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(うわ……)
日向さんに促されるまま座ったソファの心地いい弾力に、自然と背筋が伸びる。
お尻と背中の硬さのバランスが絶妙で、しっとりとした柔らかさとゆっくり沈み込む感覚は、これまで味わったことのないものだ。
明らかに実家のソファと違う座り心地がどこか落ち着かなくて、私は一人掛けの椅子の中でもじもじと身体を動かした。
その時、視線を感じて前を向く。
するとゆうに三人は座れそうな大きさのソファに座る久遠さんが、眉をひそめて私を見ていた。
(ううっ……落ち着きのないヤツだと思われちゃったかな……)
さらに居心地が悪くなり無言で縮こまっていると──
「日向、さっさと始めろ。彼女が暇そうにしている」
ため息交じりに久遠さんが日向さんに促した。
「えっ!? ぜ、全然そんなことないです!!」
久遠さんの盛大な勘違いに、首をぶんぶんと横に振る。
「……そうなのか?」
「っ、はい……!」
「……なんだ。見かけによらずせっかちなのかと思った」
「……はい?」
『せっかち』の反対語ってなんだったっけと頭を巡らす。
それが『呑気』だと思い当たったのと同じタイミングで、久遠さんの隣に座る日向さんが吹き出した。
「あははっ! 確かに、綾乃ちゃんって『せっかち』っていうより『のんびりおとぼけ天然ちゃん』ってイメージだよね♪」
「日向……言いたいことはわかるが、俺はそこまでは言っていない」
「あはは……」
失礼ではないけれど失礼に聞こえなくもない言葉のセレクトに、思わず苦笑する。
(この兄弟、雰囲気も性格も真反対っぽいのに、こういうところはそっくりなのかもしれない……)
「いやだってさ、綾乃ちゃんって……」
「……はぁ、日向」
いい加減にしろとばかりに、久遠さんが顎で指図する。
すると日向さんは「はいはいわかりましたよ」と海外の人がやるような仕草で肩をすくめ、私ににこりと微笑んだ。
「じゃあ気を取り直して……まず、ざっとうちの会社について説明させてもらうね」
「はい、お願いします」
居住まいを正し、日向さんに頷く。
「うちの会社──『イナガキ・コーポレーション』は、オレたちのひいじいちゃんが興した会社でね。最初はちっちゃな貿易会社だったんだ。それで──」
日向さんは、会社の名前を知ってはいるもののどういったことをしているのかまでは知らない私に、簡潔に、わかりやすく、これまでの会社の歴史を説明してくれた。
「……なるほど。曾祖父さんの時代から代々に渡り、その時代に何が必要とされているのかをその都度見極め、会社を大きくしていったんですね」
「うん。新しい事業を展開したりしながらね」
「新しい事業、ですか?」
「そう。簡単に言うと、基盤となる事業はもちろんあって、そこから色々派生させていくって感じかな。ファミリービジネスの利点を活かしつつ、外から来た優秀な人材も積極的に重用して、ね。……まあここを話すとなるとすっごく時間がかかるから、今は省略ね」
確かに、いろんなところで『イナガキ・グループ』という名で目にすることがあるような気がする。
それだけ多岐に渡った事業展開をしているのだろう。
「……で、今はオレたちの父親が社長をしているんだけど、去年手術したこともあって、昔みたいに元気にバリバリ仕事するってことができなくなっちゃったんだ」
「え……」
まったく面識ないどころか顔も知らない人とはいえ、病気を患っていると聞けばやはり心配になってしまう。
すると私の表情が変わったのを見て、久遠さんがフォローを入れてくれた。
「……命がどうこうということじゃない。元気にはしている。ただ、体調を気遣いながらとなると色々制約が出でしまうんだ」
「あ……そうなんですね。よかった……」
ほっと安心する私に、久遠さんは少し驚いたように目を見開いたあと、わずかに表情を緩めた。
「っ……」
冷たい視線しか送られなかった瞳に宿った柔らかく温かな光に、一瞬胸が高鳴る。
(こ、これはまさかのギャップ萌え? リアルで体験することができるとは……!)
初めてのことにドギマギしながら、私は明らかに不自然に勢いよく久遠さんから視線をそらした。
「綾乃ちゃん? どうかした?」
「い、いえ! なんでも! 話! 続き! お願いします!!!」
きょとんとする日向さんに、続きを促す。
日向さんは首を傾げながらも頷き、再び話を続けた。
「えーっと。どこまで……あ、そうそう、父さんのことね。そう、それで、前から冗談で引退っぽいことは言ってたんだけど、いよいよ真剣に考える時がきたって思ったらしいんだ。……で、兄さんが、次期社長候補として名が挙がったんだ」
そう言うと、日向さんは久遠さんの肩をぽんと叩いた。
(……家族経営の会社でお父さんが引退となると、久遠さんが次期社長になるのは当然のことか。きっと仕事もすごくできるんだろうし…………あれ?)
その時、ふとひとつのことが引っかかり、久遠さんに視線を向ける。
「……なんだ?」
「あっ、いえ、その……そんなすごい会社を久遠さんが引き継ぐんだな……って思ったんですけど、次期社長『候補』ってことはまだ正式に決まってはいないってことですよね」
「っ……ああ、そうだな」
一瞬、言葉が詰まった久遠さんの隣で、日向さんがびしっと私を指さした。
「……そう、そこ! 綾乃ちゃん、よく気づいたね! さっすが~!」