テラーノベル
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スタジオ練習の日。僕が、キーボードだけを持って、スタンドはスタジオのものを借りていると、綾華がそれを見て突っ込んできた。
「あれ?涼ちゃんスタンド忘れたの?」
「…なくした。」
「え?あんなおっきいの?」
「なくしたっていうか、たぶん捨てられた?」
「どゆこと?」
「昨日、ライブ終わりに疲れてて、エントランスにとりあえずスタンド置いといて、他の荷物を部屋に運んだの。そしたら、忘れてそのまま…。」
「え、それでなくなってたの?!うわー、ショックだね。」
「新しいの、もうネットで頼んだから、たぶんすぐくるけど…はぁー、ショック…。」
「それたぶん、ヤフオクで売られてるね。」
「やめてよ〜、売らないで〜。」
そこへ元貴が話に入ってきた。
「気を付けなよ涼ちゃん、ここは長野じゃないんだから。」
「いや長野関係ないから。長野でも盗むやついるから。」
「それ逆に長野に失礼だろ!」
元貴がケラケラと笑う。ほんと、長野好きだな、元貴は。
「はいこれお土産〜。」
若井が、みんなにお菓子を配る。見てみると、ミッキーさんのパッケージ。
「あ、ディズニー行ったんだ?」
「うん。」
綾華が若井を膝で小突く。
「彼女とデート?」
「うんそぉ。」
「贅沢なデートしやがって。」
「えへ、すんません。」
綾華と若井のやり取りを見て、僕は、東京の高校生デートはすごいな、と感心してしまった。
僕の家からでも定期を使えば、数百円でディズニー行けるんだよな、今度行ってみようかな。あ、でも中に入るお金がないや。外から眺めようかな。それ余計に虚しいか。
なんて、そんな事を考えていたら、また、元貴が浮かない顔で若井から貰ったお菓子を机に投げ置くのが見えた。
「元貴、食べないの?」
「うん、俺リンゴアレルギーなんだよね。」
「りんご入ってねーだろ!」
向こうから、若井が突っ込む。元貴は、はは、と笑って、涼ちゃん食べて良いよ、とだけ言ってマイクを調整し始めた。
しばらくして、元貴から全体に連絡があった。どうも体調が優れないようで、しばらくはみんなだけで練習していて欲しい、とのことだった。
元貴は、常に曲を作ったり、先の事を考えていたり、ソロでもライブをやったりと、本当に音楽漬けの毎日で、体調を崩すのもさもありなん、という感じだった。
だけど、僕は別の意味で気になることがあり、元貴の家へお見舞いに行った。
元貴のお母さんに、元貴の部屋へ通されると、僕は静かに声をかけた。
「お邪魔します…元貴?」
「涼ちゃん、どしたの。」
ベッドに座って、本を読んでいた元貴が、少し驚いて僕を見た。
「お見舞い。はいこれ、ゼリーとか。」
「あ、ありがとう。」
元貴は、口数少なく、受け取ったゼリーを眺めていた。
「…大丈夫?」
「うん。別に風邪とかじゃないけど、…なんとなく怠いって言うか、身体に力が入りにくいんだよね。」
「そっか…。」
僕は、少し思案して、口を開く。
「僕さ、あの歌好きなんだ。『Hi』。」
「ん?」
「”正解なんてものはないけど
不正扱いされたとしたら
僕が責任を持って
涙滲むほど抱きしめるから”
ここの歌詞がさ、すごくストレートで、きゃー!って、なる。」
「ふふ、そう。ありがと。」
「きゃーってなるし、安心する。この歌に抱きしめてもらえるなら、まだ頑張れるかな、って。」
「ん…。」
元貴は、力無く笑った。だめだなぁ、僕の言葉じゃ、元貴を元気付けられないや。
自分の不甲斐なさに俯いていると、元貴が僕に提案してきた。
「今日は、涼ちゃんがうちに泊まってよ。」
「え?」
「バイトないんでしょ?」
「ないけど…。」
「俺だって涼ちゃん家泊まったんだから、お前も泊まれよ。」
「どういうこと??」
元貴が、力無く笑う。きっと、誰かにそばにいて欲しいということなのだろうか。そう受け取って、僕は元貴の家にお泊まりさせてもらうことになった。
「あ、しまった、僕もなんの用意もしてきてないよ…。」
「おかーさーーーん!!涼ちゃんに新しいパンツーーー!!!」
「元貴!!」
慌てて元貴の口を塞ぐが、元貴は嬉しそうに笑い転げていた。もう、元気なのかそうじゃないのか、どっちなんだよ!
夜ご飯とお風呂を頂いて、元貴の部屋の床に、僕のお布団が敷かれていた。
「じゃ、おやすみ。」
元貴がすんなり寝ようとするので、僕も、それに倣って寝ることにした。しんとした部屋に、布団が擦れる音だけが響いて、なかなか元貴が寝つけていない事を告げている。
「…手、繋ごうか?」
僕が小さく声をかけると、ベッドから、白くて細い手が降りてきた。僕が元貴の手を握ると、力強く引っ張られた。こっちに来いと言っているようだった。
僕は黙って、手を繋いだまま、元貴のベッドに腰掛ける。
しばらくそのまま、見つめるでもなく、どこかを見るでもなく、静かに、部屋の中に視線を落としていた。
「…涼ちゃん…。」
「…ん?」
「…なんか………。」
「…うん。」
「…なんか、話…あった………?」
思いがけず、元貴からそう話を振られ、僕は心に留めておいた事を、思い切って訊いてみることにした。
「…あのさ…元貴は…。」
「………ん。」
「………元貴は、もしかして、若井を…好きなのかなって………。」
怒られるかな、嫌がられるかな、そこまで入ってくるなって拒絶されるかな、そんな恐怖と葛藤しながら、僕はなんとか元貴に言えた。
「………なんで…?」
掠れた声で、元貴に返された。
「…んと、元貴の作る曲とか聴いてて、元貴の心の片鱗を見た気がして。あと、若井の彼女についての話になったりした時の、元貴の雰囲気とか…かな。」
繋いだ手から逃げることもなく、元貴は静かに呼吸を繰り返す。僕も、黙って、元貴の言葉を待っていた。
「………わかんない。」
また、掠れた声で応える。
「…若井は、大事だし、中学の時ずっとそばにいてくれた奴だから、好きなんだとは思う。だけど、どういう好きかは、よくわかんない。でも…。」
元貴が体勢を整えたのか、衣擦れの音がした。
「…彼女が出来たのは、なんか嫌だった…のは…ある。」
元貴が、握る手に力を込めたので、僕も優しく握り返す。
「中学ん時からあいつ彼女はいたし、なんかモテてたし、そん時は別にあんまり何も感じなかった。むしろ、リア充うぜー、くらいに思ってた。」
元貴が軽く息を吐く。
「でもさ、今は、デビュー見据えたバンド組んだじゃん?だから、なんか若井との距離がわかんなくなって。所有欲というか、独占欲というか、そんなもののような気もするんだよね。」
「…恋じゃなくて?」
「…わかんない。でも、別に彼女のポジションを奪いたいとかそんな事は思わないんだよね。なんか、若井の気が他所にいってんのがムカつくな、みたいな。でもこれって、たぶん子どもがおもちゃ取られたみたいな、そんな感じな気がするんだよね。カッコ悪、って。」
「そっか…。元貴が元気ないのが、もしかして、って気になってたから、ごめんね。」
「…ううん…。」
元貴は、ふぅー、と息を吐いて、起き上がった。
「…こんなの、カッコ悪いから、誰にも言えなかったけど…なんか、涼ちゃんに聞いてもらって、ちょっと…楽になったかも…。」
「そう、良かった。」
手を繋いだまま、元貴が僕を見つめたかと思うと、繋いだ手を離して、そっと首に腕を回してきた。僕の肩に顔をうずめて、優しくハグをする。僕は、元貴の背中にそっと手を添えて、優しくさする。
「…俺、変じゃないかな…。」
「変じゃない。僕も、友達との距離感で悩んだ事あるよ。独り占めしたいとか、離れないで欲しいとか…。きっとみんな、そうだよ。」
「うん…。」
元貴が、肩を小さく振るわせながら、僕の服を湿らせた。僕は動かず、元貴の気の済むまで、ずっとそのままで包み込んでいた。
朝になって、僕が床に敷かれたお布団から起きると、元貴はもうベットにはいなかった。
階段を降りると、甘いいい香りがしてきた。
「おはよう、涼くん。」
「あ、お兄ちゃん。」
「もうすぐ出来るから、ちょっと待っててね。」
「うん、ありがとう。」
元貴のお兄ちゃんが、僕たちに朝食を作ってくれていた。元貴の7つ上のお兄さんで、僕たちバンドメンバーにもよくしてくれる。
「おはよう、涼くん。元貴、今洗面所で顔洗ってるわ。」
「そうですか、すみません起きるの遅くて。」
「いいのよ、それより。」
元貴のお母さんが、座って、と椅子を勧めてくれた。僕はお兄ちゃんに借りたパジャマのまま、席に着く。
「元貴が、涼くんにすごく甘えてるみたいで。ありがとうね。」
「え?」
「うち、お兄ちゃんたちが歳が離れてるでしょ。だから、たぶん涼くんのこと、歳の近いお兄ちゃんみたいに懐いてるんじゃないかな。」
「えー、そうなんだ。」
元貴のお兄ちゃんは2人いて、上のお兄さんは14コ上ですでに家庭を持っている。一人っ子の僕としては、兄弟がいるだけで羨ましい気もするけど、歳が離れてるとそういうこともあるのかな、と考えた。
「だって元貴、人の家に泊まったのも、人を家に泊めたのも、涼くんが初めてなのよ。」
お母さんが、小さな声で僕に言う。え、苦手なんだろうな、とは思ってたけど、そうだったんだ?!と、僕は声に出さずに驚きを表情で伝えた。
「これからも、仲良くしてやってね。」
お母さんがそう言った時、お兄ちゃんが朝ごはんのお皿を僕の前に置いた。
「はい、どうぞ。」
「え!すご!」
食パンで作ったフレンチトーストに、バニラアイスがトッピングされていた。お仕事がお休みの日とは言え、朝からなんとおしゃれなものをサラッと作るんだ…。僕は感動して、スマホで写真を撮らせてもらった。
「わ、うまそ。」
後ろから、元貴が覗き込む。
「俺のは?」
「お前食えるの?」
「んー、半分。」
「じゃあ母さんと半分こな。」
「はーい。」
元貴が僕の横に座って、僕をじっと見つめた。
「…涼ちゃんも顔洗ってきたら?髪すごいよ。」
「え!?」
急いで鏡を見に行くと、なんとも芸術的な寝癖がついていた。お兄ちゃんもお母さんも、よくこの僕を目の前にしてあんな爽やかにお話ししてくれたな、と急に恥ずかしくなってしまった。
それからしばらくは、元貴の体調がなかなか優れなかった。僕はバイトのない日はちょくちょく元貴の家へ遊びに行かせてもらって、元貴の話し相手をしていた。
あの日、僕に心の内を吐露してくれた元貴は、だいぶ心を許してくれたように思う。僕は、お兄ちゃんのように慕ってくれる元貴が可愛くて、元貴の力になれている気がして、少しずつ、ミセスに自分がいる意味をそこに見出せるようになってきていた。
元貴の体調が復活して、ライブも何度かできた頃、季節はもう秋になろうとしていた。
コメント
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まさかのパンツの伏線(?)を回収してくれて嬉しいです!
甘酸っぱい青春ですね🤭はるか昔の若かりしころに友人に独占欲のような不思議な感情があったことを思い出しました笑 それはさておき、こうやって少しずつお互いが心を許しあって仲を深めていく過程が丁寧に書かれていて、この時期特有のキラキラを感じて微笑ましくなります☺️ あと、私が追いきれてないだけですが、どこまでが史実でどこがフィクションだろうと考えるのも楽しいです🫶
♥️💙の曖昧な気持ち、💛ちゃんが寄り添うのがすごく自然で、こうやって♥️💛は少しづつ距離を縮めたのかな?🤭💕とほっこりしました✨♥️お兄ちゃんも素敵です! 続き、楽しみにしてます🫶