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「……幼稚園、ですか?」
霧島は、 手帳を閉じてコトコを見た。
「はい」
コトコは、 静かにうなずく。
「この子たちには……“ふつう”をあげたいんです…私はちがいましたから」
宝生家の広いリビング。
磨き上げられた床。
静かすぎるほどの空間。
「お友達と喧嘩して 一緒にお昼寝して……」
「そういう時間を、ちゃんと生きてほしくて」
霧島は、
一瞬だけ考えたあと、
はっきりと言った。
「承知しました」
「警備と環境は、万全に整えます」
コトコは、 少し安心したように微笑んだ。
「ありがとう、霧島さん」
その瞳には――
今日も、
淡い月の光。
制服のような、小さな小さな通園服。
鏡の前で、 こあは自分の姿を見ていた。
(……前世じゃ、 こんな格好しなかったな。魔法少女だったし)
隣で、 こまが靴を履いている。
(……幼稚園か)
(……人、多そう)
こまは、 知的で、冷静。
少しだけ、 周りを見下ろす癖がある。
それでも――
こあは、 自然とこまの様子を気にしていた。
(……大丈夫かな)
(……緊張、してる?)
こまは、 こあに気づくと 小さく肩をすくめた。
(……姉ちゃんこそ)
(……平気?)
こあは、 ほんの一瞬だけ
胸を張る。
(……任せなさい)
前世と同じポジション。
こまは、 頼れる弟で、
こあは――
姉だった。
車の中。
霧島は、 静かに前を見ている。
「本日から、 “集団生活”が始まります」
「無理はなさらず」
こまが、ふと霧島を見上げた。
「……」
声は出ない。
でも、
その視線は はっきりとした質問だった。
(……あなたは)
(……どこまで知ってる?)
霧島は、
その視線を受け止め、
淡々と言った。
「お二人は、 お二人のままでいればよろしい」
こあの胸が、
少しざわつく。
(……意味深)
(……でも)
(……敵じゃない)
それだけは、 わかった。
幼稚園は、
想像よりもにぎやかだった。
笑い声。
泣き声。
走り回る足音。
「う……」
こまが、 小さく顔をしかめる。
(……苦手)
こあは、 さりげなくこまの前に立った。
(……大丈夫)
(……私がいる)
先生が、 にこにこしながら言う。
「今日は、新しいお友達が 来てくれました!」
視線が、 一斉に集まる。
(……視線)
(……懐かしい)
こあの心が、 少しだけ
過去を思い出す。
(……ステージとは 違うけど)
(……似てる)
お絵かきの時間。
こまは、 黙々とクレヨンを動かしている。
月の絵。
赤い色。
(……ストロベリームーン)
こあは、 それを見て 少しだけ目を細めた。
(……やっぱり)
(……忘れてない)
自分の紙には、
何も描かない。
代わりに、 こまの様子を見ている。
(……この子…こま…)
(……頭いいし)
(……冷静だけど)
(……守りたい)
前世と同じ。
頼ってしまうのは、 弱さじゃない。
“姉”の選択だ。
その頃。
コトコは、 スタジオにいた。
「次は、ドラマの読み合わせです!」
「そのあと、 バラエティの打ち合わせ!」
「次のアルバム曲、練習しといてね!」
息をつく暇もない。
それでも、カメラの前では
変わらない笑顔。
「……はい」
ふと、休憩中に スマホを見る。
幼稚園からの 連絡は、まだない。
(……大丈夫かな)
その瞬間、胸の奥があたたかくなる。
理由は、 わからない。
でも――
不思議と、 安心していた。
夕方。
迎えに来たのは、 霧島だった。
「今日は、 いかがでしたか?」
こまは、 少し考えてから 小さくうなずく。
こあも、 それに続く。
(……疲れたけど)
(……悪くない)
霧島は、 その様子を見てわずかに口元を緩めた。
「それは、 何よりです」
この日から――
霧島と双子の時間は
確実に増えていく。
会話は少ない。
だが、
沈黙は 不思議と重くなかった。
夜。
宝生家の庭。
こあは、 月を見上げる。
赤くはない。
でも、 やさしい光。
(……進んでる)
(……ちゃんと)
幼稚園。
友達。
ふつうの生活。
そのすべてが――
未来へ続く道。
遠くで、コトコが 仕事から帰ってきた。
「ただいま」
その瞳には、 今日も月。照らされて、 輝く光。
まだ、
誰も気づかない。
この小さな一歩が――
やがて、 “その先”へ続くことを。
夜。
宝生家の子ども部屋。
天井の間接照明が、
うっすらと部屋を照らしている。
霧島は、 廊下で警備システムの 定期確認をしていた。
――ほんの数分。
完全に視線が外れる時間。
こあは、
その“間”を逃さなかった。
ゆっくりと、
こまのほうを向く。
「……こま」
声は、
ほとんど息。
でも、 確かに“言葉”だった。
こまの目が、 大きく見開かれる。
「……今……」
「うん」
こあは、小さくうなずいた。
「聞こえた」
胸の奥が、 少しだけ震える。
「……話せるの、 初めてだね」
こまは、 一瞬だけ考えてから
静かに答えた。
「……やっとだ」
短い言葉。
でも、その中には
溜め込まれていた時間が 詰まっていた。
「幼稚園、どうだった?」
こあが聞く。
こまは、 少し眉をひそめた。
「……うるさい」
「だよね」
「でも」
一拍、置いて。
「……悪くなかった」
こあは、ふっと笑った。
「それなら、なんか、よかった。」
沈黙。
でも、気まずくはない。
「……姉ちゃん」
「なに?」
「前にさ」
こまは、 声をさらに低くする。
「……誰かを すごく好きだった気がする」
こあの心臓が、
一瞬だけ跳ねた。
「……うん」
「……顔は、 はっきり思い出せない」
「でも」
「歌ってた」
「……そう」
こあは、それ以上は言わなかった。
言えなかった。
でも、 こまは続ける。
「……姉ちゃんも、 同じだろ」
疑問じゃない。
確認。
こあは、 ゆっくりとうなずいた。
「……うん」
その瞬間――
廊下で足音。
霧島だ。
「……戻ってくる」
こまが言う。
「うん」
こあは、
最後に小さく付け足した。
「……これからも、一緒にいこう」
こまは、
ほんの少しだけ
口元を緩めた。
「……当然」
次の瞬間、ドアが静かに開く。
「お二人、 お休みの時間です」
いつもの声。
いつもの距離。
でも――
もう、違った。
言葉を交わした。
それだけで、 世界は少し 変わっていた。