「真実の聖杯を取りに来たこと、忘れてない?」
「忘れるわけないじゃん。というか、忘れてたの、エトワールじゃない?」
「だから、口を慎んで下さい。エトワール様が許しても、俺が許しません」
「いや、良いよ。グランツ私が許してるんなら、許してるってことで良くない?」
「良くないです」
「ええ……」
私がいいって言っているのに、良くないって言うのは意味が分からない。もう、それはグランツの自己満足じゃん、なんて突っ込みたかったが、グランツの顔が怖いから突っ込めなかった。
私が、主人で、グランツは従者っていう関係であるはずなんだけど、どうにも、グランツの方が、強いって思って、萎縮しちゃうのは仕方ないことかな、何ても思ってる。
ラヴァインはそれを聞いて、ケタケタ笑うばかりで、私が怖がっていることすら気づいていない。それの笑いは、グランツをまたイラつかせて、これ以上グランツの怒りゲージが溜まっていったら、まずいことになるんじゃないかとも思った。
(ほんと、何で?仲良かったよね。いつ、仲悪くなったの?)
仲が良いと思っていたのは私だけだったのか、何て思いながら、私は、話を逸らしちゃいけないと、両頬を叩いた。
「真実の聖杯!」
「そーだね、それを取りに来たけど、色んなことがあって、足止め喰らっちゃったからね」
「でも、何処にあるの。まあ、足止めを喰らったのは、うん、そうなんだけど」
大サソリと、ラアル・ギフトと、それからベルの……いや、ベルは、別に妨害してきたわけじゃなくて、ラアル・ギフトが悪魔召喚なんてするから、酷い目に遭っただけで、ベルは、自由人だし。
じゃあ、矢っ張り今回の一番邪魔だった人はラアル・ギフトって事になるのかな。まあ、もういないから、考えても仕方がないことなんだけど。身体は、ベルが乗っ取ったし。
「エトワール、何か俺達に隠してる?」
「へえ!?」
「いや、そんなに驚かなくても良いじゃん。てか、その反応、矢っ張りなんか隠してるんじゃない?」
ずいっと、顔を近づけられてしまい、私はどう誤魔化そうか考えた。いや、もうこの際バレているんだし、バレているていで、誤魔化すというのもありなのでは? とかも思ってしまった。
さすが、ラヴァイン。めざとすぎる。私が、隠すのが下手なだけかも知れないけど。
「な、何も、隠してないって」
「悪魔って一体何処に行ったんだろうね?」
「ひえ!」
「矢っ張り、隠してるでしょ」
と、さらに距離を縮められてしまった。
もう、逃げ場はない。正直に話した方が良いんじゃないかとすら思ったが、ベルのことがバレたら、どうなるかって、何故か彼のことを庇おうとしている自分がいた。庇ったところで、メリットがあるわけじゃないけど。
「な、なんのことぉ……」
「悪魔のこと、知ってるんじゃないの?それとも、洗脳された?」
「洗脳!?されるわけないじゃん。何で!?」
私は、耐えられなくなって叫んだ。何処から、どう考えたらそんな発想が出てくるのかってそこが疑問だった。ラヴァインなりの、気配りというか、そう言うのだろうけど、私が洗脳されていたら、もう誰に求められないんじゃないかって思うけど。
ラヴァインは、不信の目を向け続けていて、私は耐えられなくなってしまった。まあ、嘘をついているのは私だし、私が悪いんだけど、悪者としてみられるのはちょっとなあって思っちゃって。
(ベルのこと、言っても良いかって聞けば良かった)
そんなこと聞いてどうするんだと言われたら、それもそうなんだけど。何というか、その、ベルもラヴァインも同じくらい大切? いや、大切というか、大切は大切なんだけど、味方だから。
私がそんな風にあたふたしていれば、ラヴァインは、はあ……と大きなため息をついて、頭を掻きむしっていた。少し、苛立ったように、でも、仕方ないなあと諦めてくれたように。
「いいけどさ、エトワールが危険な目に遭っていなければ良いよ」
「ラヴィ……」
「ただし、本当に危ない目に遭ったとか、俺達を巻き込まないためだとか言う理由だったら、怒るよ?俺達だって、強いんだし、そりゃ、聖女には劣るかもだけどさ。信頼してくれているって言うなら、俺達のこと頼っても良いんじゃない?」
「頼る」
「そうですよ。エトワール様。俺達は、貴方に頼られたいです」
と、グランツも同調するように言った。そこは、気があうのか、というのは置いておいて、
信頼して欲しい、頼って欲しいと言われて、何だか、緊張というか、ぴんと張っていた糸が切れてしまうような感覚になった。
頼っても良いって、前々から言われていたけど、こう、面と向かって言われると、本当に頼ってしまいそうになる。
今回の場合は、別に何があるわけじゃないし、勝手に私が悪魔を匿っている人、っていう感じなんだけど、それでも、二人から送られる視線は、私を心配するものそのもので、心が温かくなる。
「ありがと。二人とも」
「あっ、でもね、エトワール。悪魔を匿ったら、どんな地位の人であれ、捕まるってことは、覚えておいて?最悪、死刑だよ」
「ひょっ」
「匿って何てないよね?エトワール」
なんて、ラヴァインは、絶対気づいているであろう顔で、言ってきた。
悪魔を、匿ったら死刑? そんなの聞いたことないんだけど!?
(え、え、えーと、知らなかったっていったら……って、これ、言い訳だよね!)
もういいや、気づかなかったフリをしよう。多分、釘刺しただけだし。と、ラヴァインの言葉を半分受け流す形で聞いて、私は改めて、ここに来た理由を思い出した。
「そう、真実の聖杯!」
「また、忘れてたの?」
「いや、話が色んな所に飛び火するからよ。てか、私は何処にあるか分からないから、つれてってよ」
「うわっ、何でいきなりそんな上から目線なの?」
「知らないからに決まってるじゃん」
「矢っ張り知らなかったんだ」
と、また、ラヴァインは呆れて、額に手を当てていた。
はじめから、私が知らないということを知っていたはずなのに、その反応をされて、私も少しピキッときた。でも、教えて貰う側だし、ついてきて貰った側だから、文句は言えないわけで。
(そうよ、真実の聖杯を取りに来たのに、早く帰らないといけないのに……)
悪魔のことで、すっかり忘れていたが、私は今容疑をかけられている状態。疑いを解かないことには、リュシオルの命もないだろうし、一刻も早く戻らなければならないのだ。リースの様態も気になるし。
「エトワール様、こっちです」
「グランツ?」
「神殿が崩れたことによって、本来ある場所から、かなり場所はズレてしまったでしょうけど……かすかな魔力を感じます」
「真実の聖杯の?」
私がそう聞けば、グランツはコクリと頷いた。
確かに、グランツの言うとおり神殿は見るも無惨な形になってしまったわけで、真実の聖杯が置かれているところは、変わってしまったかも知れないと。
(まあ、床が崩れてこんな奈落に落とされちゃったわけだし……)
よく、生きていたと今になって思う。彼らも、魔法を使ったとはいえ、こんな未知なる奈落によく来てくれたと。
グランツには魔力を探知する力があったんだ、何てここに来て気づいたことがあって、まだまだ、グランツについては、知らないことばかりだと思う。性格は、もう痛いほど分かっているんだけど、彼の隠している力というのは、まだありそうだと。
(一応、第二王子だから、かな……)
それが理由になるかは分からなかったけど、少なくとも、魔法の王国とも言われたラジエルダ王国の第二王子なのだから、かなり力があるに違いないと。
グランツの後をついて行けば、光がさんさんと降り注ぐ、砂丘のようなものを見つけた。実際は、落ちてきた砂が山を作っただけなんだろうけれど、そこに黄金に輝く何かがあったのだ。
杯みたいな。
「あれが、真実の聖杯?」
「そう、見たいですね。周りから、可笑しな魔力は感じられないので、敵はいないかと」
「あ、ありがとう」
本当に、神経研ぎ澄ましているんだなあ、と感心しつつ、私は恐る恐るその黄金の杯に近付いていく。近付けば、近付くほど、その聖なる力というか、魔力に吸い寄せられる。
(凄い、本当に黄金……)
そこだけ、まるで世界が違うように、光輝いた黄金の杯には、満タンとは言えないが透き通る液体が光を反射して私達を待ち構えていた。