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第五十八話 明日渡すもの
「明日、ちゃんと渡すから」
音声を止めたあとも、
その言葉が頭から離れなかった。
彼はもう一度再生した。
聞き間違いではない。
確かに、自分の声だった。
けれど、その先がない。
録音はそこで終わっている。
「……何を渡すんだよ」
答えが分からない。
彼は机の上に置いていたキーホルダーを手に取った。
これなのだろうか。
そう考えたものの、すぐに首を横に振った。
それなら、なぜ自分の手元に残っている?
そもそも、誰に渡すつもりだったのか。
考えていると、スマートフォンが震えた。
彼女からだった。
『まだ起きてる?』
『起きてる』
『昨日のこと、ちょっと思い出した』
彼は画面を見つめる。
『何を?』
少しして、返信が届いた。
『駅で、誰かを待ってた気がする』
彼の指が止まった。
『俺も似たような記憶がある』
『本当?』
『うん。今日、昔の音声も見つけた』
『音声?』
彼は迷ったあと、そのファイルを送った。
彼女はすぐに再生した。
しばらく既読がつかない。
やがて、
『「明日、ちゃんと渡すから」って言ってるね』
『うん』
『何を渡すつもりだったんだろう』
『分からない』
二人とも考え込んだ。
キーホルダー。
写真。
そして「渡す」という言葉。
ここまで揃うと、
やはり何かを渡す予定だった可能性が高い。
けれど、それが何なのかだけは見つからない。
『もしかしたら、もう持ってるのかも』
彼女がそう送ってきた。
『俺もそう思って、部屋を探してる』
『私も探してみる』
それから二人は、それぞれ昔の荷物を調べ始めた。
彼は箱の中身を一つずつ確認する。
写真。
古いメモ。
キーホルダー。
何もない。
最後に、箱の底を触った。
すると、底の一部分だけ
少し浮いていることに気づいた。
「……?」
指を入れて持ち上げる。
底板の下に、薄い封筒が一枚隠れていた。
宛名はない。
差出人もない。
ただ、表に小さく、
「土曜日」
とだけ書かれていた。
彼は息を止めた。
今日が何曜日だったかを確認する。
そして、先週の土曜日。
二人が初めて会った日を思い出した。
封筒を開ける。
中には、一枚の紙が入っていた。
そこに書かれていたのは、たった一行。
「会ったら渡す。」
彼はしばらく、その文字を見つめていた。
誰に。
何を。
その答えはまだ書かれていない。
けれど、
事故の前日に録音された言葉と、今見つかった紙。
二つは、確かにつながっている。
彼は封筒の写真を撮った。
そして彼女に送る。
『これ、見つけた』
しばらくして、彼女から返信が来た。
『……私のところにも、似たようなのある』
彼の心臓が跳ねた。
『写真送って』
彼女から届いた写真には、
古い小さな封筒が写っていた。
その表には、
「土曜日」
と書かれている。
二人は、しばらく何も言葉にできなかった。
同じもの。
同じ日。
そして、二人の記憶に残る「渡す」という言葉。
過去の二人が何を約束していたのか。
その答えは、もう遠くないところまで来ていた。
けれど――
封筒の中身を見た彼女は、ふと眉をひそめた。
「……これ、私が書いた字じゃない」
その言葉が、彼女自身を一番驚かせた。
コメント
1件
うわあ、このエピソード、じわじわ来る……。記憶の断片と「渡す」という言葉が、箱の底の封筒や彼女の持つ同じ封筒で繋がっていく感じが、読んでいてゾクゾクしました。特に最後の「これ、私が書いた字じゃない」で、一気に謎が深まるところが秀逸。伏線の配置が丁寧で、これまでの話を読み返したくなりますね。