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「よし、じゃあとりあえず今日はこれまでにしておこうか」
「はい! 今日もお疲れのところありがとうございました!」
全てを伝えた後で、雑談タイムというかブレイクタイムにすることにした。というか、僕もちょっと休みたい。
それでふと、昼間の出来事を思い出す。皆川さんとのお食事デートについて。いや、別に皆川さんは一言もデートなどという単語は口にしていないのだけれど。僕の勝手な解釈なのだけれど。
しかし、デートか。一体全体、どうすればいいのかよく分からないんだよね。もう27歳だというのにデート未経験って……。誰かに相談したいところだけれど、ちょっと恥ずかしすぎるよなあ。
「……ん?」
「どうしました響さん?」
あ、いるじゃん。相談に乗ってくれそうな人がこんな目の前に。女子高生に相談する二十七歳ってすごく情けないけれど、背に腹はかえられない。
「ねえ白雪さん、ちょっと訊きたいことがあるんだけどいいかな?」
「訊きたいこと、ですか?」
「あのさ、白雪さんはデートで食事に行くとしたらどういうお店がいい?」
「え!? で、デートですか!!?」
僕の質問に白雪さんは急に赤面。そして膝の上に手を乗せてちょこんと正座で身を正した。え? いや、真剣に話を聞いてくれるのはありがたいんだけど、正座まですることではないような……。
「そうですね、デート。お食事デート……。よく分からないですけど、でも、連れて行ってもらえるなら、私だったらどこでも構いません。あ、でも、できればいっぱいお喋りしたいからドリンクバーのついてるところが嬉しいかな。サイデリヤとか」
サイデリヤかあ。皆川さんを安いファミレスに連れて行くわけにはいかないなあ。でも白雪さんが一生懸命考えて出してくれた案だ。ここはちゃんと選択肢に入れておくとしよう。でも白雪さん、顔真っ赤すぎない? エアコンが暑いのかな。
「ちなみに、食事が終わったらどこか行きたいところはある? 白雪さんが『こういうところでデートしたい!』みたいなことがあったら教えてほしいんだけど」
僕の追っかけ質問に、白雪さんは手をもぞもぞさせながら落ち着かない様子でしばし考えていた。顔は先程よりもいっそう赤くなってしまっている。うん、完熟トマトみたいだね。しかもそのまま破裂しそう。
「なんていうか、私、デートの経験がないから分からないんですよね」
「え? うそ、白雪さんってデートしたことないの? こんなに可愛いのに?」
「か、可愛いとか、い、言わないでくださいよ……。私、女子校だから男性とは全く出逢いがないんです。だからデートの経験もありません。あー、熱い」
白雪さんは熱った顔を冷やすため両手でぱたぱた顔を仰いだ。
「でもですね、えっと、私が憧れるデートはあります。手を繋いで、一緒に公園を歩くんです。それで同じ景色を見て、同じ空気を吸って。色んなものを共有したいなあって。そういうデートの憧れはあります」
「て、手を繋ぐ……」
「はい……て、手を繋いでみたいです」
ハードルが一気に上がったぞ。皆川さんと手を繋ぐとか、そんなことになったら僕は絶対にキョドる自信がある。心臓なんてバクバクいって、なんなら緊張のあまりその場でぶっ倒れる自信だってある。
「そういえばさ、白雪さんがこの前読ませてくれた漫画の中で、男の子がヘリコプターから飛び降りてスカイダイビングしながらヒロインに告白してたでしょ? 白雪さんもああいう告白されたいって思ってるの?」
「ややや!!!? い、いえ、そんなことないです!! あ、あれはあくまで漫画のネタとしてなので……普通の告白が、私はいいです」
「普通の告白って?」
「ふ、普通に好きって言ってもらったり」
シンプルイズベスト、ということか。やっぱり告白は回りくどくない方がいいのかもしれないな。ストレートに告白。というか僕、スカイダイビングできないしね。そんなダイナミック告白、絶対に無理。下手したら告白して、そのまま絶命する。
「それにしても白雪さん、いくら女子校だからって出逢いがないわけじゃないでしょ? 他校の男子と交流とかないの?」
「いえ、私って合コンとかそういうの苦手なんです。だから友達に誘われても断ってます。それにあんまり同級生とかに興味なくて。皆んな子供っぽいというか。私、年上の男性がタイプなので。というか響さん! どうして今日はそんなことを私に訊いてくるんですか!」
「いや、大事なことだから」
「大事なことって、私、心の準備できてないですよぅ」
先程から白雪さん赤面バージョンがちらちら僕を上目遣いで見てくるけど、どうしちゃったんだろ。少女漫画を描く漫画家さんとは思えないウブさなんですけど。でも、まあでも確かに漫画と現実は違うわな。しかもまだ高校生だし。
……ん? スルーしそうになったけど、心の準備?
「あ、あの、響さん? ちょ、ちょっとよろしいでしょうか?」
「ん? どうしたの白雪さん? 改まっちゃって」
相変わらず赤面したままの白雪さんだけど、やたらと言葉に真剣味を感じる。何度も何度も深呼吸をしてるし。あれ? 僕のせい?
白雪さんは「んんんっ!」と咳払い。そして口を開いた。
「あの……以前、響さん言ってましたよね? 私の漫画にはリアリティがないって」
リアリティ。あー、確かに言ったなあ。ストーリーもそうだけど、それよりもキャラにリアリティを感じることができなかったから。でもそれは想像や妄想で補完できる、みたいなことを伝えておいた記憶が。
「そのですね、私なりに考えたんです。リアリティについて」
「うんうん、なるほど。考えることは確かに大切だけど」
「えっとですね、その……非常に頼みづらいんですけど……」
「うん、大丈夫。どんと来いだ!」
一度口をぎゅっと結んで、そして言葉を紡いだ。白雪さんの『考え』とやらを。
「あ、あの……今度、私とデートしてもらえませんか?」
……ん? んんん???
「ち、違うんです! それはその、取材! 取材です! 漫画にリアリティを出すためにも、やっぱり私も一度はデートというものを体験しておいた方がいいと思いまして! やましい気持ちとか、そういうのではなくてですね……だから……わ、私とデートしてみてもらえませんか!!」
ど、どういうこと? 僕の相談に乗ってくれていたはずなのに、逆になっているような気が。僕のようなオジサンにデートを申し込むって。あれ? 一体何が起こっているのか理解が追いつかない。
「あの、白雪さん? ちょっと落ち着いて?」
「その気にさせたのは響さんの方ですからね!! ちゃんと責任取ってくださいね! じゃないと私、泣いちゃいますよ!」
な、なんか全く話が噛み合ってなくない? なんでだろう? 僕は皆川さんとのお食事デートについて白雪さんに助言を請うていたはず。でも、何故かその白雪さんからデートに誘われてしまった。取材という名目ではあるにせよ。
でもこれ、本当は取材というのはただの口実のような気が……だって『責任を取って』とまで言われてしまったし。
あれ? もしかして僕、話を切り出す時にすごく大事なことを抜いてしまっているような。思い出せ、よくよく思い出せ、響政宗よ。ついさっき、僕が白雪さんに話を切り出した時のセリフを。思い出せ、思い出せ――。
「ああ!!」
「え!? ど、どうしたんですか急に」
「ご、ごめんね、気にしないでね」
「は、はい……」
違う違う。これ、僕のせいだ。考えてみたら『皆川さんとのデートの相談』なんてこと、一言も言ってないや。だから白雪さんを勘違いさせてしまったんだ。でも、今更説明し直しても遅いし。だって白雪さん、目をキラキラさせてるんだもん。い、言えない。言えやしない……。
「じゃあ響さん、いつにしますか? 私と、で、デー……取材する日」
「白雪さん、ちょっとだけ、ちょーっとだけ待って」
「待ちませんよ。さっきも言いましたが、その気にさせたのは響さんですよ?」
白雪さんは頬を朱に染め、すっかり乙女の顔に。そして、その小さな体の大きな勇気で僕とのデートを所望してきた。
これ、どうしたらいいんだろ。
「……取材、でいいのかな?」
「はい、取材です。漫画のためです」
「白雪さんが、単に僕とデートしたいんじゃなくて?」
僕の意地悪な質問に、白雪さんは柔らかそうなほっぺたをプクリと膨らましてぷいっとそっぽを向いてしまった。あ、怒ってる。というか、意地悪なことを言われて拗ねてる。失敗したかな。だけど、拗ねた白雪さんもまた可愛いなあ。って、いやいや。今はそんな呑気なこと考えている場合ではない。
でもこの子、本当にストレートに感情を表に出すよなあ。なんというか、素直。いや、素直すぎる。いつか変な男に騙されたりしないか心配だよ。
でも取材という形だったら、確かに白雪さんのためにはなる。彼女の漫画にリアリティがないのは事実だし。妄想力を爆発させてそれを原稿にぶつけるのもいいけど、だけど多少でも実体験があれば表現の幅は広がるはず。
それに今回の件は完全に僕に非があるわけで。白雪さんの言う通り、ちゃんとした形で責任を取らなければ。
うん、協力しよう。
「分かった。白雪さん、今度取材をしよう」
「……なんか軽くないですか?」
白雪さんは正座したまま太ももをパンッと叩いた。今からお説教されるみたいな雰囲気なんですけど。子供の頃を思い出しちゃったよ。
「あのですね、響さん。取材とはいえ、私としては結構勇気を出してお願いしたんですよ? だからもっとこう、気持ちを込めてデートに誘ってくれませんか? 私も一応、女子なんですから。それなりにデートには憧れがあるんです。しかも初めてのデートですよ? 大人ならもっと気を遣ってください」
「ご、ごめんなさい。でも、取材でしょ?」
「しゅ、取材でも、デートはデートなんですぅ!!!!」
また不服そうにむくれてしまった。女の子って難しい。だって僕、女心とか全然分からないんだもん。どうしてかって? それは僕が童貞だからだよ! 女心の『お』の字も分からないよ!
「ん、んん!」
僕は一度咳払いをする。そしてすーっと一度、深呼吸。取材とはいえ、改めて女の子をデートに誘うとなると、やっぱり緊張してしまう。しかも相手は女子高生だ。それに白雪さんは生まれて初めて男性からデートに誘われるのだ。それって結構重要なイベントだと思う。そのイベントに、やはり僕は色を添えてあげるべきなんだろう。
「し、白雪さん!!」
「は、はい!! な、なんでしょうか!!」
否が応にも心臓がバクバクしてくる。考えてみたら、これって僕にとっても初のイベントだし。女性をデートに誘うなんて生まれてこのかたしたことがないんだよ。皆川さんからのデートも誘われる側だったわけだし。
「……今度」
「今度、な、なんでしょうか?」
「……ええっとですね」
「ええっとじゃないです。はっきり言ってください」
「こ、今度、僕と一緒に、て、手を繋いでデートしてもらえませんでしょうか!!」
言った、言ったぞ。どうだ白雪さん! 僕だってちゃんと女の子をデートに誘えるんだぞ。緊張していたからあまりロマンティックな感じにはならなかったけど、でも、こういうのはストレートに誘うのが一番なんだ。
……だよね? よく分かってないけど。
「んー、どうしよっかなあー」
「ええ!? うそ! そこ、なんで考えちゃうの!?」
口元に指を当てながら、「んー」と悩み始めた白雪さん。話が違うじゃないか! せっかく僕も勇気を出したのに!
しかし、白雪さんはチラリと僕を見てから顔をほころばせた。そして嬉しそうに、にまっと笑顔を作る。その笑顔はとても悪戯めいていて、ちょっと大人っぽくて。僕は少しドキッとした。
「あははっ、そんなに焦らないでくださいよ。大丈夫ですよ、断ったりしません」
「良かったあ、ビックリさせないでよね」
「それでは私も――」
そう言って、白雪さんは前かがみになって僕に顔を近づける。透き通るように真っ白で、きめ細やかな綺麗な肌が間近に見えた。そして白雪さんは、僕にとびきりの笑顔を僕にプレゼントしてくれた。
「デートのお誘い、とっても嬉しかったです。夢がひとつ叶いました。本番はもっとドキドキさせてくださいね。期待してますよ、響さん」
* * *
「今日も色々教えてくれて、本当にありがとうございました」
ネームの指導を終え、帰り支度を済ませた白雪さんは玄関で一礼する。僕も晩ご飯を作ってくれたことに礼を言い、お互いに感謝の気持ちを伝え合った。
「あ、響さん。今度一緒にお買い物付き合ってくれませんか? 少し食材をまとめ買いしておきたくて」
「もちろん、一緒に行こう。あ、そうだ白雪さん。お願いがあるんだけど」
「はい? なんでしょうか?」
「今度から一緒に晩ご飯食べない?」
そう、これはぜひお願いしたいことだった。白雪さんはいつも自宅で夕飯を済ませてきてしまい、僕はいつも一人で食事を摂らせてもらっていた。なんというか、やっぱり寂しいのだ。
せっかく晩ご飯を作ってくれる白雪さんがいるのだから、一緒に食べたいと、そう思っていたのだ。
「え、いいんですか? 私までご馳走になっちゃって」
「ご馳走にって、作ってくれるのは白雪さんなんだから。そこは全然気にしないで。僕は白雪さんと一緒に晩ご飯を食べたいんだよ」
「すっごく嬉しいです! 私も、いつも一人きりで食事してたので寂しかったんです。やっぱりご飯は誰かと一緒に食べた方が美味しいですよね」
何気ない会話のつもりだった。だけど、僕は言葉に違和感を覚える。今、白雪さんは『一人きりで』と確かに言った。
「白雪さん、ちょっと訊いてもいいかな」
「はい、どうしたんですか? 真面目な顔しちゃって。響さんらしくないですよ?」
「お父さんは夜勤だから一緒にご飯を食べられないのかもしれないけど、でもお母さんとは一緒のはずじゃ」
僕の一言が、白雪さんの顔を一瞬曇らせる。でも、すぐにいつもの笑顔を作り直して話してくれた。そして僕はこのあと、初めて知るのであった。白雪さんがどうして漫画家になりたいのか。こんなにも頑張れるのか。
白雪さんの漫画家になりたいという、強い覚悟の理由を。
「えーっとですね。私のお母さん、いなくなっちゃったんです」
なんとなしに交わした帰り際の会話。思わぬ事実を告げられた。白雪さんのお母さんがいなくなっただと?
「いわゆる蒸発ってやつですね。突然、私達の前から姿を消しちゃいまして。あ、そんなに深刻な顔しないでください。大丈夫です、きっと帰ってきますから」
明るく振る舞う白雪さんだけど、いやいや、そりゃ無理だよ。さすがにお気楽な顔で聞くような話ではない。深刻な顔にもなるってものだ。
「きっと帰ってくるって……ちなみにいつから? 白雪さんのお母さんがいなくなってから、もうどれくらい経つの?」
「もう、一年になりますかね」
「い、一年……」
白雪さんは気丈にもそう言った。一年だって? 全然大丈夫じゃないじゃないか。だって、一年も蒸発していた人間が急にふらっと帰ってくるものだろうか。いや、ないな。絶対にない。締め切りに追われ、間に合わないからと現実逃避をして失踪する漫画家とはわけが違うのだ。
まあ、漫画家の失踪なんてもう慣れたけど。大体すぐに見つかるんだ。何故か分からないけれど、大体がゲーセンだったり公園だったりにいることが多い。たぶんだけど、本当は見つけてほしいんだと思う。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
「それでですね、私、お母さんにまた会いたいからプロの漫画家になりたいんです」
「お母さんと再会するために漫画家になりたい? え? どういうこと?」
「お母さん、漫画が大好きだったんです」
うーん、まだちょっと状況が分からない。理解に苦しむ。どうして漫画家になったらお母さんと再会できるんだ? と、そんな僕の疑問に答えるように、白雪さんは続けた。
「それで私も影響を受けて漫画が好きになって、小さい頃から絵も描くようになって。その絵を見て、お母さんがよく言ってくれてたんです。『麗ちゃんは絵が上手だから、将来漫画家になれるね』って。だから私が漫画家になったら、プロデビューしたら、きっとお母さんも読んでくれるはずなんです。きっと、今でも漫画は大好きで欠かさず読んでるはずですから」
そしたらきっと、私が描いた漫画だって気付いて連絡をくれるはず――そう白雪さんは希望と願望を詰め込んで言葉にした。うん、少しずつ話が見えてきた。この子の漫画家になりたいという覚悟は本物だと感じていたが、それが理由か。
叶うと信じて。
お母さんとまた再会できる日を夢見て。
けれど、どうしても疑問符が付く。白雪さんの描いた漫画を読んだとしても、果たしてお母さんは、それが娘が描いたものであると気付くのだろうか? もう少し突っ込んで話を訊き出したいところだけれど、さすがに訊きづらい。
とりあえず、今の僕にできることを考えよう。詳しい話は追々でいい。
「ねえ、白雪さん」
「はい、なんですか響さん」
「デート、楽しみにしてるね」
「えへへ、私も楽しみです、デート。あ、でも響さん? デートっていってもあくまで取材ですからね、取材。面白い漫画を描くためにデートをするんです。そこをお忘れなく」
そんな釘をさしてくる白雪さんだったけど、その顔には笑顔がいっぱいに溢れていた。