テラーノベル
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人もまばらな駅の改札を抜けて、家路を急ぎ足で辿る。
ちかちかと点滅する街灯さえ気にしている余裕もない。
早く、早く、と心が逸る。
未だに慣れないオートロックを、ワタワタとした手付きで解除して、自動ドアが開いた瞬間にエントランスの中へ飛び込む。
エレベーターが到着するまでの時間が、とても長く感じる。
時間としては一分も経ってないであろうそれに急いで乗り込んで、自宅がある階のボタンを押した。
渡り廊下をシャカシャカと走って、玄関のドアを思い切り開けた。
「っ、ただいま!!!」
焦ったような声を上げれば、少しの間があってから、俺の大切な人が玄関まで出迎えにきてくれる。
「おかえり!」
今日の朝会ったばかりだと言うのに、蓮くんはこの上なく幸せそうな顔で、両腕を広げてくれる。
玄関先で靴も脱いでいないまま、俺の体は蓮くんの腕の中にすっぽりと収まった。
「ぁぁ…会いたかった…しあわせ…」
「ふふ、ただいま、俺も会いたかったよ?お仕事お疲れ様です。」
「亮平もお疲れ様。お腹すいた?ご飯食べた?」
「ううん、夜はまだだよ。蓮くんは?」
「亮平待ってた。こんな時間だし、何か頼む?」
今は、夜の22時半。
そんな時間まで待っていてくれた蓮くんに、申し訳なささと、嬉しさが反発し合う。
俺はがっしりとした蓮くんの腕の中で少しだけ体を反らせて、蓮くんと目を合わせてから口を開いた。
「作り置きと冷凍ごはんでもよかったらすぐできるけど、食べる?」
「!!亮平のご飯!?食べたい!!」
「ふふ、じゃあすぐ準備するね」
「俺がやる!あっためたらできる?」
「うん、レンジでチンしたらすぐできるけど…」
「じゃあ俺にやらせて?亮平はゆっくり休んでて!」
「ありがとう」
今日は蓮くんだってお仕事で疲れていたはずなのに、俺を気遣ってくれる。
その優しさが嬉しくて、何か気持ちだけでも返したくて、俺からも蓮くんの腰に腕を回す。頭をコテっと傾けて蓮くんの胸に頬を預けると、蓮くんは「ん“ぐ…っ」と唸った。
そこまできつく抱き着いたつもりはなかったのだが、その声に少し心配が募って、俺は蓮くんに尋ねた。
「苦しかった…?ごめんね…」
「ッ、ううん、大丈夫。亮平が可愛くてちょっと声出た」
「うん?」
「無自覚…ッ、、、すき…」
「ふふ、お腹すいたね」
苦しそうに感じたけれど、蓮くんは元気そうに頭を前後に振っていたので、俺は蓮くんの体から腕を離して家に上がった。
寝室に向かいながらネクタイを解いて、クローゼットの中に綺麗に整列されたネクタイハンガーの一角に掛ける。
シャツのボタンを外していると、大きな欠伸が出た。
衣装ケースの中から部屋着を引っ張り出して、頭から上着を被った。
まだ少し暖かさを残す秋の夜を感じつつ、俺は長い袖を半分ほど捲って、スラックスからスウェットに履き替えた。
脱衣所のカゴに、今日一日一緒に頑張ったスーツ達をわさっと放り込んでリビングに戻ると、蓮くんが電子レンジから取り出したお皿と格闘していた。
「ぁッつ!?」
「大丈夫ッ?!」
俺は思わず蓮くんの元へ駆け寄って、熱さを取り去りたいと言うようにブンブンと振っているその手を掴んだ。
水道のレバーを全開で上げて、勢いよく流れ出す水の中に蓮くんの手を突っ込んだ。
「ヒリヒリする?平気?」
「ぅん、、だいじょうぶ………やさしい………
っすき…ッ」
今日の蓮くんもすごく元気だ。
今もまた、頭を前後に激しく揺らしている。
ロックバンドのライブにいる人みたい、なんて連想しながら俺の手と一緒に蓮くんの手を冷やし続けた。
「熱いからこれ使ってね?」
しばらくの間冷やし続けて、ひりつく痛みもなさそうだったので、経過を見つつ、俺は蓮くんにミトンを渡した。「ありがと」と言ってそれを受け取った蓮くんは、厚い布に覆われた手をにぎにぎと動かしてから、また電子レンジに向かって行った。
俺も蓮くんを手伝おうと、冷蔵庫を開けた。
ご飯の準備は、蓮くんがものすごくやりたそうにしていたので、俺はテーブルを拭いてから、お箸とコップ、麦茶を出して並べた。
蓮くんが温めたおかずが続々と調理台の上に並べられていく。
温め終わるまで、蓮くんは僅かに見える電子レンジの窓から、中の様子を子供のようにワクワクしながら眺めている。
チンという音が鳴るたびに、「っし」と言いながらその扉を開けて、そーっと両手で中のものを取り出す。
そこからは俺がお皿についたラップを剥がしたり、タッパーの蓋を取ったりして、テーブルの上に置く。
蓮くんは冷凍ご飯に一番苦戦していた。
ぴっちりと包まれたラップを剥がそうと奮闘しているが、先ほどの衝撃が尾を引いているようだった。
ちょんっと触れてはまた指を逃がして、またラップの端をつまんでを繰り返す。
その様子が可愛くて、思わず笑ってしまう。
「ふふ、代わろうか?」と聞くと、蓮くんは「うん、、おねがい…」と項垂れた。
ラップを全部剥がして、ご飯をお茶碗に移し替える。
黒いお茶碗と、緑色のお茶碗にほかほかの湯気が立つ。
冷凍した形状のままゴロンと椀の中に横たわるお米の塊を箸でならせば、ツヤツヤとした炊き立てのご飯に変身する。
俺がラップを丸めてゴミ箱に入れている間に、蓮くんはお茶碗を運んでくれて、そのまま着席した。
後を追うように俺も座って、二人で手を合わせた。
「今日は何時ごろに帰ってきたの?」
「今日は21時くらいかな」
「だいぶ待たせちゃったね、、ごめんね……」
「ううん、気にしないで?」
「でも、お腹空いてたでしょ?」
「それより亮平が無事に帰ってきてくれてよかった。帰ってきてくれて嬉しい」
「ありがとう、、」
「でも無理しすぎないでね?頑張る亮平もかっこいいけど、あんまり遅いと体壊しちゃうから」
こんなにも俺を大切にしてくれる蓮くんの優しさに、俺の身体が言い表しようがないくらいの嬉しさで溢れていっぱいになった。
俺はまた「ありがとう」と返して、「明日は早く帰れるように頑張ろう」と心に決めながらご飯を一口頬張った。
冷凍しても、おいしさは半減していなくてほっとする。
炊き立ての状態で熱を取ってからすぐに冷凍しておいてよかった、なんて考え事をしながら、またご飯を口に入れたところで、俺を見つめて微笑む蓮くんと目が合う。
ずっと見られていたことにちょっと恥ずかしくなって、火照る頬を隠すようにお米を噛む口の動きごと一緒に手で覆って微笑み返せば、蓮くんはまた「ん“ん”ッ」と唸って頭を前後に振っていた。
次の日は、俺の方が先に帰って来れたので、蓮くんに「ただいま、遅くまでお疲れ様。お家で待ってるね」と連絡した。
スマホを閉じてすぐに、通知音が鳴ったので確認すると蓮くんから返信が来ていた。
「あと少しで帰れる!」
そのメッセージに、自然と口角が上がる。
ふふっと笑いながら、また返事をした。
「ご飯どうする?」
「お昼のロケで食べたご飯がずっとお腹の中に残っててあんまり減ってない…亮平先に食べてて?」
「なら、なにか軽いものだけ作っておくね」
「好きです」
短いやり取りの最後に、「Me too!!」と吹き出しのついた虹のキャラクターのスタンプを送ってから、俺は着替えてキッチンに立った。
万能な塩昆布ときゅうりを和えて一品目を完成させて、次にレタスをちぎる。
千切りにしたきゅうりとわかめ、小さめの豆腐を乗せて、二品目にサラダが出来上がる。
俺も今日はそこまでお腹が空いていなかったので、三品目にスープを作ってご飯の用意をおしまいにすることにした。
冷蔵庫から、半分ずつ残った大根、にんじん、玉ねぎ、もやしを取り出す。
大根とにんじんは銀杏切りに、玉ねぎは角切りにして、もやしはそのまま鍋に入れる。
鰹出汁と、麺つゆ、少しだけ醤油と塩も入れて、本を読みながら茹でかけの根菜に火が通るのを待つ。
程よく熱が入ったのを確かめてから一度火を止めて、溶いておいた卵を回しかける。
固まらないうちにふわっとかき混ぜれば、有り合わせだけれど、具が多めのスープが出来上がった。
もうそろそろ帰ってくるかな?と思ったところで、丁度良く鍵穴を回す音が聞こえてきたので、玄関へ向かった。
「おかえり」と声を掛けた瞬間、俺の体は昨日と同じように、また蓮くんの体に包まれた。
「ただいま、ぁぁ…会いたかった…しあわせ」
「ふふ、これ昨日もやったよ?」
「毎日何回やっても嬉しい」
「そっか、俺も嬉しいよ」
「いいね、これ」
「ぅん?」
「お出迎えするのも、されるのも、どっちも幸せ」
俺もそう思う。
昨日蓮くんにお出迎えしてもらった時も、今日も、とても幸せを感じていた。
ご飯を作りながら蓮くんのことを想えば、自然と笑みが溢れて、心がじんわりと温かくなる。
早く会いたいと逸る気持ちが、ぎゅうっと甘く心臓を締め付けて、その鼓動が全身を伝って、指先までピリピリと痺れさせる。
ささやかだけれど、かけがえのないもの。
「そうだね、俺もおんなじ」と心からの気持ちを伝えると、蓮くんは笑顔の華を咲かせてくれた。
そのまま俺の首元に思い切りよくおでこを擦り付けて、ぴょんぴょんと小さく跳ねている体が、やっぱり大きなわんちゃんみたいで可愛い。
「ふふ、ご飯食べよっか?」
「うん!」
蓮くんが着替えている間に、先ほど作ったスープを温め直して、サラダにドレッシングをかける。先に用意しておいたお箸とコップが並ぶテーブルの上に、作ったもの達を仲間入りさせる。
「いい匂いする、なんだろう」とわくわくしているような蓮くんの声に振り返って、少し驚いた。
スウェットから頭が出ていない。
新品なのか、まだ襟口が硬いらしく、蓮くんは顔を出そうと奮闘しているままリビングへ帰ってきたようだった。
「ぁははっ、大丈夫?」と声を掛けながら、俺もその端を掴んで下に引っ張った。
にょきっと出てくる整った顔は、俺の姿を見つけるなりゆっくりと近付いてきて、ちゅ、と柔らかく俺の唇に触れた。
咄嗟のことにぽーっとしていると、蓮くんは俺の両頬を包んで言った。
「ただいまのキス、まだだった」
そう言って微笑む顔はとても綺麗で、泣きたくなるくらいに、 胸に幸せが詰まっていって、いっぱいになって、苦しくなる。
こうやって、蓮くんがストレートに俺を愛してくれるから、俺は自信が持てる。
そうやって、蓮くんの全てで俺を大切にしてくれるから、俺は蓮くんを愛す勇気を貰える。
俺も蓮くんの両頬にそっと手を添えて、鼻がぶつからないように少しだけ顔を傾けて、いつも優しくて、甘くて、たまに意地悪な言葉を紡ぐその唇に触れた。
いつもありがとう。
いつも、いつでも、いつまでも、大好き。
そんな気持ちが、触れ合ったところから蓮くんに伝わりますように。
そんな風に願いながら、唇を離せば、ちぅっと音が鳴る。
その音に色付く恥ずかしさを隠すように、俺は頭をこてっと傾げながら尋ねた。
「おかえりのキス、いかがでしたか?」
蓮くんは、昨日と同じようにまた頭を前後に激しく振りながら、
「おかわりください…っ」
と唸った。
To Be Continued ……………………………
コメント
10件
めめあべが凄く幸せそうで 2人が可愛い😍💕
めめがめちゃくちゃ可愛いこういった日常が1番尊い🖤💚
待ってましたぁ! 思いが溢れまくってずーっと頭振ってる🖤が可愛すぎました🫣💚