テラーノベル
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店の裏口。
昼の熱気が嘘みたいに、少し冷えた空気。
換気扇の低い音と、遠くの車の気配だけがある。
エリオットはポケットからスマホを取り出す。
一度だけ画面を見て、すぐに発信。
コール音。
一回、二回――
「……なんだ」
短い声。
チャンスだ。
「今、いい?」
「仕事中だろ」
「裏。少しだけ」
間。
ため息がひとつ、受話口の向こうで落ちる。
「……手短にしろ」
エリオットは壁にもたれる。
「店に、変な客が来てる」
「客なんて毎日来るだろ」
「黒いスーツ。フェドラ帽。ネクタイは斜めに縞」
沈黙。
ほんの一瞬。
でも、確かに空気が変わった。
「……それで」
声が、わずかに低くなる。
「“マフィオソ”って名乗った」
今度は、はっきりとした沈黙。
雑音すら遠のくような、重さ。
「……あいつ、何した」
「何も。……まだ」
エリオットは指先を軽く握る。
さっきの感触を、確かめるみたいに。
「ただ、知ってた」
「何を」
「俺のこと。……お前のことも」
短く息を吐く音。
「……あいつは、そういう奴だ」
「知り合いか」
「昔の、な」
それ以上は言わない、という線引きがはっきりしている。
エリオットは少しだけ視線を落とす。
「……どんな関係」
「関係ってほどじゃない。もう終わってる」
「終わってる、ね」
同じ言葉を、なぞるように返す。
裏口のドア越しに、店内のざわめきが微かに聞こえる。
現実はすぐそこにあるのに、距離がある。
「関わるな」
チャンスの声が、はっきりと落ちる。
「ろくなことにならない」
断定。
迷いがない。
エリオットはしばらく黙る。
「……ふーん」
興味なさそうに、軽く返す。
けれど。
「じゃあさ」
ほんの少しだけ、声の温度が変わる。
「なんで、俺のこと“知ってる”」
間。
「……」
「お前、話してないだろ」
問いは静かだが、逃がさない。
受話口の向こうで、わずかな衣擦れ。
チャンスが動いた気配。
「……見ただけで分かるタイプだ」
「それで俺まで?」
「……」
今度の沈黙は、さっきより長い。
エリオットは目を閉じる。
頭に浮かぶのは、あの男の目。
“君は、彼の一部だろう”
「……なあ」
ゆっくり、言葉を落とす。
「お前、どこまで見せてたんだよ」
「見せてねぇよ」
即答。
だが――
わずかに硬い。
エリオットは小さく笑う。
「じゃあ、あいつが勝手に見た?」
「……そういうことにしとけ」
「曖昧だな」
「深入りするなって言ってる」
少し強い声。
命令に近い。
それでも。
エリオットは視線を上げる。
裏口のドア。
その向こうにいる、あの男。
「……興味ある」
ぽつりと落とす。
「は?」
「俺の知らない、お前のこと」
チャンスが息を止める気配。
「……必要ない」
「俺にはある」
淡々と。
だが、確実に踏み込む。
「さっきさ」
少しだけ間を置いて、
「“混ざってる”って言われた」
「……」
「否定できなかった」
静かな告白。
チャンスの呼吸が、わずかに乱れる。
「……エリオット」
名前を呼ぶ声が、低く沈む。
「やめとけ」
今度は命令じゃない。
どこか、抑えたような響き。
エリオットは、ドアノブに手をかける。
冷たい感触。
「……戻る」
「――待て」
呼び止める声。
ほんの一瞬だけ、指が止まる。
「……あいつに、近づくな」
最後の一言。
エリオットは少しだけ目を伏せる。
それから、
「……善処する」
曖昧に返して、通話を切った。
ポケットにスマホをしまう。
そのまま、ドアを開ける。
店内の光。
音。匂い。
全部、変わらないはずなのに。
カウンターの奥。
黒い影が、まだそこにいる。
視線が、合う。
逃げない。
「……続き、聞かせろよ」
小さく呟いて、エリオットは近づいた。
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