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【僕がいない間】
神社は、いつもと同じ姿をしていた。
でも——一つだけ、違った。
門の上に、僕がいない。
「……?」
駿は、何度か周囲を見回した。
お守りを握りしめて、視線を上へ、下へ。
「……おかしいな」
いつもなら、
もう聞こえてくるはずだった。
——「よー、遅いぞ」
——「今日は何分だ?」
それが、ない。
「……」
駿は、胸の奥がひやっとするのを感じた。
「……いない……?」
その瞬間。
空気が、ふっと変わる。
風が、逆向きに流れた。
『……探しているのは、あの子か』
落ち着いた、低い声。
駿が振り返ると——
そこに立っていたのは、九尾さんだった。
長い尾が、静かに揺れている。
懐かしくて、でも緊張する気配。
「……九尾さん」
『久しいな、駿』
駿は、少しだけ頭を下げた。
「……あいつ、いませんよね」
九尾さんは、否定もしない。
『……気づいたか』
「……はい」
駿は、少し迷ってから、正直に言った。
「……今日、来た理由があって」
九尾さんは、黙って続きを促す。
「……あの日」
声が、少しだけ詰まる。
「僕、泣いてて……
何度も、声かけてもらったのに……」
駿は、ぎゅっと拳を握る。
「……何も言えなかった」
「……」
「……無視したみたいになって」
顔を伏せる。
「……謝りたかったんです」
その言葉は、静かだけど、重かった。
九尾さんは、しばらく何も言わなかった。
ただ、夜の境内を見渡してから——
『……あの子は』
ゆっくり、口を開く。
『それを、気にしてはおらぬ』
潤が、顔を上げる。
「……え」
『泣いている時に、言葉が出ぬのは当然だ』
九尾さんは、はっきり言った。
『むしろ……
あの子は、声をかけられたことを
“無駄にしなかった”と、思っている』
駿は、目を瞬かせる。
『……でも』
『……それでも、謝りたかったのだな』
駿は、ゆっくり頷いた。
「……はい」
九尾さんは、少しだけ目を細める。
『……あの子は今』
一拍、間を置いて。
『回復のため、別の世界にいる』
駿の息が、止まる。
「……別の……世界」
『命に触れた代償だ』
駿は、理解してしまった。
——病院の通知。
——突然の安定。
——そして、いなくなった僕。
「……あいつ……」
声が、震える。
「……俺のために……」
『そうだ』
九尾さんは、否定しない。
駿は、唇を噛みしめた。
「……あの人が助かったのに……
俺、喜んで……」
『それでいい』
九尾さんは、きっぱり言う。
『それが、あの子の望みだ』
駿は、しばらく黙っていた。
それから、夜空を見上げる。
「……戻ってきますか」
『……戻る』
九尾さんは、静かに断言した。
『完全ではないかもしれぬが……
必ず、戻る』
駿は、少しだけ、笑った。
「……じゃあ」
胸元のお守りに触れる。
「……ちゃんと、謝ります」
『……ああ』
「無視したことも……
ありがとうって、言えなかったことも」
九尾さんは、尾を揺らしながら言った。
『その言葉は、きっと……
あの子の回復を、早めるだろう』
夜の神社。
門の上は、まだ空いている。
でも。
——そこに戻る場所は、
ちゃんと残されていた。
#時間操作
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