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「それでは、こちらのスクリーンをご覧ください」
年が明けたある日の午後。
吾郎は内海不動産を訪れ、コンテンツのアイデアやイメージを伝えるミーティングを行っていた。
「まずこちらがマンション全体の紹介映像です。街のイメージや立地の良さを強調し、実際に生活する上での利便性やワクワク感を感じていただけるような内容にします。ターミナル駅へは徒歩10分。駅ビルにあるショッピングエリアやカフェ。そしてスーパーや病院も。それらを次々と映し出し、広い公園や幼稚園、学校などへも、整備された歩道で安全に通えることをナレーションでつけ加えます」
ライトを暗くした会議室で、前方のスクリーンに動画を投影しながら、吾郎は3人の様子をうかがう。
前回と同じ、熱血営業マンの原口と部長の木谷、そして若手の女性、安藤。
3人ともじっと吾郎の言葉に耳を傾けながらスクリーンを見つめている。
反応は良さそうだ、と吾郎は先を進めた。
「そして次にマンションの紹介です。まずは、南仏プロヴァンス風の外観と設備から。1000戸という規模でゆったりとした低層レジデンスですから、まるでそこが1つの街のように、外国へ来たような気分になれるよう、この部分は角度を変えて尺も長めに紹介します。あとはセキュリティシステムや免震構造、太陽光パネルや雨水活用などのサステナビリティ、生き物の生態系を大切にしたビオトープ、ここも重要なポイントとして考えます」
吾郎は話に合わせて次々と画面を切り替える。
「そしていよいよお部屋の紹介です。ここはウォークスルーで、実際にお部屋に招かれたゲストになった感覚でご覧いただきます。オシャレな門扉と玄関、ウォークインシューズクローゼット、ゆったりしたリビングと開放的なウッドデッキのオープンテラス、ダイニングキッチンやバスルームも。あとはお部屋ごとにテーマや間取りが違いますので、そのご紹介ですね」
書斎やテレワークスペースのある間取り。
子どもの成長に合わせて、部屋を2分割出来る間取り。
シアタールームや防音室があるお部屋。
アイランドキッチンのお部屋、など。
「ある程度オプションで希望を言えるところも、新築マンションの強みですので、そこもしっかりとご紹介します。最後に共用施設や敷地内の公園、クリニック、コンビニなどの紹介をして、実際にそこで暮らす家族の幸せそうなイメージシーンで締めたいと思います。いかがでしょうか?」
吾郎が3人を振り返ると、木谷が大きく頷いた。
「いいですね。こちらからお願いしようと思っていたことを全て先回りされた感じですよ。ははは!私からは何も言うことはありません。あとは、モデルルームの体験コンテンツはどうですか?」
「はい。そちらもいくつか案を練ってあります。主なターゲットはお子様と女性ですね。大きな敷地マップに手をかざすと、その部分の施設をインタラクティブに紹介します。公園ですと、友達に誘われて実際に遊具で遊ぶ映像であったり、パーティールームなら、バースデーパーティーに参加しているようなシーンが現れます」
「へえー、それは楽しみだ」
「ありがとうございます。この部分については、実際の建物を反映して制作しますので、まだ手を付けるのは先になるかと思います」
「確かにそうですね。モデルルームも、都筑さんのコンテンツに合わせて内装を考えますし…。都筑さん、お時間あればこれから現地にご案内しましょうか?」
「あ、はい!ぜひ、お願いしたいです」
「そうですよね。今までご提案せずに申し訳なかった。じゃあ、原口くんと安藤さん、二人でご案内して来てくれる?」
「かしこまりました」
そして原口の運転で、3人は建築中のマンションに向かった。
「うわー、広い!大きい!想像以上ですよ。植栽も全てプロヴァンスのイメージに合わせてるんですね」
現地に到着すると、吾郎は圧倒されたように辺りを見渡す。
まだマンションは建築途中だが、道は整備され、歩道には緑の木々が等間隔で綺麗に並んでいた。
マンションは白い外壁に明るいオレンジがアクセントになっており、異国の街にさまよい込んだような気分になる。
「すごいなー。ここに住めたら、毎日が楽しいでしょうね」
吾郎が思わずそう言うと、原口は嬉しそうに頷く。
「ええ。弊社が自信を持ってオススメできる物件です。都筑さんのご自宅にもいかがですか?」
「いやー、しがない独り身には広すぎますよ」
「あ、まだ独身でいらっしゃいますか。では将来を見越して先にお住いだけでも…」
「あはは!さすがは営業マンですね、原口さん。売り込み方がお上手です。私は全く結婚の予定はないので、投資するには尻込みしますが、実はうちのオフィスでは結婚ラッシュでして。先月結婚したメンバーにここのパンフレットを見せたら、興味津々でしたよ」
「そうですか!でしたら是非ご来場をお待ちしております」
「はい、伝えておきます」
そのあとは、原口の説明を聞きながらゆっくりと敷地を歩いて回る。
若手の安藤は、まだ勉強中の身なのだろう。
今日も黒のスーツで眼鏡をかけ、髪を後ろで一つにまとめて、カリカリと熱心にメモを取っていた。
「お疲れ様でした!都筑さん、お腹空きませんか?少し早いですが、夕食をご馳走しますよ」
ひと通り見学を終えると、辺りはすっかり暗くなっていた。
原口が腕時計に目をやってから吾郎を笑顔で誘う。
「ちょうどこのマンションと同じように、プロヴァンス風の美味しいレストランがあるんです。ご参考までにいかがですか?」
「え、よろしいのですか?」
「はい、もちろん。経費で落ちるので、おつき合いいただけると我々も嬉しいです。な?安藤」
「あ、はい!いえ、その…」
真面目そうな彼女は、軽口を叩くなんて出来ないのだろう。
戸惑ったようにうつむいている。
吾郎は明るく原口に言った。
「ではお言葉に甘えて。イメージが湧くかもしれませんし」
「ええ、行きましょう!」
3人は車に乗り込み、原口の運転でレストランに向かった。
到着したレストランは、先程見たばかりのマンションと同じような雰囲気で、白い外壁に明るい色合いのレンガ造りだった。
店内も緑を多く取り入れ、壁にはプロヴァンス地方の風景を描いた絵も飾ってある。
「プロヴァンス料理は、ラムと魚介類が美味しいですよ」
原口のオススメのラタトゥイユ、ラムのパイ包みやブイヤベースなどをオーダーして、3人でシェアする。
「私は運転するので飲めませんが、都筑さんはワインをどうぞ」
「いえ、そんな。私だけ頂く訳には…」
「だったら安藤もどう?今日はもう定時過ぎて直帰だし」
急に話を振られて、安藤はびっくりしたように目を大きくさせた。
「は、はい!かしこまりました」
「じゃあ、ワインリストもらいますね」
原口がスタッフに話しかける横で、吾郎はチラリと安藤に目を向ける。
(咄嗟に頷いちゃったって感じだけど、大丈夫か?)
もしかして彼女は、そんなにお酒は強くないのかもしれない、と、吾郎は飲みやすい白ワインを注文した。
「もう毎日毎日大変ですよー。営業って口が上手くないとやっていけないじゃないですかー。でも私『控えめおとなしキャラ』なんですよねー。好きな人が出来ても、告白どころか目も合わせられないモジモジ女子!彼氏なんてまったく出来なくて。それなのに営業とか、大丈夫ですかー?」
えっと、これは…と、吾郎は下を向いたまま、こっそり原口を盗み見る。
原口も、しまった…、と言うように眉根を寄せていた。
ワインを飲んでしばらくすると豹変した安藤は、テーブルに両腕を載せ、酒癖の悪いオヤジのように、呂律の回らない口調でグチグチと話し続ける。
「しかもあんなにおっきなマンションを担当するとか!部長、やっちゃいましたね。私を担当にするなんて、もう大失敗ですよ。この私がですよ?スーパーで1割引きの食材に目の色変えて飛びつくこの私が!ひと部屋何千万のマンションを売れるとお思いですか?部長!」
ダン!とグラスをテーブルに置く安藤に、原口が横から手を伸ばす。
「安藤。そろそろやめとけ」
「いーえ、まだ飲み足りません。飲まないとやっていけませんよ!モデルルームがオープンしたら、私がお客様にマンションを売り込むんですよね?もう酒でも飲まなきゃやってけない!」
「いやいや、安藤。酒気帯び営業はダメだからな?」
「私、毎晩うちでシミュレーションしてるんです。どんなお客様に対しても、とにかく気分良く持ち上げる!テンション高く褒めまくって、お客様にはこのマンションがピッタリ!買っちゃいましょー!って」
「そ、そうか。なかなか勉強熱心だな」
「はい!原口さん、やってみますから見ててくださいね」
は?と固まる原口を尻目に、安藤はグイッと吾郎の方に身を乗り出した。
「都筑様」
「は、はい?」
「都筑様は、本当にお仕事が出来る素晴らしい方です。上質なものを見極められ、本当に欲しいものには妥協しない。男の中の男、ザ・日本男子!そんな都筑様には、このマンションも即決でポーンと買えちゃう大きな懐があります」
「は、はあ…」
突然始まった演説に、吾郎は気の抜けた返事しか出て来ない。
「最初にお会いした時は、なんだかイカツイ強面大男だなって印象でしたけど、話を聞いてたらいきなり飛び出したあのワード!『ペットのワンちゃん』!私、あの瞬間、意外過ぎて、ええー?!ってびっくりしましたよ。イカツイ強面大男が、ワンちゃん?!って」
ちょ、安藤!と、原口が慌てて止める。
「お前、何を言って…。都筑さん、本当に申し訳ありません!」
「い、いやー、いいんですよ。ははは」
吾郎は乾いた笑いで顔を引きつらせる。
(なんだって?イカツイ、強面、あとなんだ?しかも2回言われたな)
「とにかく!都筑様。あなたのような包容力のある方には、このマンションがうってつけです。ひと部屋だけとおっしゃらず、二部屋でも、三部屋でも、じゃんじゃん行っちゃいましょー!」
そう言うと安藤は、バタッとテーブルに突っ伏した。
「え、ちょっと。おい、安藤!」
原口が肩を揺すると、スーと寝息が聞こえてきた。
「やれやれ、まったく…。都筑さん、本当に申し訳ありません。失礼なことを申しまして」
「いえ、大丈夫です。それにしても、大変なんですね、営業って」
「まあ、そうですね。向き不向きもあると思います。安藤は、総務部から営業部に異動になったばかりなんですよ。まだ1年も経ってないのに、いきなりこんな大きな物件を担当することになって、かなりのプレッシャーだと思います。私も気にかけてはいたんですけど、普段の彼女は真面目で控えめで、あまり本音を話すタイプではありませんでした。それがまさか、お酒を飲むとこうなるとは…」
吾郎は苦笑いして頷く。
「いつも溜め込んでた気持ちが開放的になったんでしょうね。でも良かったんじゃないですか?スッキリ話してくれた方が本音を聞けて」
「それはそうですが、都筑さんには散々失礼なことを…。本当に申し訳ありません」
「いやー、私なら気にしてません。なんならちょっと面白いもの見せてもらった気分です」
「そう言っていただけると助かります」
「あ、でも面白いものなんて言ったら、怒られちゃいますね。今のセリフは内緒で」
「分かりました。けど、多分本人は覚えてないと思いますよ?自分のあの、一人新喜劇を」
「あはは!あんなに面白かったのに?」
「ええ。いつものように、しれっと真面目な安藤に戻ると思います」
「うわー、ギャップがまた面白そう。次にお会いしたら、思い出し笑いしないように、気をつけます」
吾郎と原口は安藤が目を覚ますまで、男同士で語り合っていた。