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トスク国に来てから、警戒は怠らなかった。
イドゥン教がどんな手を使ってくるか、分からなかったから。耳栓を外すと、音が入りすぎて頭痛がするから、あまり外したくは無かったのだが、外して怪しい音がないかも定期的に確認していた。嘘をついている者が居ないか、用心深くしていたつもりだ。
…実際誰も嘘は付いていなかったはずだ。隠し事も。
心臓の音がやたら早く鳴ることはなかった。
それなのに、どうしてか動かなさなければいけない身体が、動かない。
これを俺はよく知っている。
麻痺毒だ。俺自身矢尻に塗って、使用することもある。でもそれは獲物の話であって、セヌス人の話では無い。セヌス人はその毒性植物の多さから自然と毒に対する抗体を身につけていく。外に出る狩人であれば尚のこと。ヤワな毒が効く訳がない。背筋に悪寒が走るのを感じる。
ルシアス「流石といったところでしょうか。よく毒だとお気づきになられましたね。」
ジーク「質問に答えてもらえるか?いつ、毒を盛ったのか。」
ルシアス「お聞きする理由は分かりませんが…お答えいたしましょう。貴方様が入られたあの武器屋、あそこの茶葉に少々細工をいたしました。先客として貴方様が入られる2時間前に、ね。」
ジーク(細工がされてたのは茶葉の方。ということはアリィ達も…)
ルシアス「ああでもご安心ください。お連れ様には手を出しておりませんから。」
左に並んでいる男「ルシアス様…あの二人は処理した方が良いのでは…」
ルシアス「…アグレス。俺は大事にしたくないんですよ。」
そう言い、ルシアスは自身の左に並んでいた男を宥める。
ルシアス「では、来ていただけますか?」
そう言い、ルシアスはジークに手を差し伸べる。
ジーク「嫌に決まってるだろ。」
(…右手は辛うじてまだ動く。)
ルシアス「そうですか。」
ジーク(やけに大人しいな…)
ルシアス「アグレス、アルケル、下がっていてください。」
アルケル「ルシアス様…」
ルシアス「ご安心を。部下を死なせたりしません。そして俺も。殺される訳にはいかないんです。テオス様、貴方は自分の置かれた状況をよくお分かりですか?」
ジーク「…テオスじゃないし、んなこと分かってる。お前ら一般人の致死量レベルの毒を盛りやがったな。」
(俺がセヌス人ってことを知ってるのも、どこまで情報があっちに伝わってるのか…そもそもいつから目をつけられてたのか…)
ルシアス「解毒薬はこちらが…」
ジーク「そんなハッタリ効くと思ったか?無いんだろ。第1お前らのとこに行くくらいなら死んだ方がマシだな。」
ルシアス「やはり通用しませんか。仕方がありませんね。ああ、妙な真似はおやめ下さい。」
ルシアスはジークが右手を動かすのを見逃さず、剣を向ける。
ジーク「…ちっ。」
(これじゃあ石を砕けない…どうやってアリィ達に知らせる…。足が動かないことにはどうしようも…)
ルシアス「…来ていただけますか?テオス様。」
ルシアスはここにいない人物の名を呼び、ジークに耳打ちする。
ルシアス「お連れ様はどちらも悪魔でしょう?幸い、部下のアグレス、アルケルは気づいておりません。来ていただけましたら、見逃しましょう。」
ジーク「……分かった。」
ルシアス「交渉成立ですね。ではアグレス、アルケル、先に桜門に向かってください。俺はテオス様を背負わないといけないため、少し遅れます。」
アグレス&アルケル「承知いたしました。」
ジーク「…誰のせいだと…」
ルシアスはアグレスとアルケルの背が見えなくなるまで、目で追う。
ルシアス「さて……。」
ノア「あの、本当にボク急いでて…」
店主「もう行っちゃうのかい?あぁ、そう言えば…」
ノア(また別の話始めちゃった…)
アリィ「ノア、行くよ。すみません、急いでるので。」
ノア「わわっ。」
アリィはノアの腕を引っ張り、名残惜しそうにする店主をスルーする。
アリィ「ノア、こういうのは強引に無視していいからね。アレはより長く宿泊させようとしてるんだよ。」
ノア「えっ…そうなの?」
アリィに合わせ、ノアは声を落とし聞く。
アリィ「そうだよ。ノアは優しすぎるからね。トイレに行った後に、様子見に来て正解だった。」
店主「長いこと引き止めて悪いねぇ。詫びにこれあげるからさ。」
アリィ「ノーア、無視。」
ノア「なんだか心が凄く痛むような…」
ノアが良心と理性で葛藤していた最中、突如大きな爆発音のような音が聞こえる。
店主「なんだい今の!?」
店主は慌てて外の様子を見に行く。
アリィ「嫌な予感がする。」
ノア「奇遇だね、ボクもだよ。」
2人が同時に駆け出した先は同じだった。
アリィ「…いない。あの音で避難した可能性は?」
ノア「ないだろうね。そもそも、それなら宿屋に入った方が安全だよ。」
アリィ「なんで…石も反応しなかったし…。」
ノア「ジークが抵抗しないとは思えないし…考えられるのは…動けなかった、とか?」
アリィ「…ノアってヒトの記憶しか読めないんだよね?」
ノア「そうだよ。物はごく稀。通行人は居なかったみたいだし…」
アリィ「……これ何?」
アリィが唇を噛み締め俯くと、長椅子の下に何かが落ちてるのを見つける。
ノア「紙?ジークが書いたのかな…」
アリィ「…地図。これ、私達が持ってた地図じゃない。だって私こんな書き込みしてない。」
アリィが指を指したところをノアは見る。
ノア「確かにここには何も書かなかったね。ボクの書いた痕跡も無いし…イドゥン教が落とした地図…」
アリィ「…話が上手すぎる気もするけど…ここで立ち止まっててもしょうがない。行こう。」
ノア「そうだね。矢印が書いてあるのは…逃走経路?ここから1番近いのは…ボク達が行った武器屋、常勝だね。」
ジーク「寒い。」
ルシアス「身体を壊させるわけには行きませんが、今だけは暫し我慢下さい。あの上着、武器が仕込まれていましたので、脱いでもらうしかなかったんです。 」
ジーク「脱がした、だろ、変態。」
ルシアス「やめてください。語弊がありすぎます。口だけは麻痺してないからってお喋りなんですから…。」
アリィ「来たはいいけど…特に何もないね。」
ノア「もうとっくに行ったのかな…」
アリィ「急いで追おう。」
ノア「…待って。もう少し詳しく探してみよう。どこかで隠れてる可能性もあるから。」
アリィ「そう…だね。ごめん、焦りすぎた。」
ノア「…大丈夫。ここ、矢印じゃなくて丸が付いてるし、何かあるんだと思う。2人で探そう。」
アリィ「…うん。」
焦る気持ちをノアに宥められ、アリィは少しだけ落ち着く。
ノア「今、更に分散するのは避けよう。ボクは店の中を調べたいかな。」
アリィ「私もそれで大丈夫。」
ノア「じゃあ行こう。」
ノアは扉を開け、建物の中へと入っていく。
たっちゃん「お、いらっしゃ…ありゃ、さっきの…なにか武器や防具に不備があったか?それとも壊したか?初回のみなら無料だが…」
ノア「大丈夫、間に合ってるよ。少し落し物しちゃって。 」
たっちゃん「そりゃあ大変だ、早く見つかるといいな。」
ノアは敢えて詳しい内容を伏せ、店主に探し物があることのみ伝える。
アリィ(…隠し扉の様なものがある訳じゃない。一体イドゥン教は何を…)
小春「ひゃあああ!!」
アリィが怪しい所がないか探していると、突如小春の悲鳴が聞こえる。
たっちゃん「小春!?どうした!?」
店主が慌てて裏方に居た小春の元へ向かい、呼びかける。
小春「むむむむ、むしぃ…!!」
たっちゃん「虫ぃ?なんだ、虫か…何事もなくて良かった。どこだ?」
小春「そ、そそそそのなかに…!」
たっちゃん「急須の中?そりゃ運が悪かったな…しかし急須の中にわざわざ入ってくるとは…物好きな虫もいたもんだ。おおこりゃでかい。」
ノア「あのヒト虫苦手なんだね。」
アリィ「…あの、少しその中を見てもいいですか?」
たっちゃん「別に構わないが、嬢ちゃん虫は平気なのか?」
アリィ「はい。虫の多くいる地域で育ちましたから。」
そう言いながら、アリィは急須の中を覗く。
アリィ「…茶葉の色…」
たっちゃん「茶葉を見たいだけなら、虫をどかそうか。」
アリィ「結構です。私が出します。」
ノア「アリィ、何かあったの?」
アリィ「…確証は無いけど…私の知ってる毒草の匂いがする。多分この匂いに引き寄せられたんだと思う。普通茶葉に湧くのはダニとか小さい虫で、こんな大きな虫が湧くこと中々ないんだ。」
そう言いながらアリィは虫を窓から逃がす。
アリィ「お茶を容れる道具は、これだけですか? 」
小春「毒って…ちゃう…ウチ、そんなこと…」
たっちゃん「いいや、これともうひとつある。こんなこと言っても信じて貰えてないだろうが…俺達は本当に何も知らない。毒が入っていた急須には1杯分しか既になかった。…それを坊主に振舞った。」
アリィ「…あの急須はお気に入りのものですか?」
小春「…え?」
アリィ「あの中には恐らく複数の毒が入っています。どれも、口に入らなければかぶれる程度ですみますが、万が一があったらいけないのでキュースごと捨ててください。」
ノア「アリィ、それ触ったの!?」
アリィ「私は大丈夫。一般人ならかぶれる程度ってだけ。 」
アリィ「キュースを捨てたくないのであれば、こちらで処理します。」
小春「い、いや…捨てます…衛生的にもう良くないやろうし…」
アリィ「これでひとつ分かった。ジークが身動き取れなかった理由。」
ノア「でもジークには毒の効き目が薄いはず…」
アリィ「致死量の毒を食らえば、流石に私達も普通に効くよ。多分麻痺の効果も入ってたんだ。」
小春「あ、あの…本当にごめんなさい…ウチ…ウチ…」
アリィ「お店開店したら、教えてくださいね。」
小春「……。」
たっちゃん「嬢ちゃん達…坊主はどこかの宿で休んでるのか?」
アリィ「はい、安心してください。幸いこうして見ることが出来たので、解毒薬なら調合できます。」
たっちゃん「それならよかった…。」
小春と店主を他所に、アリィとノアは店を出る。
ノア「…良かったの?」
アリィ「良かったも何も…あれは本当に何も知らないよ。不利になる行動ばっかりだったもん。それより大変なのは…安心させるためにああは言ったけど…プロでも解毒のしようがないことだよ。流石に長いこと毒が溜まったままじゃジークも危ない…。」
ノア「解毒のしようがないって…複数あるとは聞いたけど…」
アリィ「…複数ありすぎるんだよ。特定がもう出来ない。解毒薬を作るには、全て特定する必要があるんだ。薬が毒になることがあるからね。」
ノア「アリィ、あれ…」
ノアはアリィの袖を掴み、路地裏の入口に落ちているあるものを指さす。
アリィ「あれって…弓?」
ノア「ジークが持ってたものと同じに見えるけど…似たものいっぱいあるし…」
アリィは弓を拾い上げ、そして折る。
ノア「あぁーー!!」
アリィ「?」
ノア「?じゃないって!ヒトの弓折っちゃいけません!」
アリィ「それはそう。再会したら、潔くお叱りを受けます。でも分かったことがあるよ。
これは間違いなく、ジークの弓だよ。ジークの弓は特別製だからね。」
ノア「そういえば高いとは聞いたことがあるけど…」
アリィ「そ。ある国でしか手に入らない特殊な樹液を使ってるから、分解が出来るんだよ。折ったわけじゃないよ。ほら。」
そう言い、アリィはノアに弓を見せる。
ノア「でもこれテオスの形見なんだよね…手放すとは思えないし…無力化するために、武器を捨てたんだろうね。 」
アリィ「用意周到で嫌になるよ。一体いつから…」
ノア「それは分からないけど…もうひとつの武器は見つかってないといいんだけど…」
アリィ「弓が落ちてたのは、地図に書かれた道の入口だね。行こう。 」
ノア「うん。」
ノアとアリィが再び歩き始めて15分が経過する。
ノア「随分遠回りな道だね。無駄な道が多いというか…なにか違和感がある…。」
アリィ「時間稼ぎ…?でも何のために…」
ノア「あぁ、こりゃダメだね。」
アリィ「どうしたの?」
ノアは落ちていたものを拾い上げ、アリィに見せる。
アリィ「…ジークの上着…ってことは…」
ノア「…ご丁寧にナイフも入ってるよ。」
アリィ「せめて…毒だけはどうにかしてくれるといいんだけど…」
ノア「…やっぱり変な気がする。」
アリィ「道選びのこと?」
ノア「それもそうなんだけど…ジークの荷物、さっきから全部曲がり角にあるんだ。弓も上着も…まるで目印とでもいうような…」
アリィ「仲間への目印か、誘導の罠か、ノアはどっちだと思う?」
ノア「わざとらしいし罠かな…。」
アリィ「でも行かないことには、桜門のこともあるし…」
アリィはハッとした顔をして、突如走り出す。
ノア「アリィ!?」
アリィ「全力で走って!」
ノア「なんで!?」
ノアは遅れて走り出し、ノアに尋ねる。
アリィ「桜門が閉鎖される!」
アルケル「ルシアス様!こちらです、お急ぎください!」
アルケルに呼ばれ、ルシアスは足を早める。
ルシアス「アルケル、どうしたのですか?そんなに急いで…」
門番兵「もうこれ以上待たないからな!」
ルシアスが門を超えた直後、桜門が勢いよく閉ざされる。
ルシアス「門が…一体何が…」
ルシアスは予想外のことに、困惑した様子を見せる。
ジーク(門が閉じるのは計画の内じゃないのか…?)
アルケル「先刻の爆発…アレは悪魔が引き起こしたようです。それで閉鎖されてしまうところをアグレスさんが時間を稼いでくれました。商人として入国しましたので、大陸商会を敵に回したくないと門番兵も考えたのでしょう。」
ルシアス「いくつも身分を作ってみるものですね…。」
アグレス「ご無事で何よりです。ルシアス様。」
ルシアス「アルケル、アグレス、貴方達も無事で良かったです。よく時間を稼いでくれました。ありがとうございます。本来悪魔は討伐するべきですが…俺達の任務はテオス様を連れ戻すこと。ここは安全とは言えません。急ぎ出立しましょう。」
アグレス「既に準備は済ませております。」
ルシアス「準備って…貴方、彼女達にかなり嫌われていましたよね?」
ジーク(まだ仲間がいるのか?)
アグレス「ご安心を、私は時間稼ぎに専念しておりました。馬車の手配はアルケルの方に任せました。」
ルシアス「なら良かった。2人ともご苦労でした。」
ジーク「彼女達って、馬のことか?」
ルシアス「そうですよ。ヒトは俺達3人のみですね。」
そう言いながら、ルシアスはジークを馬車にのせ自身も乗り込む。それにつられるように、アグレスも乗り込む。
ルシアス「それではアルケル、お願いします。」
アルケル「承知いたしました。」
アルケルは運転席にのり、馬の手綱を握る。
そうして、4人を載せた馬車は走り出した。
閉ざされた桜門の前で、息切れを起こしながらアリィは悔しそうに言葉を発した。
アリィ「やられた…!」