テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
つんざくようなブザー音が教室に響く。
「……助かった……」
葉月は床に座り込み、かすれた声でつぶやいた。それが彼女の本音だろう。
「おめでとうございます、厚目葉月さん」
スダがポケットからスイッチを取り出しながら、にやりと微笑む。
「助かるのよね? ねえ、助かるんでしょう!」
葉月は叫んだ。
「ええ。ですが――」
スダがスイッチを押すと、教室の壁と床がぐらりと変化し、一面グリーンバックの部屋になっていた。
「……何これ……どういうことなの……?!」
葉月は叫んだ。
スダは薄い笑みを浮かべ、言い放った。
「さあ――あなたたちで、この先をどうするか決めてください。全員、生きていますからね」
「えっ……生きている?」
スダは頷いて満足げに笑みを浮かべ、教室を見渡した。葉月も……訳もわからない顔をしていると黒い布の下で死んでいた仲間たちが次々と出てきた。
切られて死んだはずなのだが……中には首も吹き飛んだものもいたのに全員そのまま。血もついていない。
教室だった場所はざわつく。そして皆それぞれ何が起きたのか、大丈夫かと安堵の声をあげる。
だが……
「首輪……まだ首輪が!」
と1人が叫ぶとまたざわつき始めた。
「触るな、また爆発するぞ!」
「もう一度やり直しかよ!!」
さらに混乱するなか葉月だけは焦点も合わず呆然と座っている。そんな彼女に誰も近づこうとはしない。
スダが手を叩く。静寂に戻った。
「全員が助かって良かったですね。その首輪は超最新鋭のホログラム装置でまだ試験段階ですがこういうデスゲームとかサバイバルゲームを超リアルに体感できるんです。某アトラクションでも導入予定で命の重さを体感できるのでは、と。まぁすごくリアルすぎましたね……」
それを聞いてまたざわつくがまたスダが手を叩く。
「ただし――“生きている”のは身体だけです。社会的にはもう”死んだ”も同然。だって、これ全部、配信されてますから」
全員がスダを凝視する。
「……配信?」
誰かが震える声で呟く。
スダはスマホを取り出し、とある動画を見せつける。そこには膨大な視聴者数を示すカウンターと、次々と流れるコメントが映っていた。
「えぐすぎるwww」
「葉月泣いてるの演技? ガチ?」
「ハルキ首いったぞ……!」
「この番組やばい、止められん」
スダは平然と続けた。
「これ、人間の心理実験という名のバラエティ番組なんです。“極限状態で人間はどんな行動を取るのか”――視聴者はそれを見て楽しむ。そしてこれ、名前も顔も全部さらされてますからね」
スダの言葉に、全員の顔が青ざめた。
「さっきの殺し合い、裏切り、醜態……全部録画済み。で、内定先も割れてますから、SNSで拡散されるのも時間の問題ですね」
その場の誰もが息を呑む。
「なんでそんなことに……」
信成子が震えた声でつぶやく。
真威人と胡桃はお互いを抱きしめ、震えを隠そうとするように肩を寄せ合う。
信成子と時雄も同じように、ただ強く抱きしめ合っていた。
梨々花と星華は涙を堪えきれず寄り添い、雫も無言で梶原にしがみついていた。
そんな中、源喜が何かに気づいたように顔を上げる。
「待てよ……この卒業旅行の手配をしたのって、確か……」
全員の視線が一斉にスダに向けられる。
スダは無邪気な笑みを浮かべながら頷いた。
「そう。これは彼からの応募がありましてね。ねぇ、ハルキくん」
その言葉に、全員が振り向く。
その視線の先……黒い布が動いた。
「……」
全員が息を呑む中、血まみれで自分で死んだはずのハルキがゆっくりと立ち上がった。
「……嘘っ……?」
葉月が青ざめた表情で後ずさる。
「嘘じゃないよ……みんな」
ハルキは俯き、やがて顔を上げた。その目は、これまでとはまるで違う光を宿していた。冷たく、全員を射抜くような視線だった。
「なんで……ハルキ……?」
スダは隣で満足げに微笑みながら、ハルキに目を向ける。
「さあ、主役の復活です。この物語をどう締めくくるか、決めるのは君たち自身ですよ」
全員が声も出せずに震える中、ハルキの一言が教室に響き渡る。
「……お楽しみは、これからだよ」
ハルキは教室に取り残された者たちを振り返ることなく、スダとともに廊下を歩いていた。
扉の向こうで泣き叫ぶかつての仲間達の声がまだ微かに聞こえるが、二人は何もなかったかのように無言で階段を下りていく。
廊下を抜け、エントランスに出たところで、スダが無線機を手に取り、どこかに連絡を始めた。
「こちらスダ、完了しました」
さっきまでの冷酷な態度とは打って変わり、彼の声は妙に腰が低く、口調も砕けたものに変わっていた。
無線を切ると、肩をすくめるような仕草でハルキに笑いかける。
「ハルキくん、ほんとおめでとう。約束通り、採用だよ」
スダは続けて言う。
「社長以下、役員全員が一致で君の採用に賛成したってさ」
ハルキは少しの間、無言でスダを見つめていたが、やがて静かに頭を下げた。
「ありがとうございます。あなたが声をかけてくれなかったら、僕はただ……消えていくだけだったと思います」
彼の脳裏には、面接後にスダが声をかけてきた日の記憶が蘇る。他の放送局の採用試験に落ちたハルキにスダが声をかけたのだ。
この制作会社の社員の一人であるスダが提案したのは、この企画そのものだった。
「視聴者も売上も、SNSの反応も、今までの中で一番だったらしいよ。すごいよ、ハルキくん」
スダが笑いながら言うが、ハルキはどこか遠くを見つめたままつぶやいた。
「ありがとうございます」
「でも君も死んだんだよ、それと引き換えにここに採用ってこと忘れてないよね?」
スダが顔を覗き込むとハルキは笑った。
「まぁいいですよ。あれだけ晒されてるし、それ以前に僕はもう“死んだつもり”です。それよりも、どうして――辛い思いをしてきた人間が、告発することでまた身を隠さなきゃいけないんですかね」
スダは彼をちらりと見たが、何も答えなかった。ただ、面倒くさそうにため息をつきながら、彼の肩を叩いた。
「さぁね。でもさ、また同じように悩んでる人たちを手助けしていこうぜ? いい番組を配信していくんだ、後輩くん」
そう言って、スダは拳を突き出した。
ハルキは一瞬だけ戸惑ったが、やがてその拳に自分の拳を軽く合わせた。
「にしてもやっぱ最後の楽しみはこれからだよってなんかダサかったですかね……あれもネットに出てますよねー」
「大丈夫大丈夫、あれくらい大袈裟にやらないと。君も役者向きだね。いずれかは僕の役割できるんじゃないかな」
と2人は笑った。
「てか残ったみんなはどうなんですか?」
ハルキはふと疑問に思った。
「あーどうなるんだろ……部屋の中にたくさん凶器を残しておいたから……部屋も施錠しましたし……出ようとしても飛び降りても死にますし……ねぇ」
スダは笑った。
「……てか旅館焼き払ったのはホント?」
「まだ心配ですか?」
「……はい」
「優しいね、てかもう早く行かないと火事に巻き込まれますよ」
「え?!」
スダが指差す先、山火事が起きていた。
一方、とある場所にあるモニター次の部屋。
大勢の人たちが二人の様子を見つめていた。
彼らは某動画サイトの運営本部である。
「視聴率、売上……誰が今までで一番って誰が言った? 盛り上がりはしたけどな《《俺らの中では》》」
「あんなの全世界に流したら終わりだろ。バカが……」
そう、先ほどの画面は全世界に繋がっておらず、ここのものたちの中で共有されていたのであった。
「まぁ、スダの進行が下手すぎたよね。時間余らせすぎたし」
「12時間あったら、ガポガポ稼げますよ! って言ってたあの狸の皮算用!!!」
「仮想空間技術を使ったのは斬新だったけど、レーティング引き上げちゃったのがね。試算だと視聴者層が狭まっちゃうね、あー痛いよ」
「それにCGの予算がバカ高かったし、いくら某企業がモニターとしてホログラム装置提供してくれたけども……首まで吹き飛んだら放送できないよー。黒い布でいくら隠しても隠しきれないし。赤字の分、あの子に挽回してもらわないとね」
そう言いながら、一人が無造作に書類を机の上に投げ出した。
「スダはどうしましょう、こいつも兵士役に回しましょう」
「顔が出てしまいましたから、いくら一度整形したと言っても……使い物にはならない、あの大根役者」
机の上にスダの履歴書と企画書の上に、ハルキの写真と新たな“デスゲーム”の企画書が重ねられていた――。
「ハルキくんか……」
「社長、大丈夫ですかねぇ」
社長と呼ばれた男は微笑んだ。
「かなりいい演者じゃないか、ハルキくん……君には頑張ってもらわないとね」
採用の印鑑と名前と顔写真の上に黒い線が太く引かれた。
後日、老舗旅館と隣接する某企業の研修施設を巻き込む大規模な山火事が発生した。焼け跡からは身元不明の遺体が十数体見つかり、中には建物から飛び降りたとみられる者もいた。死亡が確認されたうちの一人の身元が判明し、それが名古屋の大学に通う学生であったことから、彼を含む大学生と教員合わせて二十名が卒業旅行で滞在していた事実が明らかとなる。
さらに、遺体の一部には他殺の可能性を示す痕跡もあり、単なる事故ではなく事件である可能性が高いとされている——。
終
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!