〜沙依夏〜 私たちは今、過去にあった事件の現場に来ている。一つ一つずつ雨が降っていたが、あまりに捜査が進まないのでダメ元で証拠を調査しに来ているのだ。野次馬でも集まっているのかと思っていたが、恐怖を感じるくらいに誰もいない。世界中に忘れられた場所みたいだ。まあ私たちはいるが。なんでも最近、人を吸い込む本? 本に吸い込まれる人? の事件もSNSで見かけた。本当に軽い気持ちであさっていたら見つけたからビックリした。人が本に吸い込まれる? 本が人を吸い込む? なんてあり得ない。現場に本が落ちていて、被害者全員が童話の登場人物に酷似した死に方をしているあの事件と何か関係があるとしか思えない。と、そんなこんなでやってきた現場。本当に目も当てられない、言葉にしようもない凄惨なもの。というより麟は平気なのだろうか。
「沙依夏! なんかすごそうなもの見つけた!」
「ぎゃあ! 何持ってきてるの!」
麟の呼ぶ声で振り返る。どう考えてもこんな悲惨な現場で出すような声ではない。何故こうも肝っ玉が座っているのか。初めて会った日は殺人鬼から逃げていたのもあざとく思う。手に持っていたのはむごたらしいほどに焼けただれた本。現場に落ちていたのか。本当に何故そんなものを持ってくるのか。少し見せてもらう。図書館のものなのだろうが、名前は見えなくなってしまっている。そして麟が知っている限りの噂の話を聞いた。とある図書館には人が中に入り込める魔の本がある。その中には様々な物語が記録されていて、人々は中に入って物語を楽しむ。この本はその物語なのだろう。被害者たちはあくまでで読者だから。物語に溶け込みやすい格好になっていたのかもしれない。そして決まり。結末が変わるほど物語に関与してはいけない……まあそれはそうだろう。
「それでこの本、奇跡的にタイトルだけなんとか残ってるんだよ」
「いや、そうはならないでしょ……」
「なってるじゃんっ!」
「で、なんて話?」
「ジーキル博士とハイド氏の怪事件!」
「タイトルからしていい予感がしない……」
〜麟〜
この物語は初めからぶっ飛んでいる。ハイドっていう人がすれ違いざまにぶつかってしまった女の子を踏みつけてね。金で解決できると思ったハイドは小切手を持ってきた。そこには高明なことで有名なジーキル博士の名前があった。ハイドはそのまま行方をくらませて再び事件に及ぶ。今回は殺人。そしてついに明かされた真実。ハイド氏っていうのはジーキル博士の暗黒面みたいなものだったんだよ。ジーキル博士にはある欲望があった。そう。変身だよ。自分を解放する薬でハイド氏になった。肉体まで変わって、暴走が止まらない。ついには勝手にハイドが現れるようにまでなる。ジーキル博士が善行と称してエゴをあらわにするとハイドが現れたりね。ジーキル博士はどんどん蝕まれていって……そして最終的に自滅? 駆け落ち? の道を選んだ。それでも元はと言えば薬を開発して飲んだのは自分……。
「これでも大分、端折っちゃってるんだよなー。そうそう。実はこの話、実話が混ざっててね」
「実話? 二重人格者が実在したの?」
厳密に言うとどうなのかな。違うのかな。そいつは昼は家具職人、夜は色々なところを襲撃してたんだ。金遣いも荒かったしね。そしてある日、見せしめのための絞首台を作った。
「なんでそんなものを?」
「依頼されたんだよ。それだけの腕があったから」
最終的にそいつは罪が発覚して市民への見せしめのために自分が作った絞首台で死刑になった。
「文字通り自分の首を自分で(市民への見せしめのために作った絞首台で)絞めたわけだよ……。最悪のブラックジョークでしょ?」
「いや、マジでね! 最悪のブラックジョークだよ! そのまま物語にならなくてよかった!」
余裕でコンプライアンス案件だからね。あの時代は合法だったのかもしれないけど。今でもどこかの残酷な物語を楽しむコアな人たちの間では需要があるのかのしれないけど。というか僕もこんな物語を知っている時点でお察しか。意外にも実話が混ざっている物語というのは結構ある。といってもあったこと、なかったことが混ざっている。そのまま物語になどしてしまっては、読んだ人たちのメンタルのキャパシティが崩壊してしまう。どちらにしても己のコントロールが効かなくなるほど恐ろしいこともそうそうない。この話……ジーキル博士とハイド氏の怪事件を読むたびに僕はこう思う。そもそも高明と極悪の何が違う。自然の恵みと災害、コインの裏表のようなものではないのだろうか。そしてもし沙依夏に伝えたあの噂が本当ならもっとこの本について調べる必要がある。もっと詳しく知っている限りの噂を伝えた。大分と前にちょっと一定の場所で話題になっていた程度の話だけれど。今まではそこまで信じてもいなかったが……。本当だったら面白いくらいにしか思っていなかった。まさかこんな形で再び……
〜沙依夏〜
実は魔の本には禁術を使えるだけの力がある。禁術の流れ。読者を閉じ込めた魔の本を八冊用意する。六年経ったら術は完成する。禁術ってなんだ……? 詳しいことは分からない。禁術というからには本来なら存在してはならない類いのものなのだろうか。例えば……世界の理を歪めてしまう……世界を作り変えてしまうほどの。具体的な想像はあまりつかない。つまり犯人はこの術を知っている……? そして犯人はそれを信じてしまってこの事件に及んでいる……? まあこんな事件だ。そんな禁術なんてあってもおかしくないし、信じるのもおかしな話ではない。もしかして犯人はそんなものにでも縋らなければならないほど追い詰められているというのか。だったらそいつもある意味では被害者だ。ある意味では……ね。全然違うのかもしれないし。調べていけば分かる。というか禁術に必要な本八冊なんてあと少しじゃないか。世界が終わってしまうかもしれない。なんにせよもっと調べて犯人を止める必要がある。麟と気持ちは同じだ。決意を新たに? 現場を後にした。それにしてもこれほどの事件なのにメディアがロクな情報提供もしないのは何故なのだろう。この事件、まだまだ何かあるというのか。
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