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どうもみなさん、こんにちは。ペチカ・アジェリットです。
突然ですがわが兄、イグニス・アジェリットには弱点という弱点がない気がします。何でもそつなくこなしてしまうけれど、人間らしい一面がある殿下とは違い、本当に弱点という弱点を見せないお兄様は、人間なのでしょうかとたまに思ってしまうのです。
さて、そこで一日お兄様を尾行したい……ところですが、まあそんなことができるはずもなく。
「ペチカ、そこで何やっているの?」
「あはは、奇遇ですね。お兄様。お兄様は今から鍛錬に?」
「ううん。妹に尾行されてたみたいだから、その理由を今から尋問しようかなあと」
「ひいっ。尾行じゃありませんけど!?」
まあ、このようにすぐに見つかってしまうわけで。お兄様には隙がありません。
笑顔を絶やさず、ダイヤモンドを詰め込んだようなプラチナブロンドの髪をなびかせ、いたずらっ子のような意地悪い笑みを浮かべたお兄様は、私を壁際まで追い詰めると、くいっと顎を掴んで向けさせた。
お兄様は尋問……いや、拷問のスペシャリストとも聞くし、話術も会得している。ディレンジ殿下のような嫌な空気感をまとうことも造作ではなく、お兄様の底は見えない。もう二十年とお兄様の妹としてやってきているのに、彼の弱点を私は一つでも見つけることはできなかった。
「それで? なんで俺なんてしてたの?」
「いえ、ちょっとした出来心で」
「じゃあ、俺もペチカのこと一日中見張ってようかなあ。もちろん、職務放棄はできないから、魔法で、だけど。どう?」
「嫌ですが!? 職務放棄をしないという心がけは大変すばらしく思いますけどね!? お兄様、ひどくないですか?」
「理由も教えてくれないペチカと一緒にされたくないなあ」
と、お兄様は呆れたように返してきた。
その顔を見ていると、尾行がばれただけではなくて、尾行した理由までも知っているのではないかと思った。だが、聞いてくるということは言わせたいか、もしくは本当にわからないの二択である。どちらにしても、私は今からお兄様に言葉でなぶられるのだろうと覚悟し、ぎゅっと目を瞑った。
「黙秘します」
「へえ。俺の尋問に耐えるって?」
「騎士として、大切な情報は守るよう、厳しく言われたので」
「でも、ペチカはもう騎士じゃないでしょ?」
「私の心は騎士です」
何それ、とお兄様に言われたが、本当だ。
もう近衛騎士団に所属する騎士でもなければ、一般兵でもない。そこら辺にいる公爵令嬢でもなければ、町娘でもない。未来の皇帝陛下の婚約者であり、未来の皇后……候補。
たとえ、お兄様からの尋問であっても、固く口を閉ざすことだって……
ぐっと、私の足の隙間に滑り込ませ、お兄様は私を逃げられないように囲いこむ。目が本気で、その瞳の奥に渦巻くものが恐ろしい。
「いう気になった?」
「い、言いません」
「どうせ、しょうもないことでしょ? 言っても怒らないからいいなよ」
「……う」
「ね?」
と、圧もかけられる。
やはり前者だった。言わせたいだけだったと、私は読まれていたことに唇をかむしかなかった。唇をかめば、お兄様に注意されて指でなぞられるし、本当にからかわれてばかりだ。こんなので私がお兄様の弱点を見つけられるわけがない。私の弱点はお兄様はきっと全部知り尽くしているだろうけれど。
「いったら教えてくれるんですか?」
「何を?」
「余裕そうな顔が嫌ですね。お兄様、嫌いです」
「え?」
「なん、なんですか?」
「今、俺のこと嫌いって言ったの?」
「え、いって、ああいや、言ってませんからね?」
目が怖かった。さっきよりも見開かれて、瞳孔がぎゅっとなっていて、一瞬だけど、感じたことのない気を感じた気がするのだ。
気のせい? と思いたいのだけど、お兄様はなんだかむすっとしたような顔で私を見た。そろそろ、お兄様も私の茶番に付き合っていないで、殿下の護衛に戻らなければならないだろうに。
「お兄様、そろそろ戯れはよして、ゼインの護衛に戻ったらどうですか? 休憩時間も済んでいるでしょうし……」
「ペチカは、俺の何を知りたくて尾行していたのかな?」
「言ったら、仕事戻ります?」
「返答次第で」
なんて、こわいこと言いながらお兄様はね? と笑う。
私はしょうがなく、降参と手を上げて、お兄様を尾行していた理由を口にした。お兄様はそれを聞いて「ペチカにはわからないだろうな、一生」と笑いものにし、一生擦る気でいるような顔でニヨニヨと笑ってきた。
弱点が把握されるほど恐ろしいことはないだろう。けれど、お兄様の弱点を知ることで、私がそれをカバーできる可能性だってあるのだ。兄妹手を取り合って生きていくというのも大事だと思うのだが、お兄様にはどうやらその気はないらしい。
(私はずっとお兄様にからかわれているし、守られているし……私だって力になりたいのに)
お兄様の怖いものとか、苦手なものとか。それが私が何とかしてあげられるものなら何とかしてあげたい。
お兄様だってお母様の被害者で、つらい思いをしてきたはずなのに。謹慎期間中もお兄様は私のことばかり気にしてくれていた。まるで自分のことはどうでもいいというように。
「俺の弱点なんて一生ペチカにはわからないよ。あと、ないかな」
「ないって、わからないって言った時点で、あるってことですよね? それも自覚しているみたいで……」
「まあ、自己理解はしておくべきだよ。どういうときどんな感情になるとか、自分が苦手とするものとかはね。知っておいて損はないし」
「ぐぬぬぬ……」
「吠えても無駄だよ。じゃあ、俺は言った通り持ち場に戻るね」
と、お兄様はまるで逃げるように私から離れるとひらひらと手を振ってその場を去ろうとした。だが、お兄様が足を進めた方向からこちらに走ってくる人影を見て、足を止めたのだ。
「ペチカ、イグニス」
「ゼイン。迎えに来てくれたのかな?」
「なわけないだろ、ごくつぶし」
酷い、なんてお兄様は全く傷ついていないような声で言うと肩をすくめる。
殿下はそんなお兄様に呆れながらも、私がいたことに驚いてどうした? と首を傾げた。もうこのさいなら、殿下にお兄様の弱点を聞き出そうと、お兄様を尾行していたことを正直に話し、弱点は? と問いかけた。殿下は、顎に手をやってそうだな、といった後、お兄様のほうを見た。
お兄様は殿下にもわからないだろうな、というような余裕そうな笑みを浮かべていたが、次の殿下の言葉に余裕が引っぺがされる。
「イグニスの弱点か。それは、貴様だろうな。ペチカ」
「え、私?」
「ああ、こいつは、無自覚……いや、自覚しているシスコンだ。貴様にかまうのも、からかうのもペチカが好きだからだ。だから、ペチカが傷ついたらこいつは……」
「ゼイン!」
びっくりするくらいお兄様が大きな声を出すので、思わず方がびくっと大きくはねた。
見れば、お兄様も顔を真っ赤にして殿下を睨んでいて、殿下は「だろ?」と私のほうを見る。
(お兄様の弱点が、私?)
つながるような、まだいまいちつながらないような気持ちでお兄様を見ていれば、お兄様は頬をぴくつかせながら「人の弱点とかいうの最低だよね」と認めたうえで、脱兎のごとく逃げてしまった。
(お、お兄様のあんな姿初めて見た……)
「わ、私が、弱点……私が……」
「貴様はつくづく鈍感だな」
「ゼインに言われたくないですけどね」
「イグニスは、ずっと貴様のことを思っているぞ。だが、その気持ちは俺も負けない。ペチカのことは一生大事にする」
「あ、え、ありがとうございます。私もゼインを一生大切にします」
「ハッ、それは楽しみだな」
と、殿下はまたうれしそうに笑うので、すっかりお兄様の弱点を探っていたことを忘れ、私も笑みがこぼれてきてしまった。
きっと私の弱点も、お兄様と殿下なんだと気づくのはまた別のお話だ。
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