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「ペチカ」
「お兄様!」
「近衛騎士団のみんなにお別れはすんだ?」
「はい。なんか祝福されちゃって。てっきり怒られるのかなあって思ってたんですけど……あはは、ずっとバレていたみたいで」
「まあ、そうだろうね。逆に気付いていなのはゼインとペチカだけだったんじゃない?」
お兄様はすがすがしい顔でそういうと私の頭を撫でた。
お兄様の謹慎処分は無事に解かれ、殿下の護衛としての仕事に復帰した。お兄様は何も変わらない顔をしていたけれど、お母様の一件からかなり怒っていたようで、でも今はそれすらもすっきりと割り切ったような顔をしている。
あの後、べテルの頭蓋骨はお兄様と一緒にお墓へもっていき、お兄様の魔法で無事土に埋めることができた。いつ掘り起こされたのだと考えるも恐ろしく、そこは考えないようにしたが、眠っていたべテルを起こしたお母様と、ディレンジ殿下の行為は許されるものではなかった。もう二度と同じようなことが起こらないよう祈ることしかできないが、べテルが天国で自分の思うように過ごしてくれればいいなと思いながら手を合わせた。
お母様の葬式は簡易的に済まされ、あとはお父様がすべてやってくれるとの話だが、お別れができたようなできなかったようなあいまいさに、後味の悪さが残った。もうすべて断ち切ったと思っていたのにまだお母様にされた仕打ちが体に残っているようで、しばらくは悪夢にうなされながら過ごした。そのたび、お兄様に抱きしめられて、大丈夫だからと言葉をかけられて……私は、完全に男装騎士ベテル・アジェリットから解放された。もうすっかり悪夢も見なくなって今は平穏な日々を送っている。
「後ペチカ、もう騎士服じゃないんだから大股で歩くのは禁止。走るのも禁止。顔面強打なんて笑えないでしょ?」
「お兄様厳しすぎます! だって、ずっと男装して……べテルとして生きてきたのに!」
「文句を言わない。女の子も女の子で大変なんだから。それをペチカはもっと知るべきだよ」
と、お兄様はすっと開いていた私の足を閉じるよう自身の靴をぶつけた。
近衛騎士団のみんなにお別れがすみ、私は剣を握ることも、騎士服に手を通すこともなくなった。その代わり、私がずっと着たかったドレスを着て、かわいいアクセサリーをしてペチカ・アジェリットの人生を楽しんでいる。確かに、女の子らしくしないといけないと講師の人に言われたが、女らしくとか、男らしくとか性に合わない気がした。まあ、ある程度は身に着けるべきだと思うけど。
「私は私ですから」
「……っ、そうだね。ペチカは、ペチカだもんね。でも、ダンスでゼインの足は踏まないように」
「まだ言いますか!? 別に、踏んでないですよ!?」
「ほんとかなあ。じゃあ、今度俺と踊ってみる?」
「なぜお兄様と? というか、お兄様もそろそろ婚約者を見つけなければならないんじゃないですか? 私ばっかり色々言いますけどね」
「そうだねえ、それもまたゆっくりと……ふふ」
お兄様は、どこか遠くを見て笑っていた。その笑みが何を表すのかわからなかったが、お兄様もそろそろ自分のことを考えなければならないと思った。一つは、私がお母様にとらわれていたせいで心配をかけ、それどころじゃなかったということもあるけれど……お兄様もお兄様で自分の人生を歩んでほしいというか。
「私は、お兄様にも幸せになってほしいですよ」
「ペチカは優しいね。その気持ちだけで十分だよ。もしペチカと血がつながっていなかったら、俺はペチカと――」
「絶対に断固として、俺は認めない」
グイッと後ろに引っ張られたかと思ったら、目の上にまぶしい黄金が揺れる。
「ゼイン」
「貴様ら、兄妹が仲がいいとはいえ、血がつながっていなかったら……と。イグニス、貴様には失望したぞ。妹を……」
「もう、ヤケになっちゃってさ……冗談で言ったに決まってるじゃん。ゼインは頭固すぎ」
ひらひらとお兄様は手を振って、次にうんざりというように肩をすくめた。
確かに冗談には聞こえたけれど、すべてが冗談には思えなかった。お兄様はいつだって何を考えているかわからない。もしかしたら、そこにお兄様の見られたくない弱みがあるのかもしれない。
そんなふうにお兄様を見ていれば、俺を見ろと言わんばかりに、彼は私の顔を強制的に上を向かせる。ゴギ、と痛い音が首からなったが、彼のルビーの瞳を見て、痛みも何も吹き飛んでしまった。じっと、これまた疑心の目で私を見ている。
「貴様も、貴様だぞ。ペチカ」
「え、何がですか?」
「実兄にときめいていなかったか?」
「ま、まさか!」
お兄様に私がときめく? そんなわけない。
私は、殿下にそれは見間違いだというが、殿下はそれを半分くらいしか信じてくれず、お兄様の前で見せるけるように口づけをする。上を向いていることもあってうまく呼吸ができなくて、入ってくる舌に蹂躙され、溢れれた唾液が耳のほうまで落ちてくる。じゅ、じゅるっ、と吸うように殿下はそれらをなめとって、腰が砕けた私の腰を支え、お兄様のほうを再度にらみつけた。
「ペチカは、俺のものだからな」
「誰も取らないよ。でも、ほどほどにしてあげてね。男の嫉妬は醜いから」
「……うるさい」
じゃあね、とお兄様は笑いながら私たちに背を向けて邪魔者は退散するよといってしまった。まだたくさん話したいことがあったのに、これも、それも殿下のせいだと、私は火照った顔で殿下をにらみつけた。
にらみつけられたくせに殿下の顔はどことなく満足そうだった。
「ゼイン、ひどいです」
「いいだろ。もとはといえば、近衛騎士団にあいさつした後すぐに帰ってくるといった貴様が油を売っていたのが悪い」
「また人のせいにして……まあ、でも変わりましたね。ゼイン」
私がそういうと、殿下は首を傾げた。
前は三分遅刻しただけでナイフが飛んできたのに。彼自らむかえにきてくれて……嫉妬のキスは余計だったかもしれないけれど、ものに当たることも、人を傷つけることもしなくなった。彼の心に余裕が生まれ始めた証拠だと。
(裏切りの話は今もよく聞けないし、思い出したくもないかもしれないから聞かないけど……でも、彼の心の傷を少しでもいやすことができるのならそれで……)
深くは聞かない。私は、その現場を見ていないし、それは殿下の傷だ。だから私は今の殿下を好きで、昔の殿下に戻っていっている彼を好きでいようと思う。
「何笑っている」
「いえ。本当に私が好きなんだなと思いまして」
「す、好きに決まっているだろ。今も昔も、ずっと好きだ」
「え、あ……」
「何を恥ずかしがっている。貴様が言ったことだろ?」
「ストレートすぎるんですよ。なんか、ゼインのイメージと違います」
「それでも、俺だが?」
と、殿下は何を言うんだというように丸い瞳を私に向けた。
確かに、殿下は殿下だけど、こんなふうにストレートだったかと。日に日にストレートさが増していって、ド直球なその球を私は受け止めきれるだろうかと心配だ。今ですら、こんなにも胸が高鳴ってドキドキしているのに。
殿下は覚悟しろというように私を抱き上げる。先ほど腰が砕けてしまったため、十分に抵抗できず、軽々と私は持ち上げられてしまった。
「これからも大事にする。俺は俺だ。ペチカもそうだろ?」
「私も?」
「ああ。ペチカは、ペチカだ。気の強くて、はねっかえりの強いところも、すべて愛おしい……きっと、貴様が女だろうが男だろうが、そういうところに惚れただろう。そして、わかりやすく顔を赤くするところとかも、可愛らしい……」
「もう、ゼインおろしてください!」
「また、いつでも剣を握ればいい。近衛騎士団を脱退したとしても、貴様が剣をふるうことが好きなら……いつでも相手になってやる。それに、まだ俺に勝てていないだろ?」
挑発的に笑う殿下の言葉で、私は前に抱いた夢を思い出した。夢というよりかは目標で、殿下がそれを覚えていてくれたことに、私の胸はまた違う意味で熱くなる。
「はい。いつか貴方に勝ちます。絶対に」
「ああ、待ってるぞ。手は抜かない」
どんな私でも殿下は愛してくれる。強い私も、弱い私も。私が私である限り……
殿下のほころんだ笑みにこたえるよう私も微笑み返し、頭突きをするように私は愛しの王子様に唇をぶつけた。
「愛してますよ。ゼイン。今も昔も、これからも」
それは、殿下に向けたまっすぐなペチカ・アジェリットの折れない剣だ。