テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
30
174
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
奈良は富山市に戻った翌朝、801号室を訪ねた。
そこにはほとんど眠れていなかったのだろう、やつれた顔の佐川さながベッドの上に膝を立てて座っていた。
それはまるで野生動物が外敵から身体を守るように、小さく縮こまっていた。
「ただいま」
「奈良くん、何処に行っていたの」
「金沢のおふくろの身体の具合が悪くて」
「そう」
佐川さなは、奈良が瑠璃に会いに行ったのだと薄々感じてはいた。
その言葉で確信に変わった。
嘘を吐いた。まるで息をするように、簡単に嘘を吐いた。
心の中が白く冷たくなっていくような気がした。『側にいて欲しい人はみんな居なくなる』『いなくなる?』『好きな人が急に居なくなる事が怖いのよ』『だから?』『中途半端に好きな人が丁度いいの』初めてセックスした夜、奈良は佐川さなに「中途半端な恋ならしない方が良いよ」と言い、好きだと微笑んだ。
それが今はどうだろう。
奈良との関係は何もかもが中途半端で、佐川さなはいつ自分が放り出されるかと怯える日々だった。
生理が終わった頃、奈良は佐川さなの身体に触れた。
その瞬間、彼女は顔を強張らせた。
どの場所を愛撫しても反応はなく、膣も濡れなかった。
奈良は逸る気持ちでペニスを膣口にあてがったが、それはヘナヘナと力を失い、次第に小さく萎んでしまった。
数日後、もう一度ベッドで互いを弄り合ったが、奈良のペニスは勃起しなかった。
翌日、奈良は佐川さなのブラジャーに手を這わせたが、それすら虚しくなり、彼女のシャツのボタンを閉じた。
「奈良くん」
「うん」
「私たち、心も身体も駄目になっちゃったかもしれないね」
「……」
「別れたほうが、良いのかな」
「……うん」
九月一日、奈良建の金沢支店への人事異動が公布された。
慌ただしく持ち回りの引き継ぎをし、営業先への挨拶を済ませ、荷造りは引っ越し業者に任せることにした。
身の回りの大型家具や電化製品が消えて空虚となった505号室の床に大の字に寝そべった奈良は、天井を眺めているうちに、自分が涙を流していることに気が付いた。
(なんで……)
マンションの管理人に鍵を手渡し、部屋を引き払った朝、801号室のインターフォンを押したが反応はなかった。
九月三日、奈良は誰に見送られることもなく、北陸新幹線のドアを跨いだ。