テラーノベル
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僕は、拗ねたように言った。
「あはは……ごめんて」
ひとしきり笑うと、僕はハサミを受け取り
プリクラを二等分して、片方を岬くんに渡した。
「はい岬くんの分」
「ん、さんきゅ。家帰ったら飾ろっかな」
岬くんは、大切そうにプリクラを受け取った。
「じゃ、僕はスマホのケースに入れよっと」
そして僕はスマートフォンを取り出して裏返し
黒縁の透明なケースを外してスマホの上に載せると、その間にプリクラを挟むようにして入れた。
これでいつでも、この日の思い出を身近に感じられる。
◆◇◆◇
そんな楽しい時間を過ごしているうちに、時間はすっかりお昼時になっていた。
空腹を感じ始めた頃、岬くんが提案した。
「近くにマックあったし…そこで食べる?」
実は、マック……というか
ジャンキー系の食べ物全般を、僕はあまり食べすぎないようにしていた。
パニック障害の人は、炭酸飲料やチョコレート
カフェインやアルコールは避けた方がいいと医師や両親から口酸っぱく言われてきたからだ。
だから、ハンバーガーと一緒にコーラを飲みたくても我慢し
カフェインが含まれていないか、糖分がどれほど含まれているかを踏まえて、飲めそうな飲み物を選んできた。
でも、僕だってハンバーガーは好きだ。
ただ、高校一年の頃、フライドポテトを少量食べただけでも気分が悪くなってしまったことがあって以来
億劫でそういう場所に足を踏み入れることもなかったのだ。
でも、今日は岬くんと一緒だ。
適量を考えれば大丈夫なはず。
それに、岬くんとマックで普通に食事がしたい
そう強く思った僕は、迷いを振り切り
「行きたい」と短く答えた。
店内に入ってみると、客層は若者中心で、活気に満ち溢れていた。
独特の賑やかさと、揚げ物の香りが店内に充満している。
僕たちは自分たちの順番が来ると、レジカウンターまで移動し、メニューを見上げた。
「俺は…テリヤキバーガーのセットで、コーラとアップルパイで」
岬くんは慣れた様子で、迷いなく注文をした。
それに続くように、僕も口を開いた。
「えっと…僕は、チーズバーガーと、ドリンクのみで……「Qoo 白ぶどう」ください」
僕は、なるべくカフェインや糖分の少ないものを選ぶ。
「かしこまりました」
そう言うと店員さんはレジを打ち終えると、僕らにそれぞれの伝票番号を渡して
『商品が出来上がりましたら番号でお呼びしますので、かけてお待ちください』
と言われ、空いている壁に腰かけて待つことに。
「……ふふっ朝陽くんとこうしてファストフード食べるの初めてだね」
隣に立つ岬くんが、僕の顔を見て微笑んだ。
「確かに…そういえばそうだね」
「朝陽くん炭酸とかコーヒー飲めないし、マックとかも入るイメージなかったからさ、今日は記念かも」
岬くんは目を細めて笑う。その言葉に、僕はドキッとした。
(うっ……岬くんは鋭いからなぁ……きっと僕の症状の事で控えてたのわかってたんだろうな)
そう思いつつ、「記念なんて大袈裟な…」と笑うことしかできなかった。
岬くんの優しさに、胸の奥がじんわりと温かくなった瞬間だった。
◆◇◆◇
そして商品が届き、受け取った僕たちは、空いている二人席に向かい合って座っ
テーブルの上には、温かいハンバーガーとドリンクが置かれている。
僕は自分の席に置かれている包み紙を手に取り
袋を開けると、懐かしい香りがふわりと立ち上った。
大きく一口食べた瞬間
久しぶりに食べるジャンクフードの味に、懐かしさを覚えつつ、ゆっくりと味わった。
「みさきくんのそれも美味しそうだね」
話題程度に、岬くんの食べているものに視線を送りながら言った。
すると
「食べてみる?」
自分のハンバーガーを差し出してきた
「え?いいの?じゃあ……1口だけ」と答え
口を開けて、パクッと小さく齧ると
ふんわりとしたバンズがまず唇に触れ、その次に
甘辛いテリヤキソースをまとった、しっかりとした歯ごたえのパティが舌に広がる。
シャキシャキとしたレタスの軽快な食感がアクセントになり、全体をまろやかなマヨネーズが包み込むようだった。
「おいし?」
「うん、美味しい…っ!テリヤキってこんなにおいしかったんだ…」
その美味しさに改めて感動した。
「…って、朝陽くんってば頬にソース着いてるじゃん」
岬くんが、僕の頬を指差しながら、くすりと笑った。
「えっ、恥ずかし…ど、どこ?右?こっち?」
僕は慌ててナプキンで拭こうとすると、いきなり岬くんの手が伸びてきて
僕の頬についていたソースを親指で拭い取り、そのまま自身の舌で舐めたのだ。
「ふぇっ……?!」
その行動に、僕の思考は完全に停止した。
顔がどんどん熱くなっていくのを感じる。
心臓が、ドクドクと激しく脈打つ。
「なっ……み、みさきく…っ」
僕は、その姿に思わずドギマギとしてしまい、言葉が出てこない。
「ふっ……朝陽くんってば、また顔真っ赤だよ」
岬くんは、僕の反応を見て、楽しそうに笑った。
「もう…っ!み、みさきくんはいちいちそういうことしないでよ……っ!」
僕は、抗議の声を上げた。
「そーいうことって?」
岬くんは、わざととぼけたように尋ねてくる。
「な、舐める…とか」
僕は、さらに顔を赤くしながら答えた。
しかし岬くんは、僕の反応を面白がっているようだった。
「朝陽くんはそれだけで、そんなに顔赤くしちゃうんだね?」
「だ、誰でもするよ…!」
僕がそう言えば、岬くんは僕の後ろ髪に手を添えて、ゆっくりと顔を近づけてきたかと思えば
「…くちにキスでもしたら、どんな反応するのかな。試してもいい?」
なんて、甘い吐息混じりに耳元で囁かれた。
ゾクッと、背筋に痺れるような震えが走った。
「~~~~~っ!!!」
その瞬間、僕の脳内は完全にショート寸前になっていて
「ぼ、ぼく死んじゃう…っ!」と、支離滅裂なことしか言えなかった。
「ふふっ……冗談だって。でも、そんな可愛い反応されると困るなぁ」
岬くんは笑っていたけれど、僕にとっては笑い事じゃないわけで……。
心臓はずっとバクバクしっぱなしで、結局最後まで落ち着くことはできなかった。
◆◇◆◇
会計を終えて外に出ると
既に日が傾き始めていた。
オレンジ色に染まる空が、一日の終わりを告げている。
「……あ、もう夕方か。早いね」
岬くんが、少し名残惜しそうに呟いた。
「だね……ねぇみさきくん」
僕は、意を決して岬くんに問いかけた。
「ん?どうしたの?」
岬くんは、僕の顔を覗き込むようにして、優しく聞いてくれる。
「…今日、楽しめた……?色々、みさきくんが好きそうなところ調べたつもりなんだけど…どうだったかなって」
不安になりながら尋ねると、岬くんはふっと優しく目を細めて
右手で僕の頭をそっと撫でてくれた。
その温かい手のひらが、僕の不安をゆっくりと溶かしていくようだった。
「朝陽くんが考えてくれたってだけで、もう楽しかったよ」
岬くんの真っ直ぐな言葉に、僕の胸は熱くなった。
「ほ、ほんと…?」
僕は、信じられないような気持ちで再度尋ねた。
「うん、映画もカフェも俺の好きなものばっかで、ゲーセンで朝陽くんが必死にUFOキャッチャーしてるとこも可愛かったし」
岬くんは、今日の出来事を一つ一つ思い出すように、楽しそうに話してくれた。
「最後に食べたハンバーガーも美味かったしね。朝陽くん茹でたこみたいになってておもしろかったし?」
そう言って、岬くんは僕の顔を見て、くすりと笑った。
「お、面白がらないでよ…もう…っ」
恥ずかしくなって俯くと、岬くんの指が僕の顎をクイッと持ち上げた。
顔を覗き込むようにして、優しい眼差しで僕を見つめながら───
「でもね、今日いちばん嬉しかったのは、朝陽くんが俺のために頑張ってくれたってことだから」
その言葉は、僕の心に深く響いた。
「え…?」
「俺のために色々考えてくれたんだって考えたら、それだけで嬉しくない?」
岬くんの言葉に、僕の目にはうっすらと涙が滲んだ。
「みさきくん……」
僕は、感動で言葉を詰まらせた。
「朝陽くんが俺のこと想ってくれてるのも伝わってきたし……なんか、柄にもないこと言うとさ、こうやって二人で過ごせる幸せを実感できて嬉しかったんだよね」
岬くんの優しい声が、僕の心に染み渡る。
「……っ」
その言葉に、泣きそうになって思わず口を噤むと
突然、岬くんが両手で僕を抱き締めてきた。
温かくて、力強い腕が僕を包み込む。
「え……!み、みさきくん!?」
僕は、驚きと同時に、その温かさに身を委ねた。
「朝陽くん、いつもありがと」
岬くんの声が、僕の耳元で優しく響く。
「あ、ありがとうは僕の方だよ……っ!いつも支えてくれるし、スマートで…デートも僕の体のこと考えて調整してくれるから無理なく楽しめるし……っ」
僕は、岬くんの顔を見上げて、必死に感謝の気持ちを伝えた。
「ふふっ……良かった。じゃ、次はまた俺にエスコートさせてね」
「……うん、次はいつデートしてくれる…?」
そう呟いて、僕からもギュッと岬くんに抱きつくと
岬くんは「来週の土曜日とかどう?せっかくだし、どっちかの家でまったりデートしたいな」
と言って、僕の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
その手つきが気持ちよくて、僕は目を細めた。
岬くんの腕の中で、胸に顔を預けてから再び顔を上げれば
視界いっぱいに愛おしい笑顔が広がっていた。
「えへへ、お家なら…もっとみさきくんと一緒にいられるから嬉しいや」
「ふふっ、俺も」
(…みさきくん、あったかい…)
そんなことを思いつつ
僕はしばらく岬くんの腕の中に収まっていた。
岬くんの心臓の音以外は
夕暮れの街の喧騒が、遠くで聞こえるだけだった。
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