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とてもじゃないけど──行きたくない。適当な理由で三科家に帰って、そのまま墓のことなんて忘れたフリで通したいとも思う。
だけど、そんなことはきっと無理だ。逃げ帰るような真似をしたら、またあの大おじさんにからかい半分でいじられるに決まってる。それはものすごく癪だった。
刺すような日差しの中、氷みたいに冷えた手を握りしめる。
「さっさと埋めて、さっさと帰るぞ! 陰気な作業があるから気分が落ちるんだ!」
自分を奮い立たせるためにわざと大声で叫ぶと、杭の内側へと足を踏み出す。
すると急に、さっきまでの不安が消え失せた。
「……あれ?」
目の前がすっと晴れたような感じだ。なにをあんなに怯えていたのか、自分で理解できない。空気が澱んでいるわけでもなく、むしろ風が吹いていて気持ちいい。目をパチパチと瞬いてまわりを見回す俺に、優斗が戸惑った様子で声をかけてきた。
「大丈夫、か? お前……」
「え? ああ、ごめん。もう平気」
「ちょっと様子、変だぞ? なんなら明日にして、今日はもう」
「いやマジでもう大丈夫。普段と違うからかなぁ、なんかテンションおかしくなってんのかもしんない。ほら、早く行こうって!」
「ちょっ、おい、転ぶってばぁ!!」
優斗の手を掴んで坂道を走り出す。砂利に足をとられる感覚も楽しくて、妙に笑いが止まらなかった。
暑さで頭がどうかしていたのかもしれない。土に埋もれかけた丸太の階段もひょいひょい登り、二十分くらいかかると言われていた道をあっという間に駆け上がっていた。
おかげで俺に引っぱられていた優斗は、かなりきつい息切れを起こしていたくらいだ。
ハイテンションだった俺にも、目的地に着いてから疲れが一気に押し寄せてた。シャベルを地面に突き立てたあと、ペットボトルの中身を半分飲み下し、ようやく周囲を見回す。
そこは、気持ちいい草原だった。
確かに雑草は伸びてるけど、風の強さを楽しませてくれる雰囲気だ。まわりを見てみると、この付近だけ木の生育状況が悪いらしい。生えていてもずいぶんと細くて頼りないし、夏なのに葉もほとんど茂っていない。ソロキャンプくらいならいつでも始められそうだ。
日当たりがいいのに、なぜかすごく涼しいのも、この季節にはありがたかった。
これなら別に業者なんて入れなくても──と思った俺の目に、はっきりと違和感のある場所が映る。
「──うわ」
ポツンと建つ、カビと苔だらけの墓石だ。
そこを中心にして草も生えていない、土が露出した部分が広がっている。
まるでコンパスで円を描いたみたいだ。高く伸びている草がそこに向かうにつれてどんどん低くなり、明らかにその数を減らしている。よく見れば木も同じ状況だった。
たぶんこの墓石を中心にした円形に──太い立派な木がどんどん細く低くなり、やがて育つこともできなくなって、雑草だけの草原ができている。
この光景に、優斗は怯んだ。
「……なぁ、これってヤバいやつじゃね? 普通こんなこと、なんないじゃん」
さっきまで真っ赤な顔で汗を掻いていたとは思えない、真っ青な顔だ。
いや、汗は変わらず掻いていたけど、きっと冷や汗だったはずだ。引きつったまま硬直している優斗の横で、それでも俺は楽しくて仕方なかった。
「確かにちょっとホラーだよなぁ」
「ちょっとどころじゃないよ。家族には俺から話すからさ、今日はもう……って、陸!?」
山に入る前の俺なら飛びつきそうな優斗の提案も待たず、俺はシャベルを掴んで墓に向かっていた。なぜかあの墓を見た瞬間、押し寄せた疲れがどこかに消えてしまっていた。 さっさと作業を終えて帰りたいという気持ちとは、違ったと思う。どちらかと言えば、タイムカプセルを掘り出すような、ワクワクした気分だ。なにがこんな異常事態を引き起こしているのか、その原因を探りたくて仕方なかった。
墓のすぐ脇にシャベルを突き立てると、思った以上に土が硬い。何度も足で踏みつけてようやく刃先を深く差し込むと、体重をかけて土を掘り返した。
ボコッという音と共に、大きく穴が空く。一度、二度、三度四度、五度六度七度。穴が増えるにつれて背後で様子を見ていた優斗も、やがて黙って俺の向かい側を掘り始めた。
汗を垂れ流したまま、土を掘り続ける。
石があろうが虫が出ようが、物も言わずにシャベルを突き立て続ける俺の姿に、優斗は怯えていたらしい。何度か声をかけようとしたのに、俺があまりに脇目も振らずいたせいで、タイミングを逃し続けたと聞いた。
「──ぁ、なぁ、陸ってば!!」
そんな優斗が俺の肩を揺さぶったのは、穴が充分すぎるほど深く掘られてからだ。
「っ、うわ……いつの間にこんなに」
本気で深さに気づいていなかった俺は、改めて掘り下げた壁を見て驚いた。
肩くらいの高さがある。
墓石を埋めてから業者に整備を依頼しても、そうそう掘り返されることはない深さだ。
なにを必死になっていたのか、最初の目的もよく思い出せないまま、シャベルに足をかけて穴を脱した。呆けて頭が揺れている俺に手を貸しながら、先に地上に出ていた優斗は声を震わせる。