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#幼馴染
#ヒロうり
#この物語はフィクションです
音色*【すたろな参戦!】
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「……おいしいっ! お兄さん、これ大好きです!」
サクサクと小気味よい音を立ててクッキーを頬張る彼女の顔は、本当に幸せそうだった。
不器用に動く指の足りない右手と、丸みを帯びた左腕の先を使って、彼女はこぼれた欠片さえも愛おしそうに拾い集めている。
「そうか。……なら、また買ってくるよ」
俺の声は、ひどく掠れていた。泣き出しそうになるのを喉の奥で必死に堪えているからだ。
彼女は「やったあ!」と無邪気に笑い、ふと、首元からぶら下がっている銀色のプレートを指で弾いた。
チリン、と冷たい音が病室に響く。
「あの、お兄さん。一つ聞いてもいいですか?」
「なんだい」
「これ、私が倒れていた時からずっと握りしめていたらしいんですけど……。すごく傷だらけで、文字も読めなくて。でも、なんだか手放しちゃいけないような気がして」
彼女が傾けた首の先で揺れているのは、軍の認識票だった。
激しい戦闘の熱で一部が溶け、無数の爪痕のような傷が刻まれたそれには、かつて彼女の名前と部隊名が刻印されていた。彼女が、最後まで俺たちを守る盾として戦い抜いた証だ。
「……それは」
俺は息を呑んだ。真実を告げるべきか、否か。
「それは、君が……っ、とても大切にしていたお守りだ。君が、君の家族や、大切な友人を守るための」
「やっぱり! なんだかこれを見ていると、胸の奥がぎゅーって暖かくなるんです。私、きっと誰かにすごく愛されていたんですね」
無邪気なその言葉が、俺の心臓をさらに深く抉る。
違う。君が愛されていたんじゃない。君が、俺たちを愛してくれていたんだ。自分の四肢と、未来と、記憶を代償にしてまで。
「……ああ。君は、誰よりも愛されていたし、必要とされていた」
俺の言葉に、彼女は照れくさそうに「えへへ」と笑った。
包帯の隙間から覗く右目だけが、三日月のように細められる。
かつて、魔物の首を刎ねる瞬間に見せていた、あの氷のように冷たく鋭い眼光は、もうどこにも存在しなかった。
――あの日。
生存者たちを安全圏まで避難させた後、俺はすぐに援軍となる第一部隊を率いて、あの廃屋へと馬を飛ばした。
道中、俺はずっと祈っていた。神なんて信じたこともないのに、彼女の無事だけを祈り続けていた。
だが、廃屋の周辺に到着した俺たちを待っていたのは、地獄そのものだった。
見渡す限りの魔物の死骸。
黒い血の海と、肉が焼け焦げる悪臭が周囲に充満していた。周囲の木々はなぎ倒され、大地は抉れ、そこがどれほど凄惨な死地であったかを物語っていた。
その死骸の山の中心に、彼女はいた。
折れた剣の柄を、指の欠けた右手で死後硬直のように固く握りしめたまま、彼女は仰向けに倒れていた。
左腕は肘から先がなく、両足は無残に食いちぎられ、頭部からは大量の血が流れ出していた。息をしているのが不思議なほどの、完全な致命傷。
「セツナ……ッ!」
俺が駆け寄り、血まみれの身体を抱き起こした時、彼女の胸で微かに光っていたのが、今の彼女が首から下げているあの認識票だった。
彼女は生き延びた。
国中から最高位の治癒魔術師が集められ、三日三晩に及ぶ大手術の末、どうにか命だけは繋ぎ止めた。
しかし、失われた四肢が戻ることはなく、そして――彼女はセツナとしてのすべてを失って目を覚ました。
「……お兄さん? どうしたんですか、怖い顔をして。どこか痛いんですか?」
不意に声をかけられ、俺はハッと我に返った。
病室のベッドの上で、彼女が心配そうにこちらを覗き込んでいる。
包帯に覆われていない白い頬には、不安げな影が落ちていた。
「いや、なんでもない。ちょっと、昔のことを思い出していただけだ」
「昔のこと……。お兄さんは、私の昔のことを知っているんですよね?」
彼女の問いに、俺の心拍数が跳ね上がる。
「私、自分が誰なのかも、ここで何をしているのかも、全然思い出せないんです。でも、お兄さんの顔を見ると、なんだか安心するんです。お兄さんは……私の、何だったんですか?」
純粋な問いかけ。
俺は「戦友だ」と、「お前の部下だ」と、なぜか口にすることができなかった。
それを言えば、彼女を再びあの血みどろの戦場に引き戻してしまうような気がしたからだ。
「俺は……」
言い澱む俺を助けるように、コンコン、と病室の扉を叩く音が響いた。
「失礼します。面会時間の終了が近づいておりますが、よろしいでしょうか」
白衣を着た初老の医師が、静かに部屋へと入ってくる。
「ああ、すみません。今、出ます」
俺は逃げるように立ち上がった。
「また来るよ。……ゆっくり休んで」
「はい! また来てくださいね、お兄さん!」
背中に彼女の明るい声を浴びながら、俺は逃げるように病室を後にした。
廊下に出ると、ひんやりとした消毒液の匂いが鼻を突く。
先ほどの医師が、カルテを抱えたまま俺を待っていた。
「……先生。彼女の記憶は、戻るんでしょうか」
すがるような俺の問いに、医師は重く首を横に振った。
「厳しいでしょうな。彼女の記憶喪失は、脳の物理的な損傷によるものだけではありません。魔力枯渇症の末期症状……つまり、生き延びるために自身の記憶や感情すらも魔力に変換し、燃やし尽くした結果です」
「記憶を、燃やした……?」
「ええ。それに加えて、あの凄惨な状況です。人間の精神というものは、許容量を超えた苦痛や恐怖に直面したとき、自己防衛のために回路を遮断することがある。いわば、忘却という名の恩寵です」
医師は、同情と諦観の入り混じった目で俺を見た。
「もし万が一、彼女が記憶を取り戻したとしましょう。その時、彼女の精神が、あの日の激痛と絶望、そして失われた四肢の幻肢痛に耐えられる保証はどこにもありません。最悪の場合、精神が完全に崩壊する危険性があります」
――思い出すことは、彼女を壊すこと。
その事実が、鉛のように重く胃の腑に落ちていく。
俺は彼女に思い出してほしいと願ってはいけなかったのだ。彼女が今の無邪気な笑顔でいられるのは、あの日の地獄を、そして俺という存在を忘れてくれたからに他ならない。
「……わかりました。ありがとうございます、先生」
医師に一礼し、俺は再び歩き出した。
振り返ることはできなかった。病室の扉の向こうには、俺が守るべきだった、そして俺を庇ってすべてを失った少女がいる。
「私を置いて先に行って!」
脳裏に蘇る、彼女の最後の叫び。
あの日、彼女は俺を置いて行けと言った。
ならば、俺が一生をかけて果たすべき義務はひとつしかない。
「俺が、君の記憶になる」
誰に聞かせるでもなく、廊下の闇に向かって呟いた。
彼女が二度と剣を握らなくていいように。二度と、あんな思いをしなくていいように。
俺は、この身がどうなろうとも、彼女の穏やかな日々を守り抜く。
それが、彼女を地獄に置き去りにした俺にできる、せめてもの贖罪なのだから。
コメント
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拝読しました……心臓の奥がぎゅっと締め付けられるお話でした。 クッキーを「大好き」と笑う彼女の無邪気さと、認識票や医師の言葉が暴く壮絶な過去のギャップに、何度も息を呑みました。特に「思い出すことは、彼女を壊すこと」という医師の台詞と、「俺が君の記憶になる」という決意が重く、胸に残ります。彼女を守るために真実を告げない選択の痛みが、静かに、でも確かに伝わってきました。