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「えっ?」
彩も少し驚いた顔をする。
「あっ、いや、本人からは言いにくい事や聞きにくい事もあるでしょ。私が間に入ってあげるよ。二人の事を一番良く知っているんだから」
明菜は彩に対してと言うより、自分に対して弁解していた。
「うん……それはお願いしたいけど……」
彩は遠慮がちに口ごもった。
「でも、迷惑じゃない? お願いしても良いのかな」
「な、なに言ってんのよ、友達でしょ」
彩から出た言葉は全く明菜を疑う素振りも感じられなかった。それが逆に明菜の罪悪感を掻き立てる。彩は大切な友達だと、明菜は自分自身に言い聞かせた。
「うん、ありがとう」
彩は安心したように微笑んだ。
「それはそうと、和也君の事は話したの?」
明菜がそう訊ねると、彩の表情がまた暗くなる。
「言うべきか、黙っておくべきか、自分でもよくわからない。記憶が戻るのを待つ方が良いのかとか考えて……」
「そうか……難しいよね……」
彩を裏切らない為にも、和也の話題は注意しようと明菜は思った。
「それで、拓ちゃんはいつ帰ってくるの?」
「二、三日で戻る予定だから、週末には居るよ」
「じゃあ、土曜日に話をするわ。その前に彩の気持ちをもっと聞いとかないとね」
明菜はそう言って無理に笑顔を作った。
明菜は2DKの自宅マンションに戻ってきて、コートも脱がずにベッドの上に寝転んだ。あの後も彩と一緒に結構な量のアルコールを飲んだが、全く酔いが回らず頭ははっきりしている。
「あーもう!」
明菜は酷く苛立っていた。なぜこんなにも自分が苛立っているのか、理由はわかっている。
――私は不安なんだ。
明菜は自分自身が信じきれなくて不安を感じている。拓馬と会う事をキャンセルすべきだとわかっているが、行動に移せない。
彩の言う通り、拓馬が手を出さないのは大事にしているからだと思う。決して二人の仲が不安定になっているのではないのだ。そう自分に言い聞かせても、心の隅に今の拓馬なら自分にもチャンスがあるのではと期待している。
――大切にされている彩が羨ましい。私に言い寄って来た男達の中で、拓ちゃんのように優しくしてくれた人はいない。私自身も寂しさから、そんな男達を受け入れてきた。
「どうして私じゃないのよ……」
明菜の瞳から涙が零れる。和也を好きな頃から何度も流した涙だ。
――私でないのは当然だ。私は和也君を失った寂しさから逃げてしまった。でも、彩はずっと純粋に想い続けていた。拓ちゃんが彩に惹かれるのは当然の事だ。
「もう嫌だ……」
――拓ちゃんの記憶が戻ったら、誰も知らない場所に行こう。仕事も辞めて引っ越しして、全てをリセットしよう。でないと私はいつかきっと、彩を憎んでしまう。
次の土曜日の午後に明菜は拓馬を自宅に招待した。落ち着いて話をしたいと言う理由で彩の了解を取って自宅に招いたのだ。
約束の午後二時、拓馬はやって来た。
「こんにちは。今日はお邪魔します。あの、これどうぞ」
玄関に入るなり、拓馬は途中で買った洋菓子を明菜に手渡した。
「いらっしゃい、御丁寧にありがとう。さあ、遠慮せずに上がって」
明菜は拓馬を部屋の中に招き入れた。二部屋あるうちの一部屋はベッドが置いてある寝室で、もう一部屋はリビングとして使っている。リビングにはソファ代わりに大き目のクッションを壁に並べてあり、その前に木製のローテーブルが置かれている。落ち着いた大人の雰囲気の明菜らしく、部屋の中もシンプルで暗い木目調の家具で統一されていた。
「コーヒーを淹れるから、適当に座ってて」
「はい」
拓馬は言われた通り、壁際のクッションにもたれるように座った。高校生の拓馬は女性の一人住まいに招待されるのは初めてで緊張している。
「初めて来たような顔ね。拓ちゃんはもう何度もこの部屋に来ているのよ」
明菜が台所から、コーヒーカップを二つと洋菓子とチョコレートの入った小皿をお盆に乗せて運んできた。
「そうなんですか。すみません、全然記憶になくて……」
「そんな事謝る必要は無いわ、気にしないで。はい、お持たせですがどうぞ。コーヒーはミルクだけよね?」
明菜はテーブルの上にコーヒーとお菓子を置き、自分も拓馬から少し間を空けてクッションにもたれた。
「ありがとうございます。俺のコーヒーの好みを知っているんですね」
「あっ、うん、見舞いの時にも言ったけど、私達友達だからね。彩も含めて、よく三人で食事や飲みに出掛けていたのよ」
「そうなんですか……」
拓馬の顔が少し暗くなる。
仙崎ひとみ/九龍
紙吹みつ葉
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