉
〈それな〉
〈じゃあ避難バッグに何入れてるかリスト貼ろ〉
(俺たちにできるのなんて、
この程度かもしれない。)
(でも、
何も言わないで
空気に流されるよりは
マシだ。)
Day15。
オメガ予測落下日まで、あと15日。
空にはまだ何も見えない。
地上にはただ、
一本の「線」と、
その線の内側と外側で
揺れる人々の選択だけがあった。
誰かは動き、
誰かは踏みとどまり、
誰かはまだ決められないまま、
それでも明日の仕事の時間に
目覚ましをセットして
眠りにつく。
世界は、
終わりに向かいながらも
確かに「日常」を続けていた。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.