第二章:ひび割れる境界線
「……寝癖、ついてる」
朝、俺の襟足にふれた九条先輩の指先は、やけに熱かった。
こういう細かいとこ、ほんとよく見てるんだよな、この人。
無表情なのに、目だけが俺を逃さない。
「ありがとうございます……あっ、先輩も、ネクタイ曲がってますよ」
ふわっと距離を詰めて、あえて指で直してみる。
その瞬間、先輩の喉がピクリと動いた。
その仕草、クセなんだよね、我慢してるときに出るやつ。
――ああ、やっぱり。
俺にハマりかけてる。
最初はただの興味だった。
完璧な男が、どこまで崩れるのか見てみたかっただけ。
でも、この人の“本気”が少しずつ滲んでくるたび、ぞくぞくする。
同時に、妙な怖さも湧いてきた。
たとえば。
洗濯済みの制服に、俺の使った柔軟剤と同じ匂いがすること。
たとえば。
俺が誰と話してたか、寮の廊下の位置まで言い当てること。
気づかないふりしてたけど――
九条先輩、俺のことずっと見てる。
「一ノ瀬」
「…はい?」
「お前、昨日誰と話してた?」
ズシリと重たい声。
ああ、来たな、って思った。
最初の“ひび”が、今、はっきり聞こえた。
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