テラーノベル
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夜の街は、ネオンと街灯でオレンジ色ににじんでいた。
その通りの角にある小さなピザ屋――
ガラス張りのカウンターの奥で、金髪の青年が楽しそうに生地を回している。
エリオットは、今日もいつも通りニコニコしていた。
天然パーマの金髪を後ろでゆるく結び、赤いバイザーをかぶっている。
客が入ってくるたび、まるで知り合いを見つけたみたいに嬉しそうに笑う。
「いらっしゃいませー」
ベルが鳴った。
エリオットは顔を上げて――そして、ぱちりと瞬きをした。
「……あっ」
扉のところに立っていたのは、黒いスーツの男だった。
銀髪。
帽子。
サングラス。
軽くポケットに手を突っ込み、まるで散歩の途中みたいな顔。
チャンスだった。
「久しぶりだね」
軽い声。
エリオットは、くるくる回していたピザ生地を空中に投げてキャッチすると、にやっと笑った。
「チャンスじゃん」
「仕事中?」
「見れば分かるでしょ」
「まあね」
カウンターに座るチャンス。
スーツ姿なのにどこかだらしない。
ネクタイも少し緩んでいる。
エリオットはそれを見た瞬間――
反射的に手が伸びた。
「ん?」
ぐいっ。
チャンスのネクタイが引っ張られる。
「……おい」
エリオットはネクタイをくいくい指で引きながら、にこにこしている。
「久しぶり」
「挨拶がそれか?」
「癖なんだよね」
「人の首絞める癖?」
「ネクタイ引くだけ」
チャンスはため息をついたが、抵抗はしなかった。
むしろ少し身を乗り出す。
「相変わらず距離近いな」
「だってチャンスだし」
エリオットはさらにぐいっとネクタイを引いた。
顔が近くなる。
サングラス越しでも分かる、少し呆れた視線。
「……で?」
チャンスが言う。
「今日は何?」
「何って?」
「俺、マフィアに追われてるんだけど」
「知ってる」
「この店に来ていいと思う?」
エリオットは、まったく気にしていない顔で笑った。
「ピザ食べる客は歓迎だよ」
「命狙われてる客でも?」
「うん」
「巻き込まれるぞ」
エリオットは、ネクタイをもう一度くいっと引いた。
「その時はさ」
にこにこしたまま、挑発するような声。
「チャンスが守ってくれるでしょ?」
チャンスは数秒黙って――
小さく笑った。
「……図々しいな」
「知ってる」
やっとエリオットはネクタイを離した。
そしてくるっと振り返り、ピザをオーブンに入れる。
「で、何食べる?」
「おすすめ」
「今日はさ」
エリオットは肩越しに振り向く。
金髪がふわっと揺れた。
「“逃亡者スペシャル”」
「なんだそれ」
「でっかいピザ」
「普通だな」
エリオットは笑った。
「その代わりさ」
「?」
カウンター越しに身を乗り出す。
「逃げる前に、ちゃんと食べていきなよ」
チャンスは帽子を少し押し上げて、ふっと笑う。
「……ああ」
そしてゆるく答えた。
「その代わり」
「?」
「またネクタイ引っ張るなよ」
エリオットは、にこっと笑った。
「無理」
チャンスは肩をすくめた。
夜のピザ屋に、焼けるチーズの匂いが広がっていた。
――外ではたぶん、まだ誰かがチャンスを探している。
でも今は。
少しだけ、平和だった。
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