テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第20話「寮の風呂が変質した」
登場属性:澄(すみ)属性 × 熱属性
キーワード:感情干渉/非計画的共鳴/生活圏での変質事故
夜。寮の共同浴場、1号館。
普段は静かなはずの湯気の向こうが、今日はざわついていた。
「おい……なんか今日、風呂、透けすぎじゃない?」
「熱くなってないのに、視界が揺れる……?」
異変に気づいたのは、熱属性の男子・イナリ=タツメと
澄属性の女子・ミウ=カガネだった。
イナリは、ぼさぼさの赤髪に筋肉質な体つき。
タオルを肩に引っかけ、顔をしかめて湯を見ている。
ミウは小柄で、髪は銀緑色に近い明るい灰。
少しだけ人と距離をとる子だが、風呂掃除の当番をまじめにこなしている。
原因は、昼間の“波域食堂”での一件だった。
ミウが残した海藻スープに、イナリが勝手に熱貝を加えて
「これ、味の波足りなかったから!」と悪気なく差し出した。
一口飲んで、ミウは何も言わなかった。
ただ、席を立って、そのまま波域へ戻っただけ。
その感情の波が、寮の風呂という“共有の塩素空間”に
予期せぬ“交差”を起こした。
澄属性の「冷却・拡散」と、熱属性の「凝縮・昇温」が、
互いに“同時に作用”し、湯の表層がゼロ重力のような浮遊状態になっていた。
泡も波もなく、ただゆっくりと、光がねじれる。
「やべ……俺、やりすぎたかも」
イナリは浴槽に近づく。
けれど触れた瞬間、湯の表面に小さな“音”が生まれた。
ミウの気配だった。
「怒ってないよ。ちゃんと、冷えてただけ」
タオルを頭に巻いたミウが、のれんをくぐって入ってきた。
「でも、それって“冷たい”ってことだろ?」
「違うよ。……“ゆらいだ”の。名前も味も、全部」
ミウの足が、波のない湯に静かに入る。
イナリも横に腰を下ろす。
じわ、と湯の温度が正常に戻り、
湯気が、やっと立ちはじめた。
「たぶんさ。風呂の塩素って、
“ちょっとした無視”に、すごく反応するんだと思う」
そうつぶやいたミウのまつ毛に、
ふわりと水面が映っていた。