テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
仙崎ひとみ/九龍
紙吹みつ葉
4
643
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
その後付き合い出した二人は、毎週のようにデートへ出かけた。彩が拓馬の事を好きになるのに、そう時間はかからなかった。
拓馬の事を知れば知る程好きになり、大切な存在になっていく。和也を失った心の傷も少しずつ癒えていき、人形に話し掛ける事もなくなっていた。明菜もそんな彩の変化に喜び、以前のように二人は笑顔で話の出来る親友に戻る事が出来た。
後は拓馬に和也の存在を打ち明ける必要があったが、彩は言い出せない。やはり自分は和也の存在を過去にする事は出来ない。一生一番大切な人として心の中に存在する。それを拓馬に理解してもらえるか不安があったのだ。
そこで彩は拓馬に同棲を提案した。一緒に暮らしながら、和也の事を告白するタイミングをうかがう事にしたのだ。
同棲を開始した日、彩は人形を拓馬の車に吊り下げた。いつか和也の事を打ち明けるから、二人で幸せになれるように見守って欲しいとの思いからだ。
だが、結局は最悪の結果になってしまった。全て自分に責任があり、もう少し上手く打ち明けられれば良かったのに拓馬を深く傷つけてしまった。
海を見ながら過去の記憶に浸っていた彩は、拓馬の存在を忘れていた事に気付く。悪い事をしたと拓馬の方に顔を向けた。
「あっ……」
拓馬の顔を見た彩は驚く。拓馬はあの日と同じように、優しい笑顔で自分を見ていたのだ。
「ああ、ごめんなさい。横顔があんまり綺麗だったんで……」
慌てて視線を逸らす姿もあの時と同じだった。
「拓ちゃん」
彩は思わず拓馬に抱きつく。
「大好き……もし、拓ちゃんの記憶が戻らなくても、ずっと傍に居るから……」
「あ、ありがとうございます……」
彩に抱き締められて嬉しいのだが、抱き返す事は出来ない拓馬。
結局、初めてのデートを再現しても拓馬の記憶は戻らなかった。
その後も拓馬と彩は同棲生活を続けた。拓馬は会社の有休が残っている間は自宅養生する事になっている。その間、彩は思い出話を聞かせたり、二人で行った場所に連れて行ったりしたが、努力の甲斐もなく拓馬が現在の記憶を取り戻す事は無かった。
拓馬が退院してから十日後の夜。彩は仕事終わりに、洋風居酒屋で明菜と飲んでいた。個室もある落ち着いた雰囲気の店で、二人が仕事終わりに会う時は良く利用している。今日は拓馬が実家に泊まるので、彩が明菜を誘ったのだ。
チューハイで乾杯を済ませ、明菜が彩に拓馬の近況を訊ねた。訊ねられた彩の顔から笑顔が消え、無言で首を振る。
「そうか、拓ちゃんの記憶はまだ戻らないのか……」
明菜が残念そうに呟いた。
「いろいろ二人の写真を見たり、良く聴いていた音楽を流したりしたけど、駄目だったの……このまま記憶が戻らなかったらどうしよう……」
彩は小さく溜息を吐いてグラスを口に運んだ。
「大丈夫、ずっと記憶が戻らないなんて事はないよ。エッチした時はどうだった? 体が覚えているとかは無かったの?」
明菜が遠慮なくストレートに聞く。二人の間では特にタブーとなる話ではないのだ。
「そ、それが……まだ……」
彩は顔を赤くして下を向く。
「えっ? まさかまだ何もしてないの?」
彩は下を向いたまま、黙って頷いた。
「どうして? 今の拓ちゃんは高校生なんでしょ? したい盛りじゃないの」
「高校生の拓ちゃんは、大人の拓ちゃんより私を好きになれていないから、今はまだ出来ないって……」
「好きになれていない?」
明菜は彩の口から出た言葉が信じられなかった。明菜の知っている拓馬は、彩一筋で他の女性が目に入らないくらい愛していた。記憶を失った事で、そんな大切な気持ちさえ無くなってしまったのが明菜には信じられなかったのだ。
「拓ちゃんは本気で言ったの?」
「お互い本当に好き同士にならないと、しちゃいけないって思っているみたい。自分の性欲だけで、私を抱きたくないって」
「そんな……あんなに愛し合っていたのに……記憶と一緒にあの気持ちまで無くしちゃったって言うの?」
彩は暗い表情で頷く。
「でも、それってどうなのよ? 好きな人に抱かれたいっていう彩の気持ちは無視じゃない」
「でも、大事に想ってくれているって事だと思うし……」
「いや、でも……」
明菜は拓馬の気持ちを否定したい衝動を抑えきれなかった。その衝動が、彩を心配してなのか、嫉妬しているからなのか自分でも分からない。一つだけ分かっているのは、明菜は怖かったのだ。二人の仲が強固であればあるほど、明菜は自分の気持ちを抑える事が出来る。自分の入る隙はないのだと拓馬への想いを諦められるから。だが、二人の仲が不安定だと余計な期待が頭をもたげる。それが怖いのだ。
「私から話をしてみようか?」
明菜は思わず出た自分の言葉に驚いた。