個展も落ち着き、しばらくはゆっくり過ごせそうと思い、遅めの朝を迎えた。
千尋が家を出たことは彼女のSNSから知った。
当然場所も把握している。
千尋からのLINEにはあえて返信しなかった。
私は千尋からなにもかも奪うと宣言したが、果歩と愛を殺したのも私だと気がついているだろうか?あの事件と私を結びつけるものはなにもない。
そして気がついたところで証拠は皆無だ。
リビングに行くとテレビを点けて、ソファーに腰掛けた。
「おはよう一華」
キッチンからルイが顔を出す。
「おはよう。早いのね」
「早いって、もう昼前だよ」
「ちょっと寝すぎたみたいね。何かお願いしていい?」
「ああ。適当に作るよ」
髪をかき上げて眠気を追い払うように頭をふった。
ニュースでは連続殺人事件について報道していた。
「毎日これだな。そのくせ警察はまったく俺たちに迫れない」
ルイが楽しげに言う。
状況は完全に私の描いていた通りの展開になっていた。
それももうすぐ終わると思うと、大きな作品を作っているような感覚になる。
「もうすぐできるから」
そう言ってルイが水を持ってきた。
「ありがとう」と、グラスを受け取ろうとしたときにテレビ画面に目が釘付けになった。
連続殺人事件の新たな被害者と目される女性の名前と写真が映っている。
「由利……うそでしょう……」
体中から力が抜けた私は、グラスを手から滑り落した。
「一華!一華!」
ルイが私の肩を抱く。
その手には力がこもり、わなわなと震えていた。
「ふざけるな。俺たちの犯罪じゃないぞ。誰が由利を」
無理もない。私のために何度か日本に先行していたルイをサポートしていたのは由利だった。
由利はルイにとって私以外に唯一心が許せる相手になった。
「まさかあの女が?」
「千尋は私たちと由利のことに気がついていないはずよ」
中学時代から今まで由利との交際は誰にも話していない。由利も話していないと言っていた。
あの小野寺ですら私たちの関係には気がつかなかった。
そんなことより由利。由利が死んでしまうなんて。
由利のことを思ったとき、悲しみが一瞬で私の中から溢れ出た。
悲鳴を上げた私は崩れ落ち、取り乱し、泣き崩れた。
立つことのできない私を、寝室へ連れて行こうとするルイの手を振り払って泣き続けた。
いつの間にか寝ていたようで、目が覚めたときはベッドの中だった。
自分でここまで来たのか、ルイに運んでもらったのか記憶にない。
目を開けた私は体を起こす気力すらなかった。
由利とのことを思い出す。
由利は最後まで私の計画には反対だった。例え警察に捕まらなくても人を殺したという罪は自分が生きている限り自分の中にある。
そう言って私を説得し続けていたが、私の意思が固いと知ると協力を惜しまなかった。
それが少しでも罪の意識を私だけに背負わせまいとする気持ちからのことは痛いほど伝わった。
例えそれが、私をいじめたことへの贖罪から生まれたものでも、私にとっては世界で唯一つの、歪みなど一切ない純粋な友情であり愛情だった。
私の中は千尋しかないと思っていたけど、こんなにも由利の存在が大きかったとは。
砂漠の中にあるたった一つの泉の価値はかけがえのないものだった。