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昼下がり。
通りの向こう側。
チャンスは、足を止めていた。
「……」
視線の先。
見慣れた店。
小さな看板。
振り返し開かれるドア。
中から漏れる熱と匂い。
ピザ屋。
(……いつも通りか)
胸の奥が、少しだけ緩む。
何も変わってない。
壊れてない。
それだけで、十分なはずなのに。
「……」
ガラス越しに、動く影が見える。
金色。
あいつだ。
生地を伸ばしてる。
少し雑に。
少し苛立ってるみたいに。
(……分かりやす)
小さく息が漏れる。
でも。
その姿は、ちゃんと“あっち側”にある。
温かくて、普通で、壊れてない場所。
(近づくな)
一歩、踏み出しかけて――止まる。
靴底が、地面に張り付いたみたいに動かない。
「……」
行けばいい。
ドアを開けて、いつもみたいに座って。
くだらない話して。
何もなかった顔して。
(できるかよ)
即座に否定する。
無理だ。
そんなの。
「……っ」
視線を逸らす。
でもまた戻る。
何回も。
無意識に。
(……あいつ)
昨日の顔が浮かぶ。
満たされたみたいに、少しだけ緩んでた顔。
あんな顔、させといて。
「……くそ」
奥歯を噛む。
(近づくな)
もう一回、自分に言う。
あれは――
壊れる前の顔だ。
こっちに来たら、終わる。
全部。
「……」
その時。
店のドアが開いた。
ベルが鳴る。
チャンスの身体が、一瞬だけ反応する。
条件反射みたいに。
出てきたのは――
エリオット。
「……」
一瞬、目が合いそうになる。
距離はある。
でも。
見られたら、分かる。
「……っ」
咄嗟に、視線を外す。
顔も、身体も、角度を変える。
“知らない通行人”みたいに。
足を動かす。
ゆっくり。
自然に。
「……」
背中に、視線を感じる気がした。
気のせいかもしれない。
でも。
振り返らない。
絶対に。
(来るな)
心の中で、もう一度だけ呟く。
(こっち来るなよ)
願いみたいに。
祈りみたいに。
でも。
ほんの少しだけ。
(……来たら)
その先は、考えない。
考えたら終わるから。
「……」
通りの角を曲がる。
店が視界から消える。
それで、やっと。
「……はぁ」
息が漏れた。
力が抜ける。
同時に――
胸の奥が、少しだけ空く。
「……ほんと」
小さく笑う。
「最悪だな」
守れてる。
ちゃんと。
なのに。
こんなに、足りない。
***
その頃。
店の前。
エリオットは、外に出たまま立ち止まっていた。
「……」
何か、違和感。
誰かいた気がする。
さっきまで。
「……気のせいか」
そう言いながらも。
胸のざわつきは、消えない。
視線を、通りの奥に向ける。
もう、誰もいない。
でも――
「……」
ポケットに、手を入れる。
何もないのに。
コインを探すみたいに。
「……っ」
小さく息を吐く。
(……いるわけねぇか)
そう思いながらも。
ほんの少しだけ。
“いたかもしれない”可能性が。
消えないまま、残っていた。