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みら

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新しい家での生活が始まって数日が経った。
まだ段ボールは少し残っている。
本棚も全部は埋まっていない。
でも。
阿部は少しずつ。
ここを自分の家だと思えるようになっていた。
朝起きて。
目黒とご飯を食べる。
大きな窓の近くで本を読む。
インターホンが鳴ればモニターを見る。
最初の何回かは。
そのたびに少しだけ緊張した。
でも、聞こえてくるのは。
あの軽快な音。
テレレレレッテッテー。
そしてモニターに映るのは。
管理人。
宅配便。
たまに。
何も言わずに押してくる佐久間。
もうあの日の音ではない。
それだけでも。
少しずつ。
新しい家になっていった。
その日。
九人は事務所へ呼ばれていた。
会議室に入ると。
マネージャーのほかに。
事務所の担当者も座っている。
阿部は。
目黒の隣へ座った。
岩本が聞く。
「事件のことですか?」
「はい」
担当者が頷く。
ただ。
話は長くなかった。
女優についての捜査は進み。
今後。
阿部や目黒。
ほかのメンバーへ。
本人が直接接触する可能性は。
かなり低くなったこと。
事務所としても。
警察と連携しながら。
引き続き対応を続けること。
それだけだった。
阿部は。
黙って聞く。
難しいことは。
もう。
全部理解しようとしなくていい。
必要なことだけ。
分かればいい。
説明が終わって。
少しだけ静かになった。
阿部が口を開く。
「一個だけいいですか?」
「もちろんです」
「俺」
少し考える。
「もう、自分で何とかしなくていいんですよね」
担当者は。
迷わず頷いた。
「はい」
「何かあったら」
「事務所に言えばいい?」
「はい」
「警察とか」
「必要なところはこちらで繋ぎます」
阿部は。
ゆっくり息を吐いた。
「そっか」
それだけ。
以前なら。
もっと聞いていたかもしれない。
これからどうなる。
いつまで。
何が起きる。
どれくらい安全なのか。
全部。
自分で把握しようとしたかもしれない。
でも。
今は。
自分の仕事ではないものまで。
抱えなくていい。
そう思える。
隣で。
目黒が少しだけ笑った。
阿部も。
小さく笑い返した。
担当者が資料を一枚閉じる。
「それと」
少し空気が変わった。
「もう一つあります」
九人が見る。
「活動についてです」
阿部の指が。
ほんの少し動いた。
でも。
誰も。
すぐに阿部を見なかった。
それが。
阿部にはありがたかった。
担当者は続ける。
「安全面については、かなり整ってきました」
「ただ」
「こちらから、いつ復帰してくださいとは言いません」
岩本が聞く。
「九人で決めていいってことですか?」
「はい」
「今すぐじゃなくて構いません」
「まだ休みたいなら休んでください」
「戻りたいと思った時に」
「相談してください」
会議室が静かになる。
誰も。
急いで答えなかった。
少しして。
岩本が口を開く。
「俺は」
全員が見る。
「戻りたい」
迷いはなかった。
「もちろん、急いでじゃなくていいけど」
「九人でまた仕事したい」
深澤が。
隣で頷く。
「俺も」
少し笑う。
「休むのも大事って分かったけど」
「ずっと休んでたいわけじゃないし」
渡辺も。
「俺も戻る」
短く言う。
「九人なら」
宮舘が。
「俺も」
と静かに続ける。
佐久間は。
もう待ちきれないように手を挙げた。
「俺も!」
「また九人で仕事したい!」
康二も。
「俺もやな」
「またみんなで歌いたいし」
「写真も撮りたいし」
ラウールも。
「俺も戻りたい」
少しだけ笑う。
「でも前みたいに、無理してる人がいたら止めたい」
最後に。
目黒。
阿部は。
隣を見る。
目黒は。
阿部ではなく。
前を見ていた。
「俺も戻りたいです」
「仕事、好きなので」
それから。
少しだけ阿部を見る。
「九人でやりたいです」
七人。
八人。
一人ずつ。
自分の気持ちを言った。
最後に。
阿部の番が来る。
でも。
誰も急かさない。
担当者も。
待っている。
阿部は。
膝の上の手を見る。
夢の中で。
何度も考えた。
仕事。
アイドル。
歌。
ダンス。
あの時。
本当に嫌だった。
もう。
やりたくなかった。
全部。
投げ出したかった。
その気持ちは。
嘘じゃない。
今でも。
思い出せる。
だから。
簡単に。
「もう大丈夫」
とは言えない。
阿部は顔を上げた。
「俺も」
少しだけ声が震えた。
でも。
続ける。
「戻りたいです」
目黒の表情が。
少しだけ柔らかくなる。
阿部は。
そのまま言った。
「怖くないわけじゃないです」
「また何か言われるかもって思うし」
「仕事に戻ったら」
「しんどくなることもあると思う」
一度。
息を吸う。
「でも」
夢で。
ノートに書いた。
あの言葉。
今度は。
現実で。
自分の口から言う。
「九人でまた歌いたい」
会議室が。
少しだけ静かになる。
佐久間が。
すぐに笑った。
岩本も。
深澤も。
宮舘も。
渡辺も。
康二も。
ラウールも。
目黒も。
全員。
笑っていた。
担当者が頷く。
「分かりました」
「では」
「いきなり本番ではなく」
「まずはレッスンからにしましょう」
岩本も。
「それがいいと思います」
と答えた。
阿部は。
小さく息を吐いた。
復帰する。
そう決めた。
でも。
何かに押されてではない。
誰かのためでもない。
自分で。
もう一度。
やりたいと思った。
数日後。
九人は。
久しぶりにレッスンスタジオへ集まった。
仕事ではない。
取材もない。
カメラもない。
スタッフも。
必要最低限。
ほとんど。
九人だけ。
阿部は。
スタジオの扉の前で。
少し止まった。
中から。
懐かしい匂いがする。
鏡。
床。
スピーカー。
何度も。
何年も。
見てきた場所。
なのに。
少しだけ。
怖い。
目黒が隣に立つ。
「入る?」
阿部は。
一度息を吐く。
「うん」
自分で扉を開けた。
中へ入る。
佐久間が。
「久しぶりー!」
と大きな声を出す。
渡辺が。
「うるさ」
とすぐに返す。
康二は鏡の前で。
「変わってへんなあ」
と笑う。
深澤も。
「そりゃ数週間で変わらないでしょ」
と言う。
いつもの感じ。
それだけで。
少し安心する。
岩本が。
真ん中へ立った。
「今日は」
「全部完璧にやる日じゃないから」
全員が見る。
「身体動かして」
「無理ならやめる」
「途中で休んでもいい」
「それでいい?」
阿部は頷いた。
「うん」
ラウールも。
「賛成」
渡辺が。
「最初から飛ばすのなしね」
佐久間が。
「はーい」
と返す。
誰も。
以前みたいに。
できるのが当たり前。
とは思っていない。
それが。
今の九人だった。
曲を決める。
夢の中でも。
九人で踊った曲。
阿部が。
少しだけ笑った。
「これなんだ」
岩本も笑う。
「これがいいかなって」
「うん」
立ち位置につく。
阿部は。
鏡の中を見る。
九人。
ちゃんといる。
自分も。
いる。
音が流れる。
最初の一歩。
阿部は。
少しだけ遅れた。
「あ」
身体が。
思ったより固い。
次も。
少しずれる。
焦りそうになる。
その時。
岩本が。
「そのままでいいよ」
と言う。
深澤も。
「初日だし」
ラウールが。
「まだ一曲目」
と笑う。
阿部は。
息を吐いた。
「うん」
もう一度。
音へ乗る。
一つ。
次。
もう一つ。
身体が。
少しずつ。
思い出していく。
夢の中でも。
こうだった。
最初は。
少しだけズレた。
でも。
身体は。
ちゃんと覚えていた。
サビ。
目黒と目が合う。
目黒が笑う。
阿部も。
少しだけ笑った。
次第に。
九人の動きが揃っていく。
最後のサビ。
鏡の中。
九人が。
同じタイミングで動く。
曲が終わる。
誰もしばらく。
動かなかった。
全員。
息が上がっている。
佐久間が最初に。
「疲れたー!」
と床へ座り込む。
渡辺も。
「体力落ちてる」
とその場にしゃがむ。
康二が。
「でも楽しいな」
と笑う。
阿部は。
鏡を見る。
自分がいる。
八人がいる。
九人。
さっきまで。
少し怖かった。
でも。
今は。
胸の奥が。
少しだけ熱い。
「……やっぱ好きだ」
小さく。
声が出た。
目黒が聞く。
「踊るの?」
阿部は。
少し考えて。
首を振った。
「違う」
全員が阿部を見る。
阿部は。
笑った。
「九人でやるの」
一瞬。
静かになる。
そして。
佐久間が。
大きく笑った。
「俺も!」
康二も。
「俺もや!」
深澤が。
「それは俺も」
渡辺が。
「はいはい」
と言いながら笑っている。
宮舘も。
ラウールも。
岩本も。
目黒も。
みんな。
笑っていた。
阿部は。
もう一度鏡を見る。
夢の中で。
『帰ったら、九人でまた歌いたい。』
そう書いた。
今。
その続きを。
ちゃんと現実で始めている。
まだ。
怖さも。
不安も。
なくなってはいない。
でも。
それでいい。
怖くても。
九人で。
また進める。
阿部は。
少し息を整えてから。
岩本を見る。
「もう一回やる?」
岩本が笑った。
「いける?」
阿部は頷く。
「うん」
「今度は最初から」
音楽が。
もう一度流れ始めた。
コメント
1件
久しぶりに集まったレッスンスタジオの空気感、すごく好きだなあ。一人ひとりが「戻りたい」って自分の言葉で言えたのがよかった。特に阿部くんが「怖くないわけじゃない」って正直に言えた上で「九人でまた歌いたい」って口にした瞬間、じんわりきた。鏡に映る九人、揃っていく動き、そして「もう一回やる?」からの「今度は最初から」。完璧じゃなくていい、それでも進める——その流れがとてもあたたかかったです。