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私も あの人のように声で誰かを救えたら
私も この人のように言葉で誰かを紡げたら
私も その人のように誰かの一番になれたら
私も 気遣いで誰かを
そうしたら
そうしたら、私は救われるのかな。
そうしたら、存在意義を見い出せるのかな?
そうだと、いいな。
ねぇ、君はどう思う?
・・・
それは、水もやらず枯れたエーデルワイス。
黒ずみだす耳飾り。
すぅ、とミントのような香りが鼻腔をくすぐり
一筋の光のその先に小さな三日月が見えた。
君は この時、何を考えていたんだろうと
少し考え込んでみては
『 ああ、そっか 』
” 助けて欲しかったのか ”
と、妙に納得してしまって
君の姿を待つ。
最後に思い出すのは
上っ面の笑みを貼り付けた昔の君の姿。
「 望月さん 」
「 また 校則違反してるでしょ 」
『 してないよ 』
「 嘘 」
『 …広瀬くんは辛くないの? 』
「 なんのこと? 」
『 上っ面で、皆と接すること 』
君は数秒少し下を向いて目を見開いたあと
また、笑う。
「 …辛くないよ 」
眉を下げて
困ったような、救いを求めているような。
その笑みの意味を、きっと私は知っていた。
『 広瀬くんは たぶん偽善者だよ 』
その日のことだった。
君の自殺未遂が 学校中に広まったのは。
その事実を揉み消せなくなった学校長が
広瀬くんの居ない場で 溜息とともに吐いたのは
[ 自殺なんて馬鹿なんじゃないのか? ]
[ 命を無駄にする意味が分からない。 ]
ああ、そうか。
[ 死ねば沢山の人に迷惑がかかる。 ]
[ 勿論、家族や私達教職員もだ。 ]
やっと分かったよ広瀬くん。
私達、こんな場所から逃げなきゃね。
私達の笑顔を殺していたのは
間違いなく、この環境だ。
腰辺りの高さのフェンスを超え家路に着く。
そうして、テキストを開く。
14歳なのに、すごいね広瀬くんは。
私達、大人になれるのかな?
・・・
『 まさか 高校が一緒だったとは 』
「 一番会いたくなかった 」
「 そんなに頭良かったっけ? 」
『 失礼だね 』
『 広瀬くんを探してたから 』
「 馬鹿じゃないの 」
「 ここじゃなかったらどうするつもり… 」
『 絶対ここだと思った 』
『 あの時の広瀬くんは、ここに逃げる 』
「 …なんだかんだ 望月さんだね 」
「 あの時も、そう。 」
『 まあまあ、どうしてそうなったのか 』
『 教えて貰うまで帰れないな 』
「 寮生のくせに 」
『 言うようになったね 』
『 そっちの広瀬くんのが好きだよ 』
「 ここに来て 」
やっと ” 高校生 ” が何をするのか知ったよ
と、嬉しそうな笑みを零した。
『 なんか悔しいや 』
「 なにが 」
『 私はあの時、広瀬くんが 』
何を望んでいたのか知ってたのに、と
零そうとして
君を笑わせたかったのに、と
幾つかの希望を差し置いて
捌け口はここじゃない、と思い直して
『 広瀬くんが、好きだったのに 』
驚いたように目を見開く。
今はもうない
軽そうな黒縁眼鏡が揺れたような気がする。
「 嘘だ 」
『 ほんとだよ 』
「 だって、そんな素振り 」
『 皆が皆、広瀬くんみたいに 』
『 気持ちが分かり易いわけじゃないよ 』
「 …僕分かり易かった? 」
『 かなり 』
「 誰もそんなこと言わなかったよ 」
『 見え見えだったよ 』
『 先生に雑用頼まれて怒ってた時とか 』
照れたように口元を隠しては
夕陽が斜に差し込んで 美しく切り抜かれる。
「 恥ずかしいな 」
『 やっと 色んな広瀬くんを知れる 』
「 もう改心したからね 」
「 あの時の僕とは大分違うよ 」
『 いいの 』
『 あの時の広瀬くんは怖かったから 』
「 好きとか怖いとかなんなの 」
私は、広瀬くんが知らない以上に
広瀬くんの色んなことを知ってると思うよ。
『 ほら 』
とん、とシワの寄った眉間をつつく。
「 え 」
『 考える時にする この怖い顔 』
私、ほんとは好きじゃないけどね
「 恥ずかしいから辞めて 」
『 耳、真っ赤だよ 』
これから好きになっちゃったりするのかな?
・・・
『 へぇ、下の名前って優くんなんだ 』
「 知らなかったの? 」
『 そんなとこも優等生出してくんのね 』
「 望月さんの下の名前は? 」
『 知ってるくせに 』
「 あ、優花だ 」
『 ほんとに知ってたんだ 』
「 嘘はつかないので 」
『 あ、分かった 』
『 優くん、私の事好きなんだ 』
君は私の前の席で話していたのに
ぐりん、と前を向いていた。
『 え、なに 』
ちらりと覗く耳は
真っ赤に染まっていて
『 ははーん、私結構頭いいのかも 』
もうあの時の
他人以上友達未満の関係なんかじゃない。
「 うるさい 」
「 優等生のくせに 生意気 」
『 違いますー 』
『 優花の優は”優しい”の優ですー 』
もう、友達以上恋人未満だね。
・・・
「 これ、なんて読むと思う? 」
” 優曇華 ” と書かれた紙切れを差し出す。
『 ゆうくもはな… 』
『 あ、ゆうか 』
「 はいばーか 」
「 さすが赤点常連組 」
君と話すのは放課後だけ。
夕陽が斜に差し込む教室で
1時間や2時間そこら話すだけの関係。
「 うどんげ、って読むんだよ 」
『 うどん? 』
「 お腹すいてんの? 」
砕けた君の話し方が好きだ。
皆とは違う、もっと柔らかい話し方が。
君と再会して早半年。
世界は紅葉に一喜一憂している。
「 僕もお腹すいてきた 」
『 お昼食べてなかったよね? 』
「 先生に仕事頼まれてて 」
『 それは仕事じゃなくて雑用だよ 』
『 高校でも委員長の気分はどう? 』
「 めっちゃ面倒臭い 」
『 昔の優くんなら絶対言わなかったね 』
「 こんな事言うの優花の前だけだから 」
その言葉に 一喜一憂してしまう私も
きっと、紅葉の季節だ。
「 あ、見て 」
『 縁起いいね 』
『 好きな人と虹見たら 長く続くらしいよ 』
「 …あのさ 」
『 ん? 』
二人並んで 虹を眺める。
他に何も望まないからさ
二人だけの時間を、長く、続かせてよ。
「 好きです 」
『 なに、急に改まって 』
『 知ってるけど 』
「 良かったら、付き合ってくれませんか 」
『 ふふ 』
『 実はその言葉を待ってた 』
・・・
もくもくと湯気が立ち上る。
店内は活気に溢れ、
様々な話題が飛び交っている。
『 あの 』
対面でスマホを触る君に一言。
『 初デートがうどん屋とか 』
『 一体どういう神経してんの 』
ちら、と私と目線を合わせては
LEDバナーのアプリで返答してくる。
” 映画とかがよかった? ”
『 私がそんなに 普通の少女なわけ 』
” 遊園地? ”
『 行きたいけど、優くんは? 』
” ジェットコースター無理です ”
『 てかなんで喋らないの 』
” あそこに中学の友達がいて ”
『 結構気使うもんなんだね 』
” 色々あって ”
『 全部聞かせてくれる? 』
” 5分でおわるよ ”
『 じゃあ コソコソ話でいこう 』
「 ふふ 」
『 何笑ってんの 』
「 気使わなくていいなと思って 」
うどんを食べながら
君は淡々と話し続ける。
その淡白な態度が相まって
当時の事を思い返さないようにしているような
『 嫌なら話さなくていいんだよ 』
「 や、逆に聞いて欲しい 」
「 区切りをつけたくて、ずっと 」
ああ、君は私のことが好きじゃない。
たまたま、私が君の”居場所”だっただけ。
君の大好きな空間だっただけ。
好きなのは、私だけ。
・・・
『 優くん 』
「 待って、電話が 」
”広瀬くん”が”優くん”になり
”望月さん”が”優花”になり
いつしか 毎日同じ帰路に立って
何度も何度も似たような景色を眺めた。
君と再会して、1年と少し。
君は何度も自分と向き合って
君は何度も何度も自分の為に行動して
その度に尊敬してたよ。
「 ごめん、病院行かなきゃ 」
『 大丈夫? 』
着飾らない君の笑顔に慣れすぎてしまって
もう、昔とは違うんだと勘違いしていた。
「 うん、最近風邪気味でね 」
でもね、優くん。
私分かっちゃうんだよ。
ごめんね
必死に隠してるつもりかもしれないけど
私、ずっと君のこと見てたんだよ。
だから 嫌でも分かっちゃうんだよ。
『 気を付けてね、優くん 』
ねぇ、無理して笑わないで。
・・・
「 ねぇ、ベルトパンチ持ってない? 」
『 持ってるけど 』
日に日に痩せていく君の姿が
嫌なほど脳裏に焼き付いていて
「 貸してほしい 」
『 え、穴足りない系? 』
『 私より細いとかやばいよ 』
「 腹筋鍛えてて 出てこないんだよ 」
嘘つき。
『 あ、私の家おいでよ 』
『 ベルトついでに家族紹介する 』
「 僕良い子すぎて手放せなくなるよ 」
『 いいよ、住んじゃって 』
あのね、優くん。
聞いて欲しいの
「 …お邪魔します 」
『 緊張してやんの 』
「 見て、優花 」
「 手土産もちゃんと持ってきた 」
『 え、私が好きなとこのじゃん 』
『 覚えてたの? 』
君の優しさも
「 まあまあ、優秀なんで 」
頭のいいとこも
『 リビングにみんな揃ってます 』
「 5回くらい深呼吸させて欲しい 」
『 却下 』
真っ赤に染まった耳も
砕けた笑い方も
気にしいなところも
案外 けろっとしてるところも
全部、みんな受け入れてくれるよ。
だから隠さないで。
私にだけでも見せて。
『 優くん、部屋で話があります 』
「 なに? 」
『 家族で話した後にね 』
『 ふたりだけで話したいことがある 』
「 ちょっと怖いな 」
『 優くんの顔のが怖いよ 』
とん、と眉間に触れる。
『 大丈夫、みんな優しいから 』
「 …うん、ありがとう 」
仮面かぶって強いフリして
なんだかんだ 弱いんじゃんか。
大丈夫、私がいるよ。
そう言えたら 君は安心してくれる?
ちゃんと 安心して眠れる?
眠れなくても
安心できなくても
一番に思い出されるのは私がいい。
それは、我儘なのかな?
少なくとも
私が思い出すのは君だよ、優くん。
・・・
『 私に隠してること、あるよね? 』
君のことが好きだから
だから、どうしても分かっちゃうんだよ。
「 ないよ 」
『 嘘つき 』
凍てついた空気を和らげるように
りん、と君より先に風鈴が音をあげた。
「 …なんだと思う? 」
『 病気とか、そっち系 』
「 そっか 」
『 そっか、ってなに 』
「 優花に言ってもわかんないよ 」
『 そんなの聞くまで分からないじゃん 』
『 どうして言ってくれないの 』
「 …どうしても言えないことだってある 」
君が思ってるより、
君のこと大好きなんだよ。
『 …正直、信頼浅い? 』
「 そういう話じゃない 」
「 ただ、言いたくないだけ 」
『 そっか 』
『 根掘り葉掘りごめんね 』
そんなの疑うのが普通でしょ?
秘密事はなし、って
君が決めた約束じゃんか。
「 今週末、デートしよう 」
『 どこ? 』
「 ひまわり畑に行きたいなって 」
『 いいね 』
もし 本当に病気だったとして
それはそれは大変な病気だったとして
そうしたら、どうしよう。
『 ねぇ、一個聞いてもいい? 』
「 どうしたの? 」
『 もし 君がいなくなったとして 』
『 私はどうやって生きていけばいい? 』
「 普通に生きていけばいいよ 」
「 今まで通りの優花で生きればいい 」
君はいつも笑う。
「 僕も聞くけど 」
「 ひとりになったらどうすればいい? 」
これは単なる疑問なんかじゃない。
いつか必ず訪れる未来への不安と葛藤。
『 なんて答えると思う? 』
「 その時になったら教えるよ、とか 」
『 70点 』
「 残りは? 」
『 笑いたくない時は笑わなくていい 』
『 それだけ 』
私達、ちゃんと大人になれるかな?
君の笑い方に慣れてしまって
昔の笑い方を忘れてしまって
だから、
不安よりも希望の方が大きかった。
明日は何を話そう
明日はどんな景色が見れるのかな
明日の君はどんな顔をするんだろう
明日は
明日は
明日こそは。
・・・
「 何段目の左から何番目? 」
『 5段目の左から2番目 』
「 僕の誕生日だ 」
『 気付いちゃった? 』
「 ほんとに僕のこと好きだね 」
『 優くんには負けるけどね 』
『 てか、なんのこと? 』
「 内緒 」
「 ちゃんと覚えててね 」
君と再開して3回目の春が来ました。
4回目はもう別れの季節。
どうしたら 少しでも長く一緒に過ごせるか
最近はそればかり考えてて
君の小さな咳払いにも気付けないまま
気付けば桜は過ぎ去っていた。
桜を見に行こうね、なんて約束を
君は破ったことがなかったのに。
『 ダイエットでもしてるの? 』
「 してないよ、どうして? 」
『 前より痩せてる気がして 』
「 食べる量が減ったからかも 」
『 今度美味しいご飯屋さん行こうか 』
『 優花セレクション 』
「 いいね 」
「 明日にでも行こうか 」
『 優くん 』
『 私のどこが好きなの? 』
「 予想外なとこかな 」
『 そんなに変なことしてる? 』
「 かなりね 」
口癖も
手癖も
好みも
趣味も
どんどん君に似てきてしまって
「 僕のどんなとこが好き? 」
『 内緒 』
でもね、ひとつだけ。
君と似ない部分がある。
「 好きって言ってくれたことないよね 」
好意を言葉で伝えられないこと。
伝えなくても
私は君のこと大好きだもん、なんて。
「 好きって言ってよ 」
『 また明日ね 』
「 そっか 」
俯いた君の顔が見えなくて
ちゅん、と小さな雀が緑の葉を揺らした。
次の日
君は姿を消した。
・・・
『 …先生 』
[ 望月、どうした? ]
『 広瀬くんはどうしたんですか? 』
『 もう2週間は来てないと思うんですけど 』
[ 風邪が長引いているらしいぞ ]
『 …お願いします 』
『 本当のことを教えてください 』
[ …意外だな ]
[ 広瀬と仲良かったのか? ]
『 …まあ、それなりに 』
いつしか 君のいない日々を乗り切る方法を
聞いたような気がする。
[ 広瀬からなにも聞いてないのか? ]
君とは連絡がつかなくなって
家を尋ねても 誰も出てきてくれなくて
『 …はい 』
[ なら伝えたくないんだろう ]
『 お願いします 』
『 どうしてるのかだけでいいんです 』
会いに行けなくても
声が聞けなくても
段々記憶から薄れてきても
上書きされていく日々に必死に食らいついて
『 だから 』
そうして
君のことがどれだけ好きだったのか思い知る。
[ 望月にとって広瀬はなんなんだ? ]
だから
『 …大事な、人です 』
だから、会いたい。
[ そうか ]
[ ごめんな、望月 ]
だけど
叶わないことがあるなんて
君は教えてくれなかったよ。
君は私の願いを全部叶えてくれた。
私は君になにを返せたのかな?
『 …広瀬くんは私に”夢”を与えて 』
『 また、どこかへ消えました 』
『 今日明日明後日、そのまた次まで 』
『 私の夢を全部叶えていくんです 』
私にとって優くんは
光で、夢で、希望で、憧れで、それで
それで、言葉にできないくらい大好きな人。
『 なのに、何も返せてない 』
『 優くんはずっと 与え続けてくれたのに 』
それに、気付けなかった。
与えられるのが当たり前だと勘違いしていた。
『 もう 前みたいになるのは嫌で 』
『 もう優くんに死んで欲しくなくて 』
いつもこう。
失ってから気付くものばっかりで後悔する。
[ …中学のことを知ってるのか? ]
『 私は優くんに会いたかったんです 』
『 もう、あんなふうに笑わせないように 』
誰よりも強く振舞って
繊細な心を隠して いつも笑って
そんな優くんが心底嫌いだった。
でも
弱くても 立ち上がって
繊細でもなんとか守って はにかむように笑って
そんな優くんは
[ そうか ]
この世の誰よりも、大切で大好きな人。
・・・
[ …広瀬に頼まれてたんだ ]
[ 望月が気持ちを伝えたら教えるように ]
そうして口にしたのは
隣町の大学病院。
[ 試すようなことしてごめんな ]
[ 広瀬も、望月のことが大好きみたいだ ]
眉を下げて笑う先生は
”仕方ないな”、と諦めているようにも見えた。
[ 望月 ]
でも多分
私を応援してくれてるんだと思う。
[ 行ってしまったら戻れないぞ ]
[ 今の広瀬の全てを知ってしまう。 ]
『 それでも 』
そう考えるようになれたのも
『 それでも、いいんです 』
全部、君のおかげ。
『 私は、優くんが大好きだから 』
ねぇ優くん。
私、笑えてるよ。
君がいなくても笑えてるよ。
でも、君に会ったら
もっと 嬉しそうに笑うんだろうなぁ。
・・・
私は君の太陽になりたい。
そしたら私が雨を降らせない。
君は泣きたい時に泣いていい。
笑いたい時に笑えばいい。
「 ふふ、来たんだ 」
『 どうして何も言わないの 』
ベッドに身体を預けて
酸素マスクをつけた君と対面する。
「 待って、座る 」
『 そのままでいいよ 』
「 大事な話だから 」
そう言うと 君は少し顔を歪めながら座り
酸素マスクを枕元へ置く。
「 僕ね、癌なんだ 」
『 どこの 』
「 頭に腫瘍がある 」
『 いつから? 』
「 2年の秋頃から 頭が痛くて 」
「 悪化して、入院中 」
『 …治るんだよね? 』
「 なんとも 」
へら、と笑みを零す君と
昔の君が重なる。
『 何回も言うけど 』
『 無理して笑わなくていいんだよ 』
「 …うん、そっか 」
そう言うと
ぷつり、と何かが切れたように
「 優花が心配しちゃうかなって 」
『 もうしてるよ 』
『 先生に変な事頼んで 』
「 もしかしたら来てくれるかな、って 」
「 僕、優花のこと大好きだから 」
目に涙を溜めて
震える声で いつものように会話を交わす。
「 それでね 」
いつもの君とは違って
今日はひとりで 話題を変えていく。
何個か行き来した後
ああ、と声を漏らして
「 死にたくないなぁ 」
君らしくない、か細い願い。
『 …死なないよ 』
いや、君らしくないんじゃなくて
私が こんな君を知らなかっただけなのかも。
『 差し入れとかはいいの? 』
「 …うん、大丈夫 」
『 パン買ってきたよ 』
「 買いすぎだよ 」
君の小さな笑みに
こんなにも安堵してしまうなんて。
死にたくないね。
私、どうやって生きていけばいいんだろう。
・・・
『 うす 』
「 お疲れ様 」
毎日、君の病室へ足を運ぶ。
今日の授業の内容と 雑談を交わしながら
ふと、外へ目を向ける。
夏を感じさせる入道雲に
クーラーのよく効いた病室内。
そんな中で
私たちの短すぎる余生が終わっていく。
「 …もう帰るの? 」
『 今日は バイトがあって 』
「 バイトとかしてたっけ 」
『 大人の階段登ってますから 』
「 羨ましいな 」
けほ、とまたひとつ咳が零れる。
『 優くん 』
『 私の誕生日までは生きててね 』
「 ええ、どうしようかな 」
『 あと3日で私も18歳だよ 』
「 うん、絶対お祝いするよ 」
約束の尊さを知った。
もうすぐ消えてしまうその命に
どうにか、救いを差し伸べて欲しいと
君じゃなくて良かったのに、と
望みばかりの重荷を背負わせてしまう。
ねぇ、神様。
信じたことなんてないけれど
もし本当にいるなら
情けをかけてくれるなら
どうか、優くんを
少しでも長く 生きさせてください。
優くんが居なくなったら、私
私、どう生きていけばいいのか分からない。
もう思い出せないよ。
・・・
短期バイトで稼いだ 数枚の札を財布にしまい
商店街にある ジュエリーショップへと向かう。
『 すみません 』
『 印字の指輪って幾らくらいですか? 』
君のためならなんだってしたくなる。
どこの店でも
君を思い出して つい何でも手に取ってしまう。
値段なんて見ずにレジへ運んで
思った何倍も高い値段に足がすくんだし
探してた小説を2冊買って
君の知らないところでお揃いにだってした。
値段が愛の大きさだとか
私はこれだけ愛してるのに、とか
思ったことがないし
ただ、君の笑顔が見たいだけの行動だし。
こんな我儘で自己満足な私にも
君は君らしく沢山の愛をくれた。
それに答えたいだけ。
『 …HY、こっちはMYでお願いします 』
[ ペアリングですか? ]
[ お若いのに、愛ですねぇ ]
『 明日、プロポーズをするんです 』
優くん
あのね
[ 箱の色は何色にされますか? ]
『 紺色でお願いします 』
あのね、言ったことがないけれど
[ どうか、上手くいきますように ]
[ 応援してます ]
あのね
…やっぱり、明日伝えるよ。
・・・
『 朝からごめんね 』
『 え、着替えてどうしたの 』
君は いつしかみた紺のトレーナーを着て
少し伸びた前髪を綺麗にセットして
「 外出許可出してもらったから 」
まるで 異国の王子様のような雰囲気で
私の手を取る。
「 行こ、連れていきたいところがある 」
俗に言う王子様と少し違うところは
目の下の薄い隈と、痩せすぎた 身体だけ。
『 優くん、王子様みたいだね 』
「 今日は僕に全部任せて 」
もう、君に時間は残されてないみたい。
そう感じてしまうほどに
君の手は 筋が浮き出ていた。
強く握られた右手を こちらも強く握り返すと
君は にや、と笑みを浮かべた。
悲しいくらいに ”普通”の日。
少し前に遡ったような気分に陥る。
「 ここのパフェ、来たかったんだ 」
『 いちごのわけっこしよ 』
君の食欲は 日に日に薄れてきて
最近は手付かずになることもある、と
君のお母さんは少し悲しそうに話してた。
昔から妙に物分りがよくて
そのせいで、嫌な程に感じ取ってしまう。
優くんを私にください、と
君のいない場所で 君の家族と対面した。
優を君に背負わせてしまうのは、と
君のお父さんは 困ったように笑った。
君にそっくりだった。
物腰柔らかそうなお父さんと
あまり負の感情を表に出さないお母さん。
ああ、優くんは
こんなにも良い人に愛されて育ってきたのか。
そう思うと
私も同じように優くんを愛したくなる。
「 今日は優花の誕生日だからさ 」
「 一日優花の好きな所に行こうと思う 」
『 嬉しい 』
『 外泊しちゃう? 』
「 全然あり 」
『 ふふ、夜になったらまた考えよう 』
無理なことだってわかってる。
君に無理をさせてるって、わかってる。
でも、今日だけは
『 優くん 』
『 夜の予定、もう組んでる? 』
「 まだ 」
『 夜ご飯は私に任せてね 』
「 楽しみ 」
もう終わっちゃうかもしれないこの時間は
今までで一番嬉しくて楽しくて悲しくて
どうしようもなく、泣きそうになる。
気を緩めると泣きそうで
ちら、と君を見ると 君もこちらを見ていて
「 どうしたの? 」
とん、と私の眉間に指を当てる。
いつも私がやっている動作に
胸が締め付けられて
「 泣きそうなの? 」
『 そんなことないよ 』
「 泣きたい時は泣いていいんだよ 」
そんなわけないじゃんか。
『 ごめんね 』
『 楽しいはずなのに 』
君がいなくなるかもしれないなんて
「 いいよ 」
「 そんな日もある 」
『 優くん、私我儘なのかも 』
「 もう知ってるよ 」
「 今日はとことん我儘言ってよ 」
『 ハグしたい 』
ねぇ、優くん。
君は怖くないの?
「 恥ずかしいな 」
それとも
もう 涙が枯れるほど泣いちゃったの?
「 優花、おいで 」
少し田舎の レトロ溢れる喫茶店の
よく陽の当たる窓際の席で
君は私を抱きしめてくれた。
暖かくて
少し 強くて
でも優しくて
斜に差し込む 朝日の中で
君の瞳は キャラメル色に輝いていた。
『 優くんも泣きそうなの? 』
「 ううん、もう泣かないよ 」
『 嘘つくの下手くそだね 』
君の 柔らかな髪を撫でつける。
『 優くん、どうしてそんなに優しいの 』
『 私は優くんみたいになれないよ 』
「 僕は優しい人に育てられたから 」
「 後、優花がお手本になってくれたから 」
『 お手本? 』
「 そう 」
「 いつまで経っても校則守んなくて 」
君は思い出すように
長い睫毛を重ねて 言葉を紡ぐ。
「 そんな生き方もあるのか、って 」
『 悪いお手本だ 』
「 ううん 」
「 君に 偽善者って言われたあの日は 」
嫌な思い出が蘇る。
クラスメイトなのに
話したことなんてほとんどなかったのに
「 期待が大きすぎて死にそうだった 」
君は 目を開いて
笑って
「 だから飛び降りた 」
今度は私の頭を撫でる。
骨張っていても 優しくて
「 優花のおかげで強くなれたんだよ 」
『 私も優くんがいたから強くなった 』
『 死ぬ気で勉強した 』
君にもう一度会いたくて
私こそ 君を笑わせられるから、って
「 優花は凄いよ 」
「 だから大丈夫、怖がらなくていい 」
きっと何でも乗り越えられる、と
君は 優しそうな笑顔で呟いた。
『 ありがとう 』
『 ね、後で本屋さん行こう 』
「 何買うの? 」
『 優くんの好きな本教えて欲しい 』
『 私も読みたい 』
「 可愛い 」
私も君のように言葉で誰かを紡げたら
私も君のように誰かの一番になれたら
『 優くん 』
私も君のように 声で誰かを救えたら
『 いつも、助けてくれてありがとう 』
そうしたら、きっと幸せだね
そうしたら、一緒に幸せになれるね
・・・
街中にある 大きなビル。
その中に佇む 名の知れた有名店の中。
『 優くん 』
『 私と、結婚してください 』
紺色の箱の中から キラリと姿を見せる
刻印の入ったひとつの指輪。
それが何を意味するのかを
当然君も知っているようで
「 …ダメだよ 」
「 僕はもう長くないんだよ 」
目を伏せて
困ったように眉を下げて笑う。
いつもは 嘘つきの顔なのに。
『 それでもいいの 』
『 私は優くんが好きだから 』
どうしてか 何か愛しいものを眺めるように
何か 繊細な物に触れるように
「 優花をすぐ一人にしちゃう 」
「 この先僕を背負うのは荷が重すぎる 」
私の 手を両手で包み込んで
「 …それでも、いいの? 」
『 勿論 』
暖かい店内の中で
また ひとつの暖かさがぷかりと浮かぶ。
それは 愛のカタチで
私達の愛は すぐ割れるシャボン玉で
『 ありがとう 』
『 優くん、あのね 』
それでも
「 うん、僕もありがとう 」
それでも、抱き締めたいと望んでしまう。
『 あのね、大好きだよ 』
もし割れてしまっても
私達なら、また、紡げるから。
・・・
横たわる君の心臓に
カーテンから漏れた夕陽が刺し込む。
吐息さえも愛しく感じてしまうほど
私は君を愛してやまない。
『 優くん 』
「 優花、来てたんだ 」
日に日に長くなる睡眠時間は嫌いだけれど
目覚めた時の寝癖と 赤い頬が好きだ。
「 そう、一緒に行きたい所があって 」
『 どこでも行こ 』
「 院内の図書館なんだけどね 」
「 どうせなら優花と行きたいなって 」
君は よく夢を語るようになった。
理想論者、とでも言うんだろうか。
「 進路はどうする予定? 」
『 医学部受けてみようと思ってる 』
「 また難しいのを 」
『 優くんを救えない医療を変えたくて 』
『 もっと進展すれば救えるかもしれない 』
優くんのおかげで
決められなかった進路をすぐ決められた。
『 もし私の手で救える命があるなら 』
『 私は、それを守り抜きたい 』
夢がやっと明確になって
自分で自分に夢を与えられるようになった。
「 かっこいいね 」
「 やっぱり優花は最高だ 」
『 優くんは? 』
「 …ずっと叶えたかった夢があって 」
「 警察官になるんだ 」
もう叶わない夢を
君は これから叶えるように呟いた。
「 医者と警察官ってすごいね 」
「 年収いくらになるんだろ? 」
『 おじいちゃんになっても遊べるよ 』
『 古めの一軒家買いたい 』
「 縁側で和菓子、めっちゃ好き 」
君のおかげで夢の見方を知った。
やっと、やっと 君と肩を並べられた。
君と同じように夢を見て
君と同じように勉学に励む。
君と同じように夢を追いかけて
君と同じように人生の進路を決め続ける。
それが
たったそれだけの事が
私にとってはどうしようもなく愛しいこと。
「 優花 」
「 僕、言わなきゃいけないことがある 」
少し真面目な顔をして君は言う。
眼鏡の縁と瞳が重なって
君の表情は見えないまま。
「 僕、あと一回で 」
長い睫毛が重なって
一度、迷うように揺れた。
それでも
「 …次の、発作で死ぬんだ 」
君はいつもと変わらない笑みを浮かべた。
・・・
「 あの世でどう、とかより 」
「 今をしっかり生きてください 」
死を目前にした君は
おかしいくらいにいつも通り。
『 …無理だよ 』
『 私生きていけないよ 』
「 なんとかなっちゃうのが人生よ 」
『 …怖くないの? 』
「 怖くないよ 」
「 もう、覚悟はできてる 」
ねぇ、優くん
君、笑顔が上手になったね。
でも、嘘つきの 笑顔だったと思う。
最後の最後まで君は人の為に笑うんだね。
君らしくて、もう
もう、
・・・
抱きしめられた記憶から流れ出た赤い雫。
最後くらいは、自分に正直になろうと思う。
” 広瀬くん ”
そう呼ぶ声が 嫌いで仕方なかった。
自分中心の世界で生きているような
他人に迷惑がかかっているのを気にもしない
そんな、望月優花が大嫌いだった。
望月の迷惑を被るのは僕ひとり。
”委員長として”、何度言われたんだろうか。
…でも、本当に正直になるとするなら
僕には到底出来ないその生き方に
自分の為に生きるその姿に
少し、ほんの少し憧れを抱いていた。
こんな醜くて 汚い感情は
いつまで経っても 煮え続けて
”人様に見せるものじゃないの ”
そう言い聞かせて、いつも笑って過ごして
そんな自分も
心底 大嫌いだった。
『 広瀬くんはたぶん 偽善者だよ 』
うるさい。
好きなように生きる奴に何がわかるんだ。
伝えなかった言霊が
もうひとつの僕になって
「 …ほんとに死んだらどうしよう 」
「 いっか、他にも沢山人はいるし 」
身体の内側でナニカを叫んでる。
” 誰か、助けに来てくれないかな ”
そんな幻想をしては、溜息が漏れた。
ああ、欲しかったのに。
自分らしく生きる勇気を求めていたのに
気付けば証明問題ばかり解いている。
求めるのは Xなんかじゃない。
勇気の出し方だよ。
悔しかったのに。
皆が 楽しそうに生きる中で
僕だけがプレッシャーに囲まれて
努力もなんにも知らないで
地頭がいいんだよね、なんて
悔しかった。
死ぬほど悔しくて、 死にたくなった。
誰かにわかって欲しかった。
誰かにかわって欲しかった。
駄目だよ、全部隠しておくの。
これが ” 僕の生き様 ” だから。
こう生きるしか、道を知らないから。
・・・
「 優花 」
ごめんね。
『 なに、優くん 』
「 いい知らせと悪い知らせ、どっち? 」
頭のことを言わないと
言わないと、いつもみたいに逃げてしまう。
『 悪い方からいこうか 』
「 あのね 」
ごめんね、やっぱり
悲しいのはひとりで充分だから、と
「 …嘘、なんでもない 」
『 なにかありそう 』
「 いい知らせは 」
「 購買でメロンパン勝ち取りました 」
『 え、あの幻の? 』
『 優くん最高すぎる 』
もう昔みたいに笑って誤魔化さずに
醜く笑わずに生きていけるようになって
こんな話を君にしてしまうと
また醜い笑顔を晒してしまう気がして
これ以上醜くなりたくないのと
もう君に嘘をつきたくないだけ。
・・・
夜中、ひとりで 本を読んでいた時のこと。
ふと、涙が止まらなくなった。
知らなかった。
泣いてしまうくらいに、生きたいなんて。
「 …はは、 」
「 死にたくないなぁ… 」
僕の中で誰にも見付けられずに
こんな色になるまで、泣いていたんだね。
君なら僕になんて言うんだろうか。
こんな僕をみて、なんて言うんだろうか。
きっと、優しく眉を下げて微笑んで
細い指で僕の頭に手を添えて、撫で下ろして
『 綺麗よ 』
・・・
『 広瀬くん 』
懐かしい夢を見る。
『 あのさ、提出物忘れちゃった 』
渡しそびれた心から流れ出た、青い雫。
「 …怒られるの僕なんだけど 」
けら、と平然を装って笑みを浮かべる。
人様に浴びせるものじゃないの。
こんな気持ちは
笑って誤魔化すしかないの。
余すことなく飲み込んで
『 何回も言うけど 』
『 広瀬くんは自分の気持ちないの? 』
遠くの海の底に沈んで
「 あるよ 」
『 …ふーん 』
『 誰かが磨いてくれるの待ってるの? 』
「 なにを? 」
『 広瀬くん自身を 』
『 何も出来ない原石から宝石になるまで 』
そのまま宝石ににでもなれるのを待つわ、
とか
「 原石とか宝石とか、よく分かんないや 」
待てたら楽なのにね。
君は馬鹿だよ、望月さん。
そんな いつしかの夢を見る。
・・・
『 お、起きてる 』
珍しい、と言わんばかりの顔をして
僕の枕元に一冊の本を置く。
『 頼まれてた画集買ってきた 』
「 ごめん、ありがとう 」
「 引き出しに財布入ってる 」
『 いいよ、別に 』
「 ね、ひとつ聞いてもいい? 」
『 どうしたの? 』
「 なんで、僕が笑ってないって 」
「 嘘ついてるの分かったの? 」
『 なんとなくかな 』
『 私、そう言うの長けててさ 』
もう死ぬんだと、唐突に 思った。
「 優花 」
『 んー? 』
今までおなじ、ゆらゆら揺れる頭痛が
僕を襲って
今までと同じように
目眩で 視界がぼやける。
「 きて 」
見たい。
優花の顔が見たいよ。
『 わ、どうしたの 』
ふわ、と 君の頭を撫でる。
「 あのさ 」
「 逃げるのは悪いことじゃないからね 」
「 最悪の状況でも自分を守れるのなら 」
「 逃げても、戦っても、いいと思う 」
今伝えられることを伝えて
それで
「 それと 」
それで、きっとお別れ。
「 優花、愛してるよ 」
悲しくないよ。
『 なに、急に 』
照れたように頬を赤らめたんだと思う。
ぽ、と体温が上がった気がしたから。
『 私も大好きだよ、優くん 』
今度は 僕の頭にぽん、と手を置く。
『 優くんこそ 』
『 夜中でも気にせず連絡していいからね 』
ねぇ、なんでかな。
あんまり悲しくないよ。
多分、優花がこれ以上ないくらい
愛してくれたから。
もう悔いが残らないくらいに
僕を笑顔にさせてくれたから。
それと
優花を信頼しているから。
僕がいなくなっても
君は、きっと生きていてくれる。
「 天気悪くなるかもだから 」
そんな適当な理由で 君を送り出す。
「 行ってらっしゃい 」
「 気を付けてね 」
『 行ってきます 』
『 優くんも、転ばないようにね 』
涙か 発作前のめまいなのか
ぼやけた視界の中で
歪んだ君は小さく手を振っていた。
最後に
「 あ、ちょっと待って 」
『 まさか 』
『 あの優くんが自分からハグを? 』
一見華奢な身体からは想像できない
人間の身体の厚み、体温を孕んだ衣服。
ぽんぽん、と軽く背を叩くと
空洞に響くように 軽はずみな音を立てた。
「 …よし 」
「 おまじないかけといた 」
『 可愛い 』
『 なんのおまじない? 』
「 内緒 」
『 ふふ、優くんらしい 』
『 またね 』
「 うん、バイバイ 」
優花
世界で一番 愛してるよ。
・・・
憎たらしい曇り空に
湿気を孕んだ 空気に囲まれる。
湿ったコンクリートの匂いと
写真の中で笑う君の姿。
口を開けば ご臨終、ではなく
必要のない二酸化炭素ばかりが溢れ出る。
すすり泣きしか響かないこの空間で
ひとり、溜息を漏らした。
・・・
[ 優花ちゃん ]
負の感情を表に出さなさそうなあの人。
目元は腫れ、口元には優しく笑みが浮かぶ。
[ 優のこと、ありがとう ]
[ あの子のあんな笑顔を見たのは ]
初めてだったの、と貴方は言う。
伏せて笑う貴方は
どうしようもなく 君の照れた時に似ている。
[ 優花ちゃんが居なかったら ]
[ あの子は今も笑えてなかったと思う ]
辞めてください、なんて言葉よりも先に
『 …私でよかったんでしょうか 』
そんな疑問ばかりが浮かぶ。
『 探せば探すほど、分からないんです 』
『 優くんは本当に笑ってたのか 』
もし私じゃなかったら
君はもっと溌剌と笑えたのかもしれない。
もし私じゃなかったら
君はもっと感情的になれたのかもしれない。
もし私じゃなかったら
君は、笑えてなかったのかもしれない。
いつも君が与えてくれた解から
答を導き出しても
[ 優花ちゃんじゃないと駄目よ ]
『 私、泣けないんです 』
見つかるのは新しい問ばかり。
『 優くんにまた会える気がしちゃって 』
どうしてか
君はまた目の前に現れてくれる気がして
[ …愛してたから泣くんじゃなくて ]
[ やりきれなかった事に対して泣くの ]
もちろん 愛してたから泣くのも大正解、と
貴方は小さくこぼす。
[ 私はあの子に我慢させてたから ]
[ もっと何か出来たなぁって泣いたの ]
そうか、と妙に納得してしまった。
もしかしたら
私は これ以上ないくらい愛せたのかも。
同じように
優くんに沢山愛されて
後悔なんてしないくらいの大恋愛をして
失恋した訳でもなく、いつも通りで
そうやって これから先も生きるから
君の事を思い出して微笑みしか零れないから
だから、泣けないんだと
そう、貴方は教えてくれた。
君のことを思い出す。
” 泣くのは悪いことじゃないよ ”
” 次に繋げればいいだけの話だから ”
そう、私の頭を撫でてくれた。
君も教えてくれてたんだね。
やっと、ちゃんと理解できたよ。
[ それと ]
[ これ、優からのお届け物よ ]
ムカつく程に曇りきった空から一筋の光が
いつしかの君と同じように
今度は私の心臓に斜に差し込んだ。
・・・
優花へ
もう死んでるってことだと思うけど
フライングなら読まないでね。
手、力が入らなくて汚いけど
頑張って解読して 答えを探してください。
優花、まずは
僕と一緒にいてくれてありがとう。
正直、死にたくないなって思って
柄じゃないけど 毎晩泣いてたよ
でも優花が来てくれるから
朝起きた時に 顔洗って、気引き締めて
そうやって、ずっと頑張ったよ。
優花も僕のために頑張ってくれてありがとう
指輪、すごい嬉しかった。
でも一緒に火葬はできなさそう。
だから、僕考えました。
前、「何段目の左から何番目」って質問して
優花がなんて答えたのか覚えてる?
それが答えだよ
僕の部屋の棚、探してね。
もちろん全部ひっくり返してもいいし
好きなの全部持ってったらいいけど
もし良かったら
ほんとに、優花が迷惑じゃなかったら
この答えとなるものを持ってて欲しい
その本には 紐の栞を挟んであるんだけど
それに僕の指輪を結んでほしいな
手紙、短いけど
今言った本が僕の全部の気持ちだからね
優花
今まで本当にありがとう
僕よりもっといい人見つけたら
ふたりでお墓参りに来てください。
僕が見定めしてあげるよ
あと、優花のこと守ったげる
愛してるよ、優花
どうかこれからも生きててね
優
・・・
所々滲んだ文字に
震えた線で判別のつかない字もある。
でも
それでも
『 …はかだ、もう 』
君を愛したことへの答えが
疎らに繋がり始めたような気がした。
ひとつ、またひとつ。
少しずつ降り積っては
” 優花、考えすぎなくていいよ ”
下から順に、崩れていく。
” 考えるのはいい事、でもね ”
” 無理に探さないほうが見つかるものもある ”
植えた日付も覚えていないものから
一輪、また一輪と枯れてゆく。
” それは優くんの隠し事に対して? ”
その度に
枯れた分だけ植え直して
” ちょっとだけね ”
” 我慢しすぎないように生きなさいよ ”
新しいものだけが残り続ける。
優くん
私、優くんのこと、忘れたくないよ。
でも きっと忘れちゃうから
だから
[ 優花ちゃん ]
[ 最後、見ていく? ]
『 あの、凄い失礼だと思うんですけど 』
『 目瞑ってて貰えますか 』
[ ふふ、いいのよ ]
綺麗に死化粧が施された君の桃の唇に
一度だけ、キスをした。
涙が出た。
ほんの、すこしだけ。
私は君の3年間を奪っても良かったのかな?
私は君と一緒にいて良かったのかな?
ねぇ、答えてよ。
ねぇ
優くん
君は、幸せだったの?
幸せだったらいいけど
私はすごく幸せだったけど
ふ、と笑みが零れた。
『 優くん、綺麗だね 』
これが最初で最後の
君と私の
もう二度と訪れない
君と生きる世界での最大限の愛のカタチ。
・・・
朝起きて
未だピン留めされた連絡先を見ると
一方的に送り続けている文言を見ると
積まれた教科書を見ていると
どうしても、死にたくなる。
生き続けてしまっている自分に
罪悪感さえも 感じてしまう。
君の答えは探しに行けてない。
見つけたら、きっと
きっと満足してしまうから。
君との約束を叶えられないから。
[ 優花、今晩は降るらしいわよ ]
[ 風邪ひかないようにね ]
『 …お母さん 』
『 ほんとに行かせる気? 』
[ ずっと待ってるのよ ]
[ 早く行ってあげないと ]
眠っている間に過ぎ去る雨が嫌いだ。
気付かぬ間に消えてしまう愛が嫌いだ。
知らぬ間に忘れてしまった声が大好きだった。
『 …私、嫌 』
『 優のそれを見つけたとして 』
君のいない間に
君の呼び名は優になりました。
君のいない間に
私の成績はぐんと下がりました。
『 そうしたら、どうすればいい? 』
君のいない間に
君の声と、感覚と、温度を忘れました。
『 もし思ってたのと違ったら 』
『 もし、嫌われてたら 』
君のいない間に
私達を繋ぎ止めるのは写真だけになりました。
この写真がなかったら
私は、優の顔を忘れてしまいます。
たったそれだけの
たったそれっぽっちの愛しか
[ …そうだったとして ]
[ そんな事で優くんを嫌いになるの? ]
注げなかった私に
君を知る権利があるのか。
『 …なれないよ 』
そう考えて
いつも、同じ解に辿り着きます。
[ なら大丈夫よ ]
[ 行ってらっしゃい ]
行ってらっしゃいは
” 無事に行って、帰っていらっしゃい ”
行ってきますは
” 行きますが必ず帰って参ります ”
愛は、それと同じだと教えてくれた。
愛は、そんな単純だと君は教えてくれた。
愛するという事は
悲しみ嘆く事も罵りあう事も 不安になる事も
伝え合うことも 表現することも
全て、信頼を基盤に成り立つもの。
そんなことを思い出して
まだ、信頼してるんだなぁと思い直して
ちっぽけでも愛せたことに
君も満足してくれていると自己暗示をかけて
信頼故に成り立つ小さな自己暗示で
今日も、生きていける。
・・・
[ 優の部屋はそのまま残してるの ]
[ 何でも持って帰っていいからね ]
そう、貴方はまた私に微笑みかける。
君の部屋の角にある本棚の
5段目、左から2番目の薄い冊子を手に取る。
” 優花へ ”
そう書かれているだけなのに
どうしてか涙があふれる。
どうしても、君のことを思い出してしまう。
いくつかの箇条書きで記されたことに
少し首を傾げながら 従う。
鍵のされていない引き出しから出てきた
可愛らしいデジタルカメラを起動する。
病室から見える桜の木や 珍しい雲
院内で開催されたであろうイベントの写真。
少し遡ってみれば
何気なく笑う私がいた。
同じように
私のスマホの中には何気なく笑う君がいる。
見比べては
似たような口角の上げ方に少し笑みがこぼれる。
” ずっと一緒にいたら似るもんだね ” と
いつしかの君は 照れたように笑った。
” そうかな? 優くんの仕草好きだから嬉し ”
そう、私もまた照れたように笑った。
私達を繋ぐ 様々な笑顔が知れる度に
どうしようもなく、また 口元が緩んだ。
・・・
数え忘れちゃうくらい 春が来て
年々暑くなり続ける夏が来て
『 …暑、 』
燦々と照りつける陽光に背中を押されながら
長く続く和風の墓の中から君を探す。
” 広瀬家 ” 、と書かれたそこに
君の家族との、何年か前の記憶が蘇る。
『 優、今年やっと会えたね 』
持ち運ぶうちに湯になってしまった水をかけ
君の好きな花を添え、五円玉を置く。
『 あのね 』
『 優の癌が治せるかもしれないの 』
今までのことが全て報われてしまうほど
偉大な研究結果を 遺してくれた人がいた。
その人のお陰で
君のような人を何人も救えると思うと
『 試薬はまだできてないんだけど 』
『 やっと、やっと薬ができたよ 』
嬉しくて、たまらなくなる。
『 今日はまた 病院戻らないとだからさ 』
『 また今度ゆっくりできる時に来るね 』
君のお陰で夢を追い続けられた。
『 それじゃ、またね 』
君のお陰で3回しか失敗しなかった。
4回目、やっと医学部に受かることが出来た。
『 優 』
君がいたから
私は今日も生きていける。
『 あのね、大好きだよ 』
今日もどこかで、花が咲く。
コメント
3件
やばい、あの、ほんと、収まりきらないわ。 まず、ブルーアンバーの歌詞パロ!!見事です!!!!✨️✨️ 歌詞と会話がマッチしていて、すごく「らしさ」があったと思う。夜中に見て大泣きしたわ。 そして、心臓に差してある光。サムネにも表現されてたね。 心臓は、言わずもがな生きることを証明するもの。それに光が差すって表現が素晴らしい! あとあと、人が最初に忘れるのは声だから、それも反映されてて最高によかった。
終わり方ちょっと微妙だけど、やっと書き終わった!! 1ヶ月かかった!!!笑 2万字ちょっと 読んでくれてありがとう!!