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──お手伝いさんじゃない。


あらためて、昨日の日向さんとの会話を思い出してみる。

日向さんは『お手伝いさん』とはちょっと違うと言っていた。

そうではなく、『サポート』や『身の回りの世話』だと。

私は『相手は気難しい人』だと言われ、勝手に『がっつりハウスキーパーをするわけではなく、お年寄りの身の回りのお世話』をするのだと思い込んでしまっていたのだ。

久遠さんの言葉を借りるなら、私がそう思い込むように日向さんが仕向けたことになるのだけれど。

だとしても、日向さんはここまで一言も嘘はついていない。


(実際、久遠さん、ものすっごく気難しそうだしね……)


けれどどう見ても、私が思っていたような身の回りのお世話を必要としている人には見えない。

ここでの家事一切もきっと、プロを雇っているのだろう。


(だとしたら……?)


「ええと……結局、私は何の仕事をするために呼ばれたんでしょう?」

「さあな」


溜息混じりに久遠さんが口を開く。


「昨夜、日向から連絡を受けた時、俺はてっきり有能なコンサルタントが来るのだと思っていた。……だが、やって来たのは君だった」

「……あっ! だから私のこと、どう見ても得意分野に見えないと言ったんですね」

「ああ」


確かに、一応身なりに気を使って来たとはいえ、どう見てもコンサルタントなんて肩書でバリバリ仕事をこなす雰囲気などこれっぽっちもないだろう。


(……納得……)


「とにかく」


久遠さんは言葉を切り、日向さんと私を順番に見据えた。


「現状、ハウスキーパーに困ってはいない。従って、君に依頼する仕事はないとしか俺には言えない」

「…………ですよね……」


私だってそう思う。

それならば、どうして日向さんは私を呼んだのだろう。

……私のこと、からかって?

手の込んだ悪戯?


(……いやいや、さすがにそんな悪趣味で時間の無駄なことしないか)


そうは思うものの、傷つけた車の修理代を稼ぐためにこのマンションに呼ばれたというのに、必要ないと言われたのだ。


(……私が呼ばれた理由は気になるけれど、久遠さんの態度からしてこれはもう、帰る選択肢しかないよね)


セレブの世界を垣間見ることができれば、小説のネタになるかもしれない。

上手くいけばクビ回避と、わずかな期待を胸に来たけれど、どうやら諦めるしかなさそうだ。

ここは早々に気持ちを切り替え、日向さんに支払う修理代を稼ぐためにも一刻も早くバイトを見つけ、何か執筆の糸口になりそうなものを探さないと。

そう思い、3人に挨拶して帰ろうとした時、久遠さんの冷めた声が響いた。


「……まったく、時間の無駄だったな。笹倉、行くぞ」


腕時計で時間を確認しリビングを出て行こうとする久遠さんを、日向さんが慌てて引き止める。


「ちょっと! オレ、まだなんも説明してないんだけど?」

「……はぁ、もう聞く必要などないだろう。だいたいお前は、彼女がいま俺たちが抱えている問題を解決できると本気で思っているのか? 何を見てそう思ったのか……まったく理解できない」

「だーかーら、オレの話を聞いて理解してって言ってんの!」


(ええ……どうすれば……)


自分のことを話しているのに、ではさようならと出て行くことなんてさすがにできない。

それにどうせなら、日向さんの意図を聞いてみたい。

私からも何か言ったほうがいいのだろうかと考えていたら、笹倉さんと視線がぶつかった。

すると笹倉さんは私を安心させるように小さく微笑み、久遠さんのほうへと身体を向けた。


「わざわざこうして菅島さんもいらっしゃったのですし、日向様のお考えを伺ってみたらいかがでしょう」

「……日向が彼女に説明すれば十分だろう。俺はそれに付き合う暇も義理もない」

「本日の会議は午後からになっております。午前に一件約束が入っておりますが、こちらは私が調節いたしますし、会食の予定もございませんので問題はないかと。また、義理はないと仰いましたが、イナガキについてのことで弟の日向様が菅島さんをお呼びしたのですから、ないとは言えないかと存じます」

「……」


眉をひそめる久遠さんに、笹倉さんは表情を変えず言葉を続ける。


「これまでも日向様は、その斬新なアイデアで新たな事業をいくつも成功させてきました。それはひとえに日向様には野生の勘……んんっ……失礼しました。直感が優れていらっしゃるからかと。それに、人を見る目も備わっておられます」

「……それは俺も認めている。だが今回の件においては……」

「……私には、あの奥様がこのまま何もされないとはとても思えません」

そう言ったあと、笹倉さんが日向さんに向かって腰を折る。

「……申し訳ございません」

「いや、本当のことだし。実際あの人、色々画策してるみたいだしさ。……結構、耳に入ってくんだよね~マジで。そろそろ動き出す頃なんじゃないかなって、オレ的には思ってる。だからさ……」


日向さんは柔らかな表情を引き締め、久遠さんの顔を覗き込んだ。


「オレの考え、とりあえず聞くだけ聞いてよ。これは兄さんのためだけじゃない、オレにとっても大切なことだから」

「…………わかった、聞こう」


久遠さんはふうっと息を吐くと、私に視線を移した。


「彼女にもわかるようにだ。家政婦のようなものだと思わされてここまでやって来たのだからな」

「もちろんそのつもりだよ」


大きく頷き、日向さんが私に向かって片手でごめんなさいのポーズを取る。


「綾乃ちゃん、ごめんね。不安な気持ちにさせちゃって」

「あ、いえ……」

「とりあえず、君に何をお願いしたいかを説明する前に、うちの会社のことから説明させてもらっていいかな」

「はい、わかりました」

「オッケー。じゃあ全員ソファに移動! もちろん笹倉もね!」

「承知しました。久遠様の午前中のスケジュール変更と皆様へのお飲み物をご用意してから加わらせていただきます」


笹倉さんが電話をしに、リビングから出て行く。

私と久遠さんは、日向さんに背中を押されながら、リビングのソファへと移動した。

リア恋しか知らない恋愛小説家、初めて三次元の恋を知る

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