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ゆゆゆゆ
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昼。
働き慣れた店内に、焼けたチーズの匂いが広がる。
注文の声、オーブンの音、ありふれた日常。
――それでも、頭から離れない。
あの男。
「……いらっしゃい」
いつものように、無意識に口をついて出た言葉の先。
カウンターに立っていたのは、あの“夢”の男だった。
縦縞の入った黒いフェドラ帽。
白いシャツに、斜めの縞模様のネクタイ。
黒のスーツに、さらに黒のコート。
ポケットから覗く金色のチェーンが、わずかに揺れる。
「……君か」
男は、エリオットを見て、微かに笑った。
初対面のはずなのに。
「……どこかで会った?」
エリオットはそう返す。
自然と声が低くなる。
男は少しだけ首を傾ける。
「いいや。だが――」
一歩、距離を詰める。
「よく知っている」
心臓が、不快に跳ねた。
「君は、彼の隣にいる男だろう」
その瞬間。
チャンスの顔が、頭に浮かぶ。
「……なんで知ってる」
男は答えない。
代わりに、じっとエリオットを見る。
まるで、値踏みするように。
「なるほど」
呟き。
「君もまた、“一部”か」
「は?」
理解が追いつかない。
けれど、その言葉に――
なぜか、否定できない感覚があった。
「……気に入ったよ」
男は静かに笑う。
「私の名は、マフィオソだ」
差し出される手。
一瞬、躊躇う。
けれどその差し出された手を、エリオットは取る。
一瞬だけ触れるつもりだった。
だが――
「……やはり」
マフィオソの指が、わずかに強く絡む。
逃がさないように。
「似ているな、あの男に」
低く、確信めいた声。
「……誰の話」
分かっているのに、聞く。
「君の隣にいる男だよ」
その言葉と同時に、握られた手にわずかに力がこもる。
ただの接触じゃない。
探られているような感覚。
エリオットは眉をひそめる。
「……離せ」
「嫌だと言ったら?」
即答。
迷いがない。
エリオットは一瞬だけ沈黙する。
振り払うことはできるはずなのに、
なぜか――しない。
「……何がしたい」
静かに問う。
マフィオソはわずかに笑う。
「確認だ」
「何を」
「どこまで“彼”なのか」
意味が分からない。
だが、その言葉はやけに引っかかる。
視線が絡む。
黒いフェドラ帽の影で、マフィオソの目は深く沈んでいる。
底が見えない。
「君は、彼と同じ目をする」
「……は?」
「いや、違うな。少しだけ歪んでいる」
その言い方に、エリオットの眉がわずかに動く。
「……勝手に決めつけるな」
声が、少しだけ荒くなる。
マフィオソはそれを見逃さない。
「ほら、今の顔だ」
ぐっと距離が詰まる。
手を握ったまま、逃げ場を塞ぐように。
「その揺れ方。あの男とよく似ている」
「……お前」
振り払おうと腕に力を込める。
だが――
「だが、君の方が面白い」
遮るように言葉が落ちる。
動きが止まる。
「……何が」
「自覚がある」
その一言で、空気が変わる。
「自分が“混ざっている”ことに、気づいている顔だ」
心臓が、ひどく不快に鳴る。
「……意味が分からない」
吐き捨てるように言う。
だが、視線は逸らさない。
マフィオソはそれを楽しむように、わずかに目を細めた。
「いいや。分かるはずだ」
囁くように。
「君は――彼を通して、何かを見ている」
一瞬。
頭の奥で、何かが引っかかる。
夢。
あの視線。
「……」
言葉が出ない。
マフィオソはさらに一歩踏み込む。
「そして今、君は――」
その瞬間。
「すみませーん!注文いいですかー!」
店の奥から、明るい声が割り込んだ。
空気が、断ち切られる。
エリオットは反射的にそちらを見る。
現実の音。
いつもの店内。
一瞬前までの密度が、嘘みたいに薄れる。
「……っ」
小さく息を吐く。
マフィオソの手は、まだ離れていない。
「仕事中だろう」
何事もなかったように、静かな声。
エリオットはその手を、今度こそ振りほどく。
「……注文取る」
短く言って、背を向ける。
歩きながら、指先を見る。
さっきまで握られていた場所が、やけに残っている。
気持ち悪い。
「ご注文どうぞ」
客の前に立つ。
いつも通りの声を出す。
――はずなのに。
頭の中では、さっきの言葉が繰り返される。
“君は――彼を通して、何かを見ている”
「……」
ピザの種類を聞きながらも、意識がそちらに引っ張られる。
ちら、とカウンターを見る。
マフィオソは動かない。
こちらを見ている。
まるで、続きを待っているみたいに。
「……お待たせしました」
商品を渡す。
会計を済ませる。
全部、いつも通り。
なのに――
終わったあと、自然と視線が戻る。
マフィオソと、目が合う。
逃げない。
逸らせない。
「続きは、後でいい」
口の動きだけで、そう言った気がした。
声は聞こえないのに、はっきりと分かる。
エリオットは何も返さない。
ただ、わずかに眉を寄せる。
――気になる。
さっきの言葉の続きを。
あの“確認”の意味を。
そして何より。
「……なんで、知ってる」
小さく、誰にも聞こえない声で呟く。