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323
――世界が、白く弾けた。
何もない。
音も。
光も。
自分の身体がどこにあるのかさえ分からない。
ただ、手の中にあるものだけは分かった。
時計。
元気が大切そうに持っていた、あの時計。
元貴はそれを強く握りしめる。
「僕を……戻して…」
声が、なにもない空間に響いた。
その瞬間。
――カチッ。
時計の針が鳴った。
白い世界に、ひびが入る。
「……!」
次の瞬間。
身体が、落ちた。
「うわっ!」
――ドサッ。
尻もちをつく。
「……痛っ」
元貴は顔をしかめた。
ゆっくりと周囲を見る。
見慣れた柱。
見慣れた庭。
見慣れた後宮の廊下。
「……戻ってきた」
現代。
間違いない。
元貴は大きく息を吐いた。
そして、手の中の時計を見る。
針は最初の位置に戻っていた。
何事もなかったように。
「……本当に、戻ってきた」
元貴は時計を見つめる。
もう、この時計をただの古い時計だとは思えなかった。
元気が持っていた。
涼架が術をかけた。
そして何百年もの時間を越えて、自分の手に渡ってきた。
「……」
元貴はゆっくり立ち上がった。
頭の中には、あまりにも多くのものが残っている。
元気。
大森家。
赤眼。
妖紋。
涼架。
そして 金色九尾。
元貴は目を閉じた。
何度も何度も、過去の光景が浮かぶ。
両親を失った幼い元気。
涼架に憧れて鍛錬する元気。
時計を差し出す元気。
家族と笑う元気。
年老いた元気。
そして最後、 縁側で笑いながら、
――好きに生きろよ。
そう言った元気。
元貴は胸元を押さえた。
どうしてだろう。
自分の祖先の人生を見ただけなのに。
胸が、少しだけ温かい。
そして同時に ひどく寂しい。
「……元気」
自分と瓜二つだった少年。
いや、 少年というより――
遠い昔の、自分自身を見ているような感覚だった。
「……僕が、あの人の子孫なんだ」
赤い瞳。
そして、大森家という名前。
すべてがあの少年から始まった。
元貴は時計を握り直した。
「……だったら」
もう一つ、 どうしても確かめなければならないことがある。
「涼ちゃん」
その名前を口にした瞬間。
元貴の表情が変わった。
「……全部、知ってたんだ」
元気のこと。
時計のこと。
大森家のこと。
そして 自分自身のことも。
「……聞かなきゃ」
元貴は歩き出した。
今度こそ確実に 聞くために。
⸻
薬屋。
涼架はいつものように縁側で寝転がっていた。
「……暇だなぁ」
昼下がりの風が、金色の髪を揺らす。
涼架は目を閉じたまま、ぼんやり空を見ていた。
隣では滉斗が腕を組んでいる。
「お前、本当に寝てばっかだな」
「寝てないよ」
「じゃあ何してるの」
「瞑想」
「それを寝てるって言うんだよ」
滉斗がため息をつく。
いつもの光景。
いつもの二人。
けれど。
「涼ちゃん」
その声が聞こえた瞬間 涼架の目が開いた。
見てみると元貴が立っていた。
「あっ!元貴、おかえり」
涼架が笑う。
いつもの笑顔で。
「どこ行ってたの?」
元貴は答えなかった。
ただ、涼架をじっと見ている。
涼架の笑顔が、ほんの少しだけ固まった。
「……ねぇ」
「なに?」
「聞きたいことがある」
「たくさん」
「……そっかぁ」
涼架が身体を起こす。
元貴は一歩近づいた。
「元気っていう人」
涼架の動きが止まった。
滉斗も、わずかに目を細める。
「……知ってるよね」
涼架は答えない。
「初代の赤眼で、 大森家の始まり」
「僕と、そっくりだった」
涼架の目が伏せられる。
元貴は続けた。
「親友だったんでしょ?」
「……うん」
短い返事だった。
「すごくいい子だったよ」
涼架は空を見上げる。
「元気に陰陽道の才能があることはまだお母さんのお腹の中にいる頃から、なんとなく分かってたの」
「そんな前から……?」
涼架は少し笑った。
「なんか面白いのが生まれそうだなぁって」
「それで、たまに見に行ってたんだ」
元貴は一度、目を閉じた。
さっき見た光景が蘇る。
金色の髪。
冷たい目。
幼い元気。
そして、あの家。
「……ねぇ…そのときの俺、ちょっと素っ気なかったでしょ」
涼架が呟く。
「うん、今では考えられないくらい」
「やっぱりぃ…ちょっといろいろあってね…」
涼架が小さく笑う。
その笑顔は、どこか懐かしそうだった。
「元気ってさ」
涼架が呟く。
「変な奴だったんだよ」
「……今の僕みたいに?」
「それ以上かも」
二人の間に、ほんの少しだけ笑いが生まれた。
しばらくして元貴が口を開いた。
「涼ちゃんに聞きたいことがあるの」
「なにー?」
「大森家についてなんだけど、」
涼架の笑顔が消える。
「大森家は元気さんが作ったの?」
「……正確には、元気一人じゃないけどね」
「いろんな人が集まって大森家ができたの。だから、元気と直接的な血のつながりがあるわけではない人も沢山いたんだよね」
「でも始まりは元気さんなんだよね」
「うん」
「元気さんがいたときの大森家と今の大森家はだいぶ違うけど…」
「まぁ…ね」
「なんでこんなに変わっちゃったの?」
「なんでだろうねぇ」
「はぐらかさないでよ。元気さんが亡くなったあとも、涼ちゃんは大森家を見てたでしょ」
「……見てた」
「子どもたちにも会ってた」
「うん」
「薬学とか、医学とか、農業とか……いろんなことを教えてもらってたよね」
「教えてもらったというか、俺が勝手に覚えたというか」
「でも、元気さんの家族とずっと関わってたんでしょ?」
「……うん」
「教えてよ」
涼架は少しだけ目を細める。
「…今度話すよ。絶対に」
「今は…まだちょっと……ね」
「約束だからね。絶対話してもらうから」
「わかった」
涼架はしばらく元貴を見つめた。
「ちょっと一つだけ。言わせて」
「なに…涼ちゃん」
涼架はしばらく元貴を見つめた。
その目は、今の元貴を見ているはずなのに。
まるで、ずっと昔の誰かを見ているようだった。
「元気は元貴で、元貴は元気なの」
「……え?」
「元貴は、元気の意志を継ぐ者」
一拍。
「最初から、そうなる運命だった」
元貴が眉を寄せる。
「どういうこと?」
「今はわからなくていい。後から解ってくるから」
そのとき。
――ザッ。
草を踏む音がした。
三人が同時に振り向く。
滉斗がすぐに立ち上がった。
「……誰だ」
庭の向こう。
木々の間に、黒い影が立っている。
「……妖」
元貴が呟く。
妖は、ゆっくりと姿を現した。
人の形。
しかし、その目は人間のものではない。
口元を歪めながら、三人を見る。
「ようやく見つけた」
涼架が立ち上がる。
「……何?」
「金色九尾」
その名前を聞いた瞬間。
涼架の表情が変わった。
「……その呼び方、嫌いなんだけど」
「なぜだ?」
妖が笑う。
「我らにとって、お前は――」
次の瞬間。
妖が涼架へ飛びかかった。
「涼ちゃん!」
滉斗が叫ぶ。
しかし。
妖は涼架の目の前まで来ると、突然その髪を掴んだ。
「……っ」
金色の髪が引っ張られる。
「おい」
滉斗の声が低くなる。
妖は笑っていた。
「相変わらず美しいな」
「……離して」
「なぜ人間などと馴れ合う?」
「……」
「お前ほどの力を持つ者が」
妖は涼架の髪をさらに引く。
「人間の側にいるなど、滑稽だ」
「……痛いんだけど」
「昔のお前なら、こんなことをする奴など――」
その瞬間。
空気が変わった。
「やめろ」
低い声。
妖が振り返る。
そこに、 一人の男が立っていた。
先ほどまでの妖とは違う。
静かだった。
けれど、 その存在だけで周囲の空気が重くなる。
「……!」
元貴が札を構える。
滉斗も身構える。
涼架だけが その男を見ていた。
「……君か」
男は涼架を見る。
そして 深く頭を下げた。
「お久しゅうございます。九尾様」
「……」
涼架の目が細くなる。
「その呼び方、やめてよ」
「なぜです?」
男は微笑む。
「我々にとって、あなたは――」
「帰って。 今すぐ」
涼架の声は静かだった。
男はしばらく涼架を見つめる。
そして。
「承知しました」
素直に頷いた。
しかしその目は 涼架から一度も離れなかった。
「ですが」
男は小さく笑う。
「いずれ、あなたは戻りますよ」
「戻らないよ」
「我ら妖は、貴方様を待っています」
「知らない」
「金色九尾が再び我らの前に立つ日を、私は――」
「だから」
涼架が遮る。
「帰って」
その声に。
初めて、男の笑顔がわずかに歪んだ。
「……分かりました」
男は一歩下がる。
「今は、まだ」
「……」
「ですが、九尾様」
その呼び方に。
涼架の眉が動いた。
「貴方様は、必ず戻られる」
男はそう言い残すと、闇の中へ消えていった。
しばらく 誰も動かなかった。
やがて元貴が口を開く。
「……誰?」
涼架は答えなかった。
「今の妖」
「……」
「なんで、涼ちゃんのことをあんなふうに呼んだの?」
「……」
「九尾様って」
涼架は空を見上げる。
「……昔からいるんだよ」
「何が?」
「そういう奴らが」
「……妖界の?」
「うん」
「涼ちゃんを崇拝してるの?」
「……一部はね」
「一部?」
涼架は苦笑した。
「全部じゃないよ」
「でも、さっきの奴は明らかに――」
「元貴」
涼架が振り返る。
「……今は、まだ」
「話すのは、もう少し待って」
元貴は納得していない。
けれど 涼架の顔を見て、口を閉じた。
今までとは違う。
さっきの男を見たとき、 涼架の目には明らかな警戒があった。
そして ほんの少しだけ。
疲れたような色があった。
「……分かった」
元貴が答える。
涼架は小さく笑った。
「ありがとう」
しかし その日の夜。
元貴は一人になった後も、あの男の言葉を何度も思い出していた。
――我ら妖は、あなたを待っています。
――九尾様。
「……何なんだよ」
元貴は窓の外を見る。
夜空は綺麗だった。
けれど もう、以前のような静けさではない。
何かがいる。
何かが動いている。
そして、それは 涼架の過去と繋がっている。
元貴は時計を取り出した。
文字盤を見つめる。
「……まだ終わってない」
この時計で見た過去は 大森家の始まりだけではなかった。
あの過去の先に。
まだ、涼架の知られざる時間が残っている。
そして その時間の中に。
今日現れた妖たちがいる。
「……涼ちゃん」
元貴は小さく呟いた。
「今度は、ちゃんと教えてよ」
時計の針が 静かに動いた。
――カチ。
夜は、まだ始まったばかりだった。
コメント
2件
文章の中にミスがありましたので修正入れました。 すみませんでした。
やっぱ面白かったわ!元貴が現代に戻ってきて、涼架と対峙するシーンがめっちゃ刺さった。「元気は元貴で、元貴は元気なの」って言葉、重すぎるだろ…。あと最後に出てきた妖たちの存在が気になりすぎる。涼架の過去がますます謎めいてきたし、時計の過去回収もまだ終わってない感じだし、次回が待ち遠しい🔥 涼架と元貴の関係性、もっと深掘りしてほしいな!