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北実side
ざぁ、と風の音が聞こえた。
冷たくも、温かくもない、真っ白な空間。
そこに俺は居た。
立っているのか、座っているのかもわからない。
その中で、誰かの声が響いた。
?「ようこそお越しくださいました!勇者の皆様!」
その声は明るくて、期待に満ちていて、どこか緊張したような声だった。
そこまでは認識できるのに、言っている内容が頭に入ってこない。
北実「それは俺に言っているのか?」
そう問いかけようとしても声が出ない。
手を伸ばそうとしても、腕が動かない。
ただ、一つだけ俺の中で確かにわかったのは、
この言葉は俺だけに向けられたものではないということ。
俺の周りに、誰かがいるような気がした。
そして、声は最後にこう言った。
?「どうかこの世界を──」
そこまで聞いたところで、夢は途切れた。
北実「…何だったんだ、今の。」
目を覚ましてからも、しばらく天井を眺めていた。
夢のことは思い出そうとするほど、その輪郭は遠のいてしまう。
ただ、胸の奥に確かな跡が残っている。
起き上がって伸びをする。
俺の名前は朝田北実(あさだ きたみ)。ごく普通の一般人だ。
今日もいつも通りの朝を過ごす。
部屋を出て階段を降りると、リビングはまだ静かだった。
北実「…さてと。」
キッチンの電気をつけて冷蔵庫の扉を開ける。
卵とベーコンと食パンを二つずつ取り出す。
卵とベーコンはそれぞれフライパンで焼いて、食パンはトースターに放り込む。
少しして、トースターがチンッと鳴る。
北実「こんぐらいか。」
卵とベーコンが適度に焼けたところで食パンにのせ、2枚の皿にとりわけたところでふと気がつく。
──そういえば、あいつ起きてるか?
俺は皿をリビングの机に置いて階段を登る。
廊下を進み、俺の部屋よりひとつ奥の部屋に行く。
扉の前に立つと、部屋の中はシンと静まり返っている。
いつも通りだ。あいつは朝に弱い。
ドアノブを回して勢いよく部屋の中に入る。
部屋の中は薄暗く、カーテンは閉まったまま。
ベッドの上には丸まった人影。
頭まで布団を被って心地良さそうに眠っている。
これが俺の双子の兄、朝田南実(あさだ みなみ)だ。
北実「おい、起きろ南実。朝だぞ。」
肩を揺すってみる。
………反応なし。
今度は少し強めに揺するがまだ寝ている。
北実「今日は出かけるんだぞ。早くしないと遅刻するぞ。」
しかし、布団は1ミリも動かない。
どうしてこいつはこう、必要な時ほど起きないんだ。
そこで俺は、最終手段に出る。
北実「………しょうがねぇ。今日の朝ご飯はいらないんだな。」
その瞬間、布団が跳ねる。
南実「…いる。」
南実は寝癖全開のまま、寝ぼけ眼で俺を見る。
眠たそうなのに食欲だけは鋭い。
北実「お前食い物の時だけ反応いいよな…」
南実「…本能。」
北実「はいはい。とりあえず顔洗え。」
南実は目をこすりながらのそりと起き上がって洗面所に向かう。
その背を見ながら俺は小さなため息を吐く。
──こうして始まるいつも通りの朝。
…ずっと続くと思っていた。
リビングに戻るとちょうど南実が洗面所から出てくるところだった。
まだ眠たそうな顔をしているくせに、足だけは迷いなくテーブルに向かう。
俺もテーブルにつき、2人向かい合って座る。
北実「いただきます。」
南実「いただきま〜す…」
ふと掛け時計に目をやると、出発時刻までちょうどあと30分。
時間が無いようで、でも焦るほどでもない、微妙な余裕。
北実「急いで食えよ。あと30分だからな。」
南実「わかってるよ。ほんと、北はせっかちだな〜。」
北実「お前がマイペースすぎるんだ。」
南実「…出かけるのって9時だっけ。」
北実「そうだ。だからさっさと食べて準備しろよ。のんびりしてないで。」
南実「…努力はする。」
そう言って南実は食べるペースを少し上げる。
その姿を見ながら、俺は不思議な感覚を覚えていた。
──この30分が、俺とこいつの最後の”いつも通り”のように思えて。
気のせいだ、と自分に言い聞かせて俺もトーストに手を伸ばす。
しばらくして朝食を食べ終わる。
南実は少し前に食べ終わり、自分の部屋で準備をしている。
リビングから耳を澄ますと、南実の部屋からごそごそと音が聞こえる。
…が、遅い。
北実「おい、南!あと15分!」
声をかけると、
南実「え、もう⁈」
と、返答がくる。
驚くってことは、間違いなく準備が進んでいない証拠だ。
急に慌ただしい足音がして、引き出しを開ける音、服が散らかる音、何かを落とした音が続く。
南実はドタドタと足音を立てながら一階に降りてくる。
北実「…お前、前もって準備するって概念ないのか?」
南実「昨日の僕に言って!」
バタバタと荷物をまとめる南実。
南実「リュックどこやったっけ…」
北実「そこにある。昨日そこに置いたのお前だろ。」
南実「そっか…僕天才かもしれない。」
北実「今の発言のどこに天才要素があるのか教えてくれ。」
俺のツッコミを完全にスルーしながら、南実は靴下を履き、髪を手ぐしで整える。
南実「…まあ、いいか。よし、できた!」
北実「絶対なんか忘れてるだろ。」
南実「たぶん大丈夫!」
根拠ゼロの自信を持つあたり、こいつらしい。
靴を履きながら、南実が言った。
南実「北、鍵持った?」
北実「俺かよ。はいはい、あるよ。」
南実「助かる。」
本当に助けられてると自覚があるのかは怪しい。
玄関の扉を開けると、朝の柔らかい光が差し込んできた。
空は高くて、風は少し肌に冷たい。
特別なことの何ひとつない、ただの朝の景色。
靴紐を結び直しながら、南実が言う。
南実「よし、行くか。」
北実「ああ。」
家の扉を閉めた瞬間、胸の奥で小さく、あの夢の残響が揺れた気がした。
でも、俺は気付かないふりをして歩き出した。
いつものように、肩を並べて。
家を出て住宅街を歩くと、白い門構えの日野家が見えてきた。
その前に立っていたのは、ふたりの幼馴染だ。
ひとりは、清潔感のあるシャツにパーカーを羽織った穏やかな青年。
栗色の髪を整え、姿勢がやたらと丁寧。
日野 日向(にちの ひなた)。
俺たちの幼馴染で、上品な口調がクセになっている男だ。
日向「おはようございます、北実さん、南実さん。……少し遅かったですね。」
優しい声なのに、刺すところはしっかり刺す。
その隣で腕を組んでいるのは、やたら存在感のある姿。
黒髪のショート、鋭い目つき。
そして何より目立つのは──真紅のチャイナ服だ。
朝から主張が強い。
中 国雲(チョン グオユン)。
中国出身の幼馴染で、一人称は「我」。
話し方は少しとげがあるように聞こえるが、根はかなり良いやつで、面倒見がいい。
国雲「二人とも遅いアル。我と日向は、もう待ちくたびれたアルよ?」
北実「いや、南が……」
南実「北が起こすのが遅かった。」
北実「いやお前起きる気ゼロだっただろ!」
日向がくすっと笑う。
日向「ふふ……相変わらず、仲が良くて何よりです。」
国雲はチャイナ服の袖を無駄にひらりと払いながら言った。
国雲「そもそも、今日のパーティーは我たちはメインじゃないアル。遅れると迷惑かかるアルよ、特に南実。」
南実「なんで僕限定?」
国雲「お前がいつも遅れるからアル。」
南実は目で抗議したが、効果はゼロだった。
日向「じゃあ、行きましょうか。歩きながら話してもまだ間に合いますよ。」
日向が穏やかに促し、四人は移動を開始した。
昔から変わらない並び順で歩く。
前をゆっくり歩く日向、少し横に出る国雲、そして俺と南実。
日向「そういえば、向こうは今日は料理かなり準備したって言っていましたよ。久しぶりのパーティーだから、張り切ってるらしいです。」
国雲「ほー、それは楽しみアルね。我は甘いものがあると嬉しいアル。」
北実「お前いつも甘いの食ってるな。」
国雲「甘いものはいくらでも食べれるアルよ!」
日向がくすっ、と笑う。
日向「北実さんは何か楽しみあります?」
北実「そうだな…みんなで集まるの久しぶりだから、その空気自体楽しみっていうか。あとゲームもしたいし。」
国雲「我は今日こそ日向をゲームで倒すアル!」
北実「お前、この前日向に10連敗してただろ。」
国雲「そんなこと忘れたアル!」
国雲のチャイナ服の裾が風に揺れ、日向が小さく苦笑する。
ただ友達の家でパーティーするだけ。
それだけのはずなのに。
いつもと同じ歩みが、妙に貴重に感じられた。
胸の奥に引っかかっているものを振り払うように、俺は歩みを進めた。
住宅街の、いつもと変わらない道。
4人で歩きながら、他愛もない会話をしていた。
国雲「それで、我が昨日ゲームしてたら──」
国雲がチャイナ服の袖を軽く揺らしたその時。
乾いた音が、足元から跳ね上がった。
アスファルトに黒い線が走り、瞬く間に広がる。
地面が裂け、真っ黒な穴が口を開けた。
光を吸い込み、底も形も分からない“闇”。
叫ぶ暇すらなかった。
穴から逆巻くような力が、4人の身体を一度に強く引き込む。
足元が消え、視界が瞬時に裏返り、体が浮く。
そこで意識が、ぷつりと切れた。
落ちる感覚も、声も、音も──
全部が途中で途切れ、
世界は真っ暗な無に沈んだ。
ざぁ、と風の音が聞こえた
気がつくと冷たい石の感触が、背中に広がっていた。
ゆっくりと意識が浮かび上がる。
重い瞼を持ち上げると、まず視界に入ったのは抜けるような青空だった。
北実「……ここ、どこだ……?」
上半身を起こすと、自分が立派な石造りの中庭の中央に倒れていたことがわかった。
周囲を囲むのは高い城壁、尖塔、蔦の絡まった古い窓。
よく映画で見るような“中世ヨーロッパの城”そのものだった。
そして──
北実「みんな……!」
少し離れた場所に、南実、日向、国雲の3人が同じように倒れていた。
胸がざわつく。急いで駆け寄ろうとして立ち上がったその瞬間。
貴族「おや、勇者様の一人が目覚めましたぞ!」
周囲からどよめきが起こった。
ようやく気づいた。
中庭の周りには、豪奢な衣装を身にまとった人々がずらりと立っていたのだ。
羽根飾りの帽子、深紅や紫のマント、宝石のついた杖。
明らかに“普通の人々”ではない。
北実(……異世界の貴族?)
そんな言葉が、自然と頭に浮かぶ。
そして、俺の目の前に──
緑色の髪をした、小柄な少女が立っていた。
鮮やかな翡翠色の髪が肩で揺れ、瞳は青い湖のように透き通っている。
身長は中学生ほどの、小さな体。
だけどその表情は大人びていて、どこか神秘的だった。
彼女が、一歩前に進む。
?「お目覚めになられたのですね!」
北実「……っ!」
その声を聞いた瞬間、背筋が震えた。
──夢の中で聞こえた、あの声だ。
そして彼女は微笑み、夢とまったく同じ言葉を告げた。
?「ようこそお越しくださいました! 勇者の皆様!」
夢の中で聞こえたのと、ひと文字の狂いもない。
まるで夢の続きが現実に重なったように、胸がざわつき、息が止まりそうになる。
その言葉が響き終わった瞬間、後ろで南実がぴくりと動いた。
南実「……う、ん……?」
俺の後ろで微かな声がして、振り返ると南実がゆっくり身を起こしていた。
北実「南! 大丈夫か?」
南実「え、え……? なにこれ……? ちょ、ちょっと待って……なんで……どこ……?」
南実は完全に混乱していた。
目をぱちぱちさせ、周りの城壁と豪奢な衣装の人々を交互に見て、
それから俺を見て──また周りを見て、首を振り回す。
南実「いやいやいやいや、無理無理無理! どういう状況!?ここどこ!? え、夢!? え? えぇ!?!?」
動揺しすぎて語彙が壊れかけている。
北実「落ち着けって……いや、落ち着ける状況じゃないけど……」
その隣、日向が身体を起こした。
日向「ここは……おお……これは……」
目をこすりながら、ぽつりぽつりと呟く。
日向「……石畳の質感……建築様式……まさか……いやしかし……マジですか……このアーチ……完全に中世ドイツ風……」
オタク特有の早口小声で考察を始めていた。
周囲の貴族っぽい人たちが、ポカンと彼を見ている。
北実「日向……意外と冷静じゃん。」
日向「いえ、冷静ではありません。心の中は大変なことになっています。しかし、これは……“現実における異世界召喚の再現度が高すぎる現象”……⁈」
…やっぱり混乱してるようだ。
そして少し離れた場所で、最後の一人が目を覚ました。
国雲が上体を起こし、周りを見回す。
その表情が固まる。
口を開けかけて──
国雲「………………」
驚きすぎて言葉が出ない。
チャイナ服の袖を掴んだまま固まり、目だけが忙しく左右に動いている。
やがて、口が小さく開いた。
国雲「……え……は……どういうことアル……?」
それだけ言うのがやっとだった。
北実「み、みんな落ち着いて! えっと……!」
俺が声をかけようとした──その瞬間。
目の前の緑髪の少女が、ぱんっと両手を合わせて微笑んだ。
?「皆様、ようやくお目覚めになりましたね!
あらためまして──」
その声音はやっぱり、夢と同じ。
胸がざわつく。
?「ようこそ、魔法世界マギアルヘルムへ。科学世界テクノヴァースの勇者の皆様。どうかこの世界を救っていただけませんでしょうか。」
その瞬間、3人の顔が同時に絶望的な表情になった。
緑髪の少女は、胸の前で手を重ね、小さく一礼した。
エイラ「初めまして、勇者の皆様。私は、異界より来訪する英雄をお迎えし、案内させていただきます。案内役のエイラ・ヴァリアと申します。」
案内役。
つまり彼女は、“迎えること”を前提に待っていたわけだ。
北実「じゃあ……本当に、俺たちは召喚されたのか?」
俺が恐る恐る問いかけると、エイラは静かに頷いた。
エイラ「はい。皆様は“勇者”として召喚されました。ですが、ただの勇者ではありません。」
その言い方が妙に引っかかった。
南実「……ただの勇者じゃない?」
南実がまだ半分混乱した声で問い返す。
エイラは少し間を置き、言葉を紡いだ。
エイラ「実はこの世界──マギアルヘルムには600年ほど昔に“魔王”と呼ばれる存在がおりました。古代より大陸の至る所で破壊をもたらし、幾度となく人間の生活を脅かしてきたとされています。」
日向が小さく息をのむ。
エイラ「ですが、一度は討ち取られ、人間は文明を築き直し、対抗する力を蓄えてまいりました。」
エイラの表情が曇る。
エイラ「──しかし300年ほど昔に、新たな魔王が誕生してしまったのです。。大地が裂け、魔物が増え、各地の妖精は離島へ追い出されてしまいました。このままでは大陸そのものが呑まれてしまうかもしれません。」
周囲の貴族たちも暗い表情でうなずく。
北実「それで……俺たちが呼ばれた?」
俺が問うと、エイラは再び頷いた。
エイラ「はい。この世界では危機が訪れるたび、儀式によって“勇者”を召喚してきました。勇者は定期的に異界より招かれる存在であり、長い歴史の中で幾度も私たちを救ってくれました。」
日向が、かすれた声でつぶやく。
日向「歴史的に……定期的に召喚される……勇者……なるほど……」
エイラは続ける。
エイラ「しかし、勇者が来れば全てが解決するというわけではありません。時代が進むにつれ、魔王は強大になり……ついに“普通の勇者”では敵わないほどの脅威となってしまったのです。」
彼女は一歩、こちらに歩み寄った。
エイラ「そこで浮上したのが──古代より伝わる“伝説”です。」
南実「伝説?」
南実が息をのむ。
エイラ「はい。600年前に起こった人間と魔族による大戦、人魔大戦で魔王を倒したのが──双子の勇者だったのです。」
空気が、はっきりと変わった。
南実「え……双子……?」
南実の声は、かすれていた。
エイラ「伝説はこう語られています。“魔王を完全に討つことができるのは、同じ魂を分かちし二つの光……双子の勇者のみ” と。」
エイラ「人間は長い間、その伝説がただの寓話であると考えておりました。しかし……魔王の力はもはや、どの勇者をもってしても抑えきれぬほど増してしまったのです。」
そして──エイラの目が、まっすぐ俺と南実へ向く。
エイラ「ゆえに今回、私たちは賭けに出ました。“真なる勇者”を召喚するため、かつての伝説を信じ、双子である皆様を探し出し、お呼びしたのです。」
北実「…………!」
言葉が出ない。
南実も、口をぱくぱくさせるだけで声になっていない。
そこへ──
背後から重厚な足音が響いた。
貴族「静まれ!」
貴族たちが一斉に頭を下げる。
貴族「国王陛下のお成りである!」
現れたのは、堂々とした王冠を戴く男。
深紅のマントを羽織り、鋼のような眼光を持つ人物だった。
レオハルト「異界テクノヴァースの勇者よ。私はこのルグネア王国国王、レオハルト十世である。」
国王は俺たちの前で足を止め、低く頭を垂れた。
レオハルト「突然の召喚、許してほしい。しかし、この世界はもはや瀕死。定期的に召喚する勇者では、魔王には到底及ばぬほどに魔王は力を増してしまった。」
そして、強い言葉が続く。
レオハルト「ゆえに我々は伝説の“双子の勇者”を求めた。そなたたちこそ、我が国最後の希望なのだ。」
その光景を間近で見ながら、
俺の胸は、夢で聞いた“あの声”の残響でざわつき続けていた。
ひと通り説明が終わると、エイラは柔らかく微笑んだ。
エイラ「勇者の皆様。ここでは落ち着かないかと思いますので……どうぞ、こちらへ。応接の間をご用意しております。」
そう言って、小柄な身体で先導する。
その背中を追いながら、俺たちは城の回廊を進んだ。
重厚な石造りの壁。外の庭園から差す光。
歩くたびに靴音が広い廊下に反響して、まるで映画のセットみたいだった。
南実はまだ肩を震わせている。
日向は周囲を見て「ヤバい……本気で異世界クオリティ……」と呟き続け、
国雲はチャイナ服を揺らしながら「ゲームでもこんな豪華な廊下ないアル……」とぼそり。
エイラ「こちらです」
エイラが扉を押し開けた。
応接の間は広く、豪奢すぎない落ち着いた空間だった。
深緑のソファ、丸い木のテーブル、壁には大陸の地図らしきものが掛けられている。
エイラ「まずは、お座りください。お疲れでしょうし、話すべきことはまだまだありますので。」
俺たちはそれぞれソファに腰を下ろした。
エイラは俺たちの正面に立ち、両手を胸の前で組む。
エイラ「勇者の皆様。先ほどご説明した通り、この世界は魔王の脅威にさらされています。そして、世界を救うためには皆様のお力だけでなく──」
エイラは小さく、意味深に微笑んだ。
エイラ「仲間の存在が不可欠なのです。」
北実「仲間……?」
俺が聞き返すと、エイラはこくりと頷いた。
エイラ「はい。戦いや探索、魔法の学習、そして何より……勇者様が心を保つために、共に歩む者が必要です。」
日向がピクリと反応する。
日向「パーティーメンバー……まさか、そういう追加召喚システムが……?」
国雲は腕を組んで「ゲームっぽくなってきたアル!」と呟き、
南実は少し落ち着いてきたものの、まだ視線が泳いでいる。
エイラ「そこで、皆様に提案がございます。」
エイラはそっと右手を胸に当てる。
エイラ「異界の勇者は、元の世界で強い“縁”を持つ者ほど、こちらにも引き寄せられやすいと伝わっています。つまり──皆様と深い関係のある方なら、追加で召喚できる可能性があります。」
俺も南実も、その言葉で顔を見合わせた。
“縁のある人間ならば呼べる可能性がある”
そして今日、本来は──
みんなでパーティーをする予定だった。
その事実が同時に頭に浮かび、空気が一瞬止まった。
南実「……もしかして。」
南実が、かすれた声で言う。
南実「今日……集まる予定だったメンバー……あいつら……呼べるの?」
エイラは優しく頷いた。
エイラ「強い絆を持つ者ほど、召喚は成功しやすいと言われています。勇者様にとって必要な仲間であれば、なおさらです。」
日向が驚きながらも、少し興奮した声で呟いた。
日向「パーティーメンバー……マジで追加召喚できる展開ですか……!」
国雲は肩をすくめつつも「まあ、人数は多い方が頼もしいアルな。」と珍しく前向き。
俺は息を吐き、エイラに向き直った。
北実「わかった。……今日パーティーをする予定だったメンバーを、ここに呼びたい。」
エイラの表情がぱっと明るくなった。
エイラ「承知いたしました! では、準備を整えます。召喚の儀は通常の勇者召喚よりも簡易ですが……成功するかどうかは皆様の“縁”にかかっております。」
そう言って、エイラは静かに部屋を出ていく。
応接の間には、少しだけ緊張と期待が入り混じった空気が残った。
──今日、ただ集まって遊ぶはずだった仲間たち。まさか、全員で異世界に来ることになるなんて。
南実「……どうする? 本当に呼べるのかな?」
南実が不安げに呟く。
その問いに答える前に、俺はふと胸の奥が熱くなるのを感じた。
強い縁。
呼べる仲間。
なら──きっと、あいつらは来る。
エイラに案内され、俺たちは再び城の広い中庭へ戻った。
地面には複雑で巨大な魔法陣が描かれ、複数の魔法使いらしき者たちが周囲を固めている。
エイラ「では……準備は整いました。勇者様方の“縁”に応じて、呼ばれる人々が決まります。」
エイラの声が響くと、魔法陣の紋様が青白く光り始めた。
国雲「……っ、想像以上に大きいアルな。」
北実「これ、ほんとに全員呼ぶつもりか……?」
俺たちは胸の中で、今日パーティーするはずだった面子を強く思い浮かべた。
──学生時代からの友人
──超がつくほど天然な親子
──やたらテンションの高い奴
──そしてとんでもなく厄介なアイツ
光は一段階強くなる。
エイラ「来ます……!」
エイラの声と同時に、魔法陣が眩しい閃光を上げ、
一気に大量の影が召喚された。
その数──ざっと見ただけで30人近く。
全員倒れていて、まだ意識はない。
異世界の空気が揺れ、魔法陣の余波がざわざわと地面を震わせていた。
国雲「本当に呼べたアル……」
国雲が唖然とする。
すると──
魔法陣の中心あたりに倒れていた影の一つが──ぴくり、と動いた。
その動きはあまりに鋭く、
目を覚ましたという段階を飛び越えていた。
ゾクリと肌が粟立つ。
次の瞬間。
石畳に巨大な亀裂が走った。
まるで地面を蹴ったのではなく、叩き割ったような轟音。
貴族「なっ──!」
エイラ「!?!?!?」
エイラも貴族も国王も、全員が目をむく。
本当に一瞬だった。
誰も“そいつ”の姿を認識できなかった。
倒れた影が動いたと思ったら、
もう人型の残像のようなものが空中にあった。
城壁の縁に足を引っ掛け、
そこから反動をつけるようにもう一度跳躍。
そして──
弾丸みたいに、城の外へ飛び去った。
誰一人として顔を見ることができないまま。
ただ、ひとりだけ。
日向だけは固まった表情でその軌道を見つめていた。
日向「……あの感じ……あの跳躍……あの人以外いない……」
北実「日向、お前わかったのか?」
日向「ええ……間違いありません……あれは──」
日向が名を言いかけた瞬間、
エイラが混乱気味に割り込んできた。
エイラ「な、ななな、何が起きたのです!?!?いまの動き、人間の範囲を超えていますよ!?!?」
いや、俺たちもそう思う。
そして日向は、心底言いたくなさそうに小さくつぶやいた。
日向「……なんであの人が来てるんですか……」
暴走した一人が去った後、
残された二十数名がゆっくりと目を覚まし始めた。
「う……あれ……?」
「なんか暗……いや明る……?」
「ここ……どこ?」
その中で、特に声が大きい人物が最初に完全に覚醒した。
耳が痛くなるほどの大声だった。
?「な、なんだここ!?!?え!? 城!? 俺さらわれた!? 誘拐!?てかなんでみんな倒れてるの!? え!? 俺死んだ!? ねえ死んだ!?!?」
英賀 米太(えいが べいた)だった。
普段はおちゃらけていてうるさいが、とんでもないビビりだ。
米太は起きるなり大パニック。
泣き出しそうな勢いで周囲をキョロキョロする。
北実「落ち着けって、米太!!」
南実「大丈夫だから! 誘拐じゃない!!」
俺と南実で左右から抱え込み、
国雲も「深呼吸するアル!」と無駄に偉そうに肩を掴む。
米太「む、無理だって!! 俺もう帰りたい!! 帰る!! いますぐ帰る!!!」
南実「今は無理だよ!! とにかく説明聞けって!!」
エイラも困り顔で叫ぶ。
エイラ「皆様、ひとまず応接の間へ!順に説明いたしますから、どうか落ち着いてください!!」
混乱するところをなんとかまとめて、
大量の仲間たちを連れて中庭を後にする。
ただし──
一人だけ、まだ行方不明のままだ。
城の外へ跳んで消えた“あいつ”をどうするか、
それはすぐに考えなければいけない問題だった。
俺たちはドタバタと騒ぎ続ける仲間たちをどうにか連れて、
中庭から応接の間へ戻ってきた。
北実「ここに座って! 落ち着けって、ほら……!」
米太「うわあああ! 無理無理無理! 王様いる!? 王様いるの!? 絶対なんかの裁判だろ!!」
国雲「米太、黙れアル!!」
相変わらず米太はパニック状態だし、
他の面子も半泣きだったり、状況理解を放棄したりとカオス。
そんな中、エイラが人数を数えながら首をかしげた。
エイラ「……あら?」
俺もつられて周囲を見る。
さっき中庭で見た顔ぶれと比べると──
明らかに人数が少ない。
ざっと見渡した限り……四人は足りてない。
南実「……あれ? なんか少なくない?」
南実も気づいて目を丸くする。
日向が溜息をつきながら呟いた。
日向「……はぁ。たぶん、中庭から移動する時に逃げたんでしょうね、4人ほど……」
南実「えっ!? 逃げたって……どうやって!?」
北実「わかんねぇよ! こっちも必死で米太押さえてたし!!」
国雲「我も人数なんて数えてる余裕はなかったアル……」
30人規模の混乱の中、
気づかないうちに逃げ出す者が出ても不思議ではない。
エイラは顔色を変え、近くの兵士に指示を出し始めた。
エイラ「至急、中庭から城内までの全ルートを確認してください!迷子か、あるいは外に出た可能性も……!」
兵士たちは慌てて走り去っていく。
──逃げた1人(※跳んだやつ)
──そしてさらに4人
計5人が行方不明。
始まって早々、めちゃくちゃだ。
エイラは気を取り直し、深く息を吸った。
エイラ「皆様。大変な状況ではありますが……まずは落ち着いて話を聞いてください。」
応接の間は広いが、30人弱の仲間たちがぎゅうぎゅうに座っている。
米太は依然として震えているが、
南実と国雲が両側から腕を掴んで逃げられないように固定している。
エイラ「ここは、“ルグネア王国”。あなたがたは“勇者様の仲間”として召喚されました。」
「な、仲間ぁっ!?」
「え!? 俺らが!?」
「いやいやいやいや! 勇者とか無理だって!」
会議室は途端にざわついた。
エイラは慌てず、続けた。
エイラ「すでにご存じの通り……この世界には“魔王”という脅威が存在しています。勇者様である朝田北実様と朝田南実様──お二人は、伝承にある“双子の勇者”として召喚されました。」
周囲から「えっ北実!?」「南実!?」「マジで!?」と声が上がる。
北実も南実も居心地悪そうに肩をすくめる。
エイラ「そして、勇者様が力を発揮するには……“心を支え、共に戦う仲間”の存在が不可欠です。そのため皆様は、勇者様と強いご縁を持つ者として召喚されたのです。」
ざわ……っと空気が揺れる。
「ま、マジか……俺らが……」
「じゃあ、冒険とかするのか……?」
「てかなんで4人消えてるんだよ……」
誰もが混乱していたが──
それでもエイラの声は優しく、落ち着いていた。
エイラ「もちろん……皆様には強制的に戦わせるつもりはございません。しかし、勇者様を支える存在であることに変わりはありません。」
その言葉で少しだけざわつきが収まる。
エイラ「まずは、状況を理解していただくためにも……順番に質問をお受けします。どうか落ち着いてください。」
エイラが深く頭を下げると、
仲間たちは驚きつつも静まり始めた。
──行方不明者はいるものの。
勇者パーティーとしての日々がここから始まった。
エイラの説明が一通り終わると、
応接の間には重たい沈黙が落ちた。
誰もが混乱し、戸惑い、
それでも「何が起こっているのか」を理解しようと必死だ。
エイラは静かに言葉を続けた。
エイラ「今日は……皆様にとって大変な一日だったと思います。ですので、これ以上ここで無理に話を続けるのは得策ではありません。」
仲間たちが、ほっとしたように息を吐く。
エイラ「皆様にはしばらくの間利用していただく“寮”をご用意しています。勇者様とその仲間の方々が生活する場所です。本日はそこへご案内いたします。荷物などは後ほど、こちらで準備いたしますのでご安心ください。」
「寮……? 住むところは用意されてるってこと……?」
「とりあえず寝られるなら助かる……」
「メンタルが限界なんね……帰りたいんね……」
ぐったりした声があちこちから聞こえた。
エイラ「皆様、どうかこちらへ」
混乱した仲間たちとともに、
俺たちは城の大きな門をくぐった。
外に出た瞬間、
街の空気がふわりと肌に触れる。
石畳の道。
レンガ造りの建物が連なり、
行き交う人々の服装はどこか中世風。
それでも活気があり、
露店の匂いもして、
剣や薬草を売る店、食べ物の屋台、魔導具の店……
見たことないものがたくさん並んでいる。
エイラ「ここは“ルグネア王国”。人間の国であり、魔王軍との最前線からはほんの少し離れた位置にあります。」
エイラが歩きながら説明する。
エイラ「この国は、南に“ボルノガ王国”という人間の小国、西には“アラニア王国”という魔族の国、そして北には……“魔王領ナルネンス”があります。」
日向「魔王領……」
エイラ「はい。魔王が直接支配する領土で、人間だけでなく“魔王派の魔族”が集っています。」
米太が震えだす。
米太「ま、魔族って……みんな敵ってわけじゃねえの……?」
エイラ「ええ。魔族の中には魔王に与する“魔王派”と人間友好派の“アラニア派”がいます。アラニア派の方々は人間と共存することを望み、このルグネアにも多く暮らしています。」
米太「へぇ……魔族も色々なんだな……」
エイラ「むしろ、この近辺にいる魔族のほとんどはアラニア派で、隣国のアラニア王国の住人もほとんどがアラニア派です。魔王軍に加わる魔族はごく一部で……」
エイラがそう言いかけた時だった。
横の路地を歩く影が目に入った。
全身、黒。
肌の色も髪も黒く、
背中には大きく折りたたまれた漆黒の翼。
後頭部には、滑らかに湾曲した龍のような黒いツノ。
まるで“闇そのもの”が歩いているような存在感だった。
仲間たちが、一斉に息を呑む。
「な、な……にあれ……」
「魔族……? 魔王軍の……?」
「や、やばすぎ……」
エイラは小声で囁いた。
エイラ「お気になさらず。あの方はアラニア派で、この街で暮らしている方です。人間には…滅多に害を及ぼしません。」
米太「ほ、本当に……?」
エイラが頷くと、
黒い魔族の男はちらりとこちらを見た。
その瞳は深い黒と金で、
一瞬だけ俺たちと視線が交わる。
が、何も言わずに歩き去った。
何かの前触れのような存在感を残して。
しばらく歩くと、
木造と石造りが合わさった大きな建物が見えてきた。
エイラ「こちらが、皆様の宿舎となる寮です。複数の部屋に分かれていますので、皆様一人一人にに割り振る予定です。」
建物の前には小さな庭と洗濯物干し場まである。
「……思ったより、ちゃんとしてるんだな……」
「ていうか住むんだこれから……?」
「まあ……野宿よりは……」
不安が拭えないまま、
それでも、少しだけ安堵の空気が流れた。
ドアが開く音がして、
寮の中からはあたたかい明かりがこぼれ出る。
エイラ「それでは皆様、どうぞ中へ。」
こうして──
長い一日が、ようやく終わりを迎えようとしていた。
エイラに案内され、寮の大きな扉をくぐる。
中は思った以上にしっかりしていて、
木の温もりを感じる広いロビーが広がっていた。
壁には淡いランプが並び、
中庭に面した廊下からは柔らかい風が流れ込んでくる。
エイラ「この寮は、勇者様方とその仲間の皆様が生活できるよう、急ぎ整えたものです。家族ごとにエリアを分け、お一人につき一部屋をご用意しています。」
ロビーの中央に大きな掲示板があり、
そこにエイラが魔導紙を貼りつけた。
エイラ「こちらが部屋割り表になります。ご確認の上、それぞれのお部屋へ向かってください。」
紙には、整然とした字でこう書かれていた。
【朝田家エリア】
朝田 南実(あさだみなみ)
朝田 北実(あさだきたみ)
【日野家エリア】
日野 日向(にちのひなた)
日野 日和(にちのひより)
日野 陸斗(にちのりくと)
日野 海斗(にちのかいと)
日野 空斗(にちのかいと)
日野 江都(にちのえと) 行方不明
【白露家エリア】
白露 嗣行(はくろしあん)
白露 宮雷(はくろくらい)
白露 紅葉(はくろべには)
白露 廉蘇(はくろれんそ)
白露 帝夜(はくろだいや) 行方不明
【英賀家エリア】
英賀 米太(えいがべいた)
英賀 加奈登(えいがかなと)
英賀 叶英(えいがかなえ)
英賀 瑛太(えいがえいた) 行方不明
【西仏家エリア】
西仏 愛蘭(さいふつあらん)
【伊藤家エリア】
伊藤 利亜(いとうりあ)
伊藤 琉聖(いとうりゅうせい)
伊藤 零王(いとうれお)
【独古家エリア】
独古 太希(どくこたいき)
独古 那知(どくこなち)
独古 帝偉(どくこてい) 行方不明
独古 普巳(どくこふみ) 行方不明
【中家エリア】
中 国雲(チョングオユン)
中 湾海(チョンワンハイ)
中 清雨(チョンチンユー)
【氷雨家エリア】
氷雨 枢臣(ひさめすおみ)
【原家エリア】
原 翡翠(はらひすい)
総勢三十名近い仲間たちが、
ざわ……と小さく騒ぎだす。
「一人一部屋って贅沢じゃね?」
「てかこれ絶対学校の合宿所より広いだろ……」
「マジで泊まるんだ……夢じゃないんだ……」
「俺の部屋どこだー!」
エイラが微笑み、ロビーの奥を指し示した。
エイラ「各エリアは廊下でつながっていますので、迷ったらこのロビーに戻れば大丈夫です。本日のところは、ごゆっくりお休みください。」
部屋割りを確認した仲間たちは、
困惑や期待や疲れを抱えながら
それぞれのエリアへ散っていった。
南実「ねぇ北、僕の部屋どっち?」
北実「表に書いてあるだろ……見ろよ……」
南実「無理、もう脳が寝てる……」
南実はふらふらと自分の部屋へ向かっていく。
その背中を見送りながら、
俺も自分の部屋番号を確認して歩き出した。
部屋の前に立つと、
木製のドアは新しい匂いがしていた。
ノブを回して中へ入ると──
思った以上に広い。
簡素だけどしっかりしたベッド、
窓からは中庭が見え、
小さな机と椅子、
棚とクローゼットにシャワールームまである。
北実「……本当に“住む前提”なんだな……」
少しだけ胸がざわつく。
今日起きたことが、
本当に現実なのだと突きつけられるようで。
寝転がればすぐ眠れそうなくらい、
体が重かった。
北実「……とりあえず、今日は……寝るだけで精一杯だな。」
そう呟きながら、
部屋の扉をそっと閉めた。
俺がベッドに横になろうとした、そのとき。
──コン、コン。
控えめなノックが響いた。
日向「北実さん、起きてますか? 私です。」
日向の声だ。
こんな時間に珍しい。
北実「……入っていいぞ。」
日向は丁寧にドアを開け、静かに閉めた。
その表情は困惑と、少しの焦りが混じっている。
日向「さっき……一番最初に跳んでいった人、覚えてますか?」
北実「ああ。瞬間移動かってくらい速かったやつだろ。結局誰だかわからなかったけど……あれ、知ってんのか?」
日向はしばらく黙った後、
ゆっくりと口を開いた。
日向「……おそらく私の祖父です。日野江都。」
北実「えっ……じいちゃん!?」
日向「はい。でも……普通じゃないんですよね。」
日向は少し声を潜めた。
日向「祖父はずっと人が苦手で、家に引きこもっていたんです。家族と、ごく少数の信頼した人の前でしか姿を見せません。外なんて、数ヶ月に一回、瑛太さんとお茶会に行く時しか出ません。だから……あんな大勢の前に現れるのは…本人にとってはとても嫌でしょうね。」
確かに、日向の家はよく知っている。
江都じいちゃんは常に家の奥、
“隠れるように生きている”と聞いていた。
日向「でも……祖父は八十歳のはずなんです。確かに身体能力は化け物じみていたんですけど…さっきみたいに床を割りそうなジャンプなんて……あれはさすがに、私の記憶にはありません。」
日向の目には、
“違和感”と“恐怖ではない驚愕”が混ざっていた。
日向は息を整え、無理に笑みを作った。
日向「ひとまず、今日は休みましょう。明日になれば……何かわかるかもしれませんし。」
北実「……ああ。わかった。ありがとな。」
日向は頷いて、部屋を出て行った。
日向と話したあと、
ベッドに横になった途端、疲れが一気に押し寄せてきて、そのまま俺は眠りについた。
夜中、喉が渇いて目が覚めた。
北実「…水……」
起き上がって窓を開け、
外の冷たい空気を吸い込む。
そのときだった。
中庭の方で、
“誰か”が立っていた。
暗闇で輪郭はぼやけている。
背の高さも体格もわからない。
ただ……黙ってじっと、空を見ているような影。
息を呑んだ瞬間。
影が、すっと地面へ沈んだ。
正確には──
“影の中に潜ったように”見えた。
その一瞬、
影の中から振り返ったように金色の目が光った気がする。
ぞわり、と背筋が震えた。
北実「……まさか、あの魔族……?」
昼間見た、黒い翼を持つ魔族の男。
あの存在感が一瞬よみがえる。
けれど、瞼が重くなり、
思考がだんだんとぼやけていく。
北実「……無理……もう寝る……」
眠気に勝てず、
俺はそのまま布団に沈み込んだ。
金色の目の余韻だけを残して──
静かな夜が更けていく。
to be continue