テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
【風の向き】
夜の神社。
静けさが、均等に広がっていた——はずだった。
その時。
九尾さんの尾が、ゆっくり揺れた。
ただそれだけなのに、
空気が一段、冷える。
「……?」
駿は、無意識に顔を上げた。
「……今……」
風が、変わった。
さっきまで、背中から押していた風が、
今は——横から、切り込んでくる。
「……九尾さん」
駿の声に、少し緊張が混じる。
「……風向き、違いませんか」
九尾さんは、潤を見る。
そして、否定しなかった。
『……よく、気づいたな』
尾が、もう一度揺れる。
それは合図のようだった。
『……報告が入った』
低く、重い声。
駿の胸が、嫌な音を立てる。
「……報告?」
『……あの子の状態だ』
——僕。
駿は、息を飲む。
「……悪い、んですか」
九尾さんは、一瞬だけ、目を伏せた。
『……悪化している』
駿の指先が、冷たくなる。
「……回復してるって……」
『回復はしている』
九尾さんは、はっきり言う。
『だが……
安定しているとは言えぬ』
風が、強く吹いた。
境内の木が、ざわりと音を立てる。
駿は、その風を感じていた。
——さっきまでとは、違う。
まるで、何かが“ずれている”風。
「……あいつ……」
駿は、門の上を見る。
空っぽの場所。
「……無茶、したんですよね」
九尾さんは、答えない。
それが、答えだった。
「……」
駿は、胸元のお守りを、ぎゅっと握る。
「あいつ……
いつも、軽い感じで……」
声が、少し震える。
「……でも、大事な所は……
全部、自分で引き受ける」
九尾さんは、静かに言った。
『……だからこそ、今——
世界の歪みが、風に出ている』
駿は、はっとする。
「……じゃあ、この違和感……」
『……あの子の“バグ”が、
こちら側にも滲み始めている』
駿は、唇を噛んだ。
「……僕に、何か出来る事は」
九尾さんは、潤をまっすぐ見る。
『……出来る』
駿の目が、わずかに見開かれる。
『……あの子は、今——
こちらの世界を“基準”にして、
自分を繋ぎ止めている』
「……基準……」
『お前の存在だ』
風が、また変わる。
今度は、ほんの一瞬だけ、元の向きに戻った。
駿は、確信する。
——今の風、
あいつがいた時の風だ。
「……聞こえてないかもしれない」
駿は、夜空に向かって、小さく言う。
「……でも」
胸に手を当てる。
「……ちゃんと、謝るから」
風が、少しだけ、やわらぐ。
九尾さんは、その変化を見逃さなかった。
『……届いているな』
駿は、門の上を見上げる。
「……待ってる」
声は震えていたけど、
迷いはなかった。
「……ちゃんと、戻ってきてください」
夜の神社。
風は、完全には落ち着かない。
それでも。
——繋がりは、切れていなかった。
瀬名 紫陽花
MIRAN@新作短編集公開!!
11,158