テラーノベル
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私・緋佐木 凛の幼馴染 、深瀬 湊は、いつも教室の空気を先に動かす人だった。
朝のホームルーム前、まだ眠気の残るクラスに、彼の声だけが先に届く。
ドアを勢いよく開けて、誰かの机を軽く叩いて、意味もなく笑う。
先生に注意されても、
湊「えー、まだ始まってないじゃん」
なんて言って、結局その場を和ませてしまう。
そういうところが、少しずるいと思う。
湊「おはよ、凛。え…てか今日数学二時間もあるん? 」
隣の席に座りながら、湊は私の方を覗き込む。距離が近い。
私は視線を合わせないまま、ノートを机に置いた。
「別に数学くらい簡単じゃない?話聞いてノートまとめて問題解くだけ」
湊「問題解く、それが俺にとって問題。」
「じゃあ無理だね」
湊「即答辛いって、笑」
そう言って笑う湊の横顔を、私は何度も見てきた。
見慣れすぎて、特別だと認めるのが怖くなるくらい。
私たちは付き合っていない。
それなのに、毎日一緒にいて、毎日話して、毎日笑っていた。
昼休みも、放課後も、帰り道も。
気づけば、湊はいつも私の隣にいた。
クラスメイト「ねえ、凛たちってさ」
クラスメイトにそう聞かれるたび、私は曖昧に笑った。
「違うよ。ただの席近いだけ」
嘘ではなかった。
… でも、本当でもなかった。
放課後、私たちはよく一緒に帰った。
校門前のコンビニでアイスを買って、並んで歩くだけ。
湊「凛ってさ、ほんと大雑把じゃない?」
ある日、湊がアイスの棒を噛みながら言った。
「なにが?」
湊「全部。“ まあいいや ” で済ませるとこ」
私は少し考えて、肩をすくめた。
「考えてもどうにもならないこと、あるじゃん」
湊「……あるけどさ」
湊は言葉を探すみたいに、空を見上げた。
湊「凛はさ、傷つく前に手放すタイプっぽい。」
その言葉に、胸が小さく痛んだ。
でも私は、それを認めなかった。
「深く考えすぎなんじゃない?」
湊は何も言わなかった。
その沈黙が、やけに長く感じられた。
三年生になってから、時間は容赦なく進んだ。
進路希望調査、模試、卒業アルバム。
私は県外の短大を受けると決めていた。
その話を、湊にはちゃんと伝えていなかった。
言えば、何かが変わる気がした。
変わるのが、怖かった。
文化祭の準備期間。
夜の教室で、二人きりになったとき。
湊「ね、凛」
湊の声が、いつもより低かった。
湊「俺さ……」
その先を聞く前に、分かってしまった。
だから、怖くなった。
「なに?どうしたの」
わざと軽く言う私を、湊は真っ直ぐ見つめた。
湊「俺、凛のこと好き」
胸がぎゅっと締め付けられた。
知っていた。
でも、聞きたくなかった。
私は、深瀬湊のことが好きだった。
でも、恋が始まる瞬間を受け止めるほど、強くなかった。
「ねえ、湊」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「──── 付き合わなくても、今のままでよくない?」
湊の表情が、少しずつ崩れていく。
湊「……それってさ」
「楽じゃん。このままの方が」
本当は、楽なんかじゃなかった。
ただ、失うのが怖かっただけ。
湊は黙ったまま、しばらく床を見ていた。
そして、諦めたように笑った。
湊「そっか。凛がそう言うなら … 笑」
その言葉が、最後の合図だった。
それから、私たちは確実に離れた。
急じゃない。
でも、戻れない距離。
湊は他の友達と過ごす時間が増え、私に話しかける回数は減った。
私はそれを見て、安心してしまった。
――─これでよかったんだ、と。
卒業式の前日。
昇降口で、久しぶりに二人きりになる。
「明日で終わりだね」
「うん」
「凛、進学先は?」
「県外」
「……そっか」
それ以上、言葉は続かなかった。
「じゃあ、元気でね」
湊はそう言って、振り返らずに歩いていった。
その背中を見ながら、初めて気づいた。
私は、恋を壊したんじゃない。
最初から、大事にしなかっただけだ。
卒業式の日。
私は泣かなかった。
泣くほど、ちゃんと向き合ってこなかったから。
春。
一人暮らしの部屋で、夜になると、湊の声を思い出す。
あのとき、頷いていたら。
怖がらずに、始めていたら。
後悔は、時間差でやってくる。
私は恋を失ったんじゃない。
逃げたんだ。
ちゃんと好きだったくせに、 その重さを測ろうともしなかった。
恋は終わったんじゃない。
私が、始めなかったんだ。
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