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双葉 莉音
188
#フョードル・ドストエフスキー(文豪ストレイドッグス)
旅人X
1,210
#フョードル・ドストエフスキー(文豪ストレイドッグス)
人混みを抜ける。先ほどまでの喧騒が嘘のように、少し静かな通りへと出た。
夕暮れが近づき、空は淡く色を変え始めている。
「……」
並んで歩く足音だけが、やけに響いた。
(……妙ですね)
隣の男が、静かすぎる。
先ほどまであれだけ騒がしかったというのに。
「……ゴーゴリさん?」
呼びかける。
返事は、すぐには来なかった。
数歩遅れて――
「ねぇ、フェオドラ」
珍しく、穏やかな声だった。
「……なんです」
「君はさ」
ふと、立ち止まる。
それにつられて、フェオドラも足を止めた。
「もし、自分の“生きる理由”と、大切な人がぶつかったら……どうする?」
「……」
唐突な問い。
けれど、その声は妙に真剣だった。
(……これは)
軽く流していいものではない。
「状況によりますが」
淡々と答える。
「大抵の場合、両立は不可能です。ですから選択するしかありません」
「うん」
ゴーゴリは、少しだけ笑った。
けれど。
その笑みは、どこか歪だった。
「やっぱり君はそう言うよね」
「当然です」
「うん、知ってた」
そう言いながら、ゆっくりとこちらへ向き直る。
その目は――
どこか、揺れていた。
「……ねぇ、フェオドラ」
「はい」
「私ね」
一瞬、言葉が止まる。
まるで選ぶように。
「――いや、“僕”は」
言い直した。
「迷っているんだ」
「……」
フェオドラは何も言わず、ただ見つめる。
「ずっとさ、決めてたんだよ」
ぽつり、ぽつりと。
「僕は鳥のようになりたいんだって。完全な自由を証明するって」
空を見上げる。
「そのためには、全部捨てなきゃいけない。感情も、繋がりも、全部」
そして、視線が落ちる。
まっすぐに、フェオドラへ。
「だからさ」
静かに、笑った。
「“親友を殺す”っていうのも、その一つだった」
「……」
風が、二人の間を通り抜ける。
「君を殺すことで、僕は証明できるはずだったんだ」
声は穏やかだった。
まるで、ただの事実を語るように。
「僕は何にも縛られていないって。誰にも、何にも、心すらも支配されていないって」
「……」
フェオドラは、ただ聞いている。
遮らない。
否定もしない。
「でもさ」
ふ、と笑う。
「おかしいよね」
その笑みは、どこか自嘲的だった。
「君と一緒にいると、楽しいんだ」
「……」
「君が笑うと、安心するし。君が傷つくと、腹が立つ」
一歩、近づく。
「……君を、誰かに取られたくないって思う」
「……」
距離が、ほんのわずかに縮まる。
「――つまりさ」
息がかかるほどの距離で、
「君を、愛してしまった」
静かに、告げた。
(は…?)
「……」
一瞬の沈黙。
夕暮れの光が、長い影を落とす。
「だから僕は迷ってる」
声が、少しだけ低くなる。
「君という大切な存在を、この手で殺して自由を証明するか」
ゆっくりと、手が伸びる。
触れるか触れないかの距離で止まる。
「それとも」
ほんのわずかに、震えた。
「僕の生きる理由を捨てて、君と生きるか」
「……」
その言葉は、あまりにも重かった。
ゴーゴリらしくないほどに。
「ねぇ、フェオドラ」
覗き込むように。
「君なら、どうする?」
問いかけ。
けれど、それは“答えを求めている問い”ではない。
「……」
フェオドラは、ほんの少しだけ目を伏せた。
(この人は――)
誰よりも“自由”を求めている。
それは知っている。 理解している。
そして。
(それを捨てることが、この人にとって“死”と同義であることも)
静かに息を吸う。 そして、顔を上げる。
「……もし」
声は、穏やかだった。
「どうしても決められないのなら」
一歩、距離を詰める。
今度は、彼女の方から。
「フョードル・ドストエフスキーである“僕”を殺しなさい」
「……!」
ゴーゴリの目が、わずかに見開かれる。
「今、貴方の隣にいる私――」
ほんの少し、微笑む。
それは“魔人”の笑みではない。
「フェオドラではなく」
静かに。
「……ね?」
その言葉は。
計算でも、策略でもない。
ただの。
“フェーニャ”としての言葉だった。
「……」
ゴーゴリは、言葉を失う。
(ああ)
理解してしまう。
この言葉の意味を。
これは優しさだ。
そして同時に――
とてつもなく残酷な提案だ。
「……ひどいなぁ」
ぽつりと零す。
「それってさ」
笑おうとして、うまくいかない。
「君を“二つに分けろ”って言ってるのと同じじゃないか」
「……そうかもしれませんね」
否定はしない。
「でも」
視線は逸らさない。
「貴方は、それができる人でしょう?」
「……」
沈黙。
風が、二人の間を通り抜ける。
「……ドス君」
小さく呼ぶ。
「それでも僕は」
一歩、近づく。
「どっちも欲しいって思っちゃうんだけど」
「欲張りですね」
「でしょ?」
少しだけ、いつもの調子が戻る。
でも、その奥はまだ揺れている。
「……困ったなぁ」
ぽつりと。
「自由も、君も、どっちも手放したくないなんて」
「……」
フェオドラは、わずかに目を細めた。
(この人はきっと)
どちらかを選ぶ。
必ず。
その時が来る。
「……その時が来たら」
静かに言う。
「後悔のない選択をなさってください」
「……」
「僕は、それを否定しませんから」
それは肯定ではない。
だが、拒絶でもない。
ただの“許容”。
「……ほんとさぁ」
ゴーゴリは、くしゃりと笑った。
「君って、優しいよね」
「……そうでしょうか」
「うん」
一歩下がり、 距離が戻る。
けれど。
「だから余計に、壊したくなる」
その言葉は、ひどく静かだった。
「……」
フェオドラは何も言わない。
ただ、 ほんのわずかにだけ。
「……できるものなら」
そう、返した。
その目には、 恐れも、拒絶もなく…… ただ静かな覚悟だけがあった。
コメント
8件
読みました! 本当に文章が素敵で感動しました。 率直に言います。好きです これからも頑張ってください
第8話、読み終わりました。ゴーゴリが「自由」とフェオドラの間で揺れる姿が本当に切なくて…。特に「君を愛してしまった」と告白したあと、彼女から「“僕”を♡♡♡なさい」と返される場面、胸がぎゅっとなりました。どっちも選べない、でも選ばなきゃいけない。その葛藤が二人の距離感や視線の動きに細かく描かれていて、ドキドキしながら読みました。フェオドラの「できるものなら」という最後の言葉も、静かな決意が感じられて素敵でした。続きがすごく気になります…!