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新しい父親と言っても本当のお父さんさえ私はよく知らない。
本当の父親とは私が生後1ヶ月の頃には離婚したようだ。
最後に会ったのは家庭裁判所らしい。
超がつく程のマザコンで私や母の事は二の次だったらしく、お父さんのお母さんというのもとても酷い人だったようだ。
あまりのストレスからか母は若くして胆石を経験し、手術跡は今でも痛々しくお腹に残っている。
新たな父と暮らす新居は二階建てアパートだった。
その1階の角の部屋だ。
見た感じは古くはなく白い壁には少しの緑色の苔があるが小綺麗にはしているようだった。
「梨花ちゃん、よろしくね」
私は恥ずかしげに母の後ろに隠れながら「うん」と小さな声で発し、モジモジとするばかりだった。
それを暖かな笑顔で見守る新しい父。
大きなパッチリ二重でどこかベビーフェイスなその優しげな顔に第一印象は悪くはなかった。
けれどそれは最初だけの話。
1ヶ月と経たないうちに「外面がいいだけ」ということに気がついた。
母が出かけて、父と留守番をしていた時だった。
「パパ、喉が渇いたよ」
「ちょっと待ってろよ、今いいとこだから」
そう言いながら片手にジュース、片手にコントローラーでテレビゲームをする父。
こちらを一切見ないそれは小さな私にとって存在を否定されてるかのようだった。
地元の保育園で教わった「相手の目を見て話す」ことの大切さが小さな心に染み渡る。
「それ一口ちょうだい」
「はぁ?嫌だよ。待ってろって言ってるだろ。」
自分の喉は潤し、小さな子供の喉は潤さず、夢中でゲームをするこの男は一体なんなのだろうか。
小さい私はただ健気に待つだけ。
この人が好きなのは母だけなのだ。私は単なるオマケにもならない厄介なコブのようなものだった。
「ママ、早く帰ってきて」 静かにそう心の中で口にした。
子供というのはとても単純だ。
普段父に嫌なことをされているのに母の前で外面よく振る舞う父に対して
「パパは優しいところもちゃんとある」と思い込んでいた。
とてもおめでたい奴だと自分でも思う。
父はただ大好きな母に愛想尽かされたくないから母の前では私を可愛がっていただけにすぎない。
「梨花をお風呂に入れるよ。ね、梨花。一緒にパパと入ろう」
私の頭をポンッと軽く優しく撫でる手に単純な私は喜びを感じていた。
「うん!!」
お風呂にあるローマ字のオモチャで父は「RIKA LOVE」と文字を作り、壁に貼り付けた。
そして母を呼ぶ。
「ねぇ、これ写真に撮ってよ」
カシャッ
父に可愛がられてると思って満面の笑みでその写真に父と写った。
「梨花、大好きだよ」
母の前でそういう父。
写真を撮り終わった母が夕飯の支度のためキッチンに戻る。
「私もパパ好きだよ!!」
だが、父は何も答えない。
さっきのローマ字のオモチャを黙って片付けると「先出るから」と出ていった。
私はこの日やっと母の前だけで優しいのだと気づいた。
こんな露骨なことをされないと気づけなかったなんて。
ローマ字がバラバラにされたのと同じく、私の心もバラバラになったようだった。
だが私はその環境から逃げたいとか、母に相談しようとは少しも考え付かなかった。
父が冷たいのも、可愛がってくれないのも自分に原因があると思っていた。
その環境に順応し、父の発言、行動に対して不満や疑問に思わなかった。
大人になった私はその時の心理状況が「アイヒマン実験」に近かったのではないかと思っている。