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「どうしたのですか?
確か、アウリス様をお呼びに行ったはずでは」
まだ二十代半ばに見える青年は……
上司である代表の問いに戸惑いの表情を向ける。
ランドルフ帝国帝都・グランドール―――
その王宮、モンステラ聖皇国の使節団に
割り当てられた一室で、
彼は自分の任務が不首尾に終わった事を、
困惑しながら報告していた。
「アウリス様は冒険者ギルドのマスターになって
いらっしゃいました。
そのため、すぐには動けないと」
「でもそれは、すでにわかっていた事では
ありませんか?
アウリス様がギルドマスターになっていた
事も、それを理由にこちらの要請を再三に
渡って断ってきた事も……
だからこそ、あなたが使節に選ばれ―――
派遣されたのでしょう?」
代表の女性は怒るでもなく、やんわりと
確認するように語る。
「はい。
それは私も予想しておりましたので、
やむなく、転移魔法でお連れしようと
思ったのですが」
「では、どうしてアウリス様がいないのですか?
彼の『自分だけの世界』であろうとも、
あなたの魔法に抗う事が出来るとは思えないの
ですが……」
そこで青年はいったん一息入れて、
「破られました」
「破られた?
あなたの転移魔法が?」
代表の女性の後に、『まさか』『ありえん』と
周囲がざわめく。
「ちょうどギルドマスターの部屋に、
今回の合同軍事演習の特別顧問とかいう
男がいました。
恐らくその男に、『抵抗魔法』もしくは
無効化されたものと―――」
彼の言葉に、代表の女性司祭らしき人が首を傾げ、
「攻撃魔法……
百歩譲って防御系の魔法が『抵抗魔法』で
無効化される事はあり得るとしても、
転移魔法の無効化ってあり得るのかしら?」
『抵抗魔法』、もしくは無効化は、攻撃魔法や
防御魔法にぶつけてこそのものであり、
転移魔法のような、攻撃でも防御でもない魔法を
破られたという事自体、彼らに取っては想定外の
ケースであった。
「で、ですが現に再発動しようとしても
ダメでした。
魔力は感じましたので、魔法そのものを
破られたとしか―――」
「今は使えるのですか?」
「は、はい! 冒険者ギルド本部を出てすぐ、
転移魔法を使ってここまで飛びましたから」
『なんと』『では……』と、さらに周囲が
ざわつき、
「その、特別顧問という者の名前は
わかりますか?」
代表の問いに彼はうなずき、
「ええ。あの後、ていねいで礼儀正しく対応して
もらいましたので―――
話し合いが通じる人間と思います。
名前は確か……」
「いやー、シン殿!
助かったよー。
もう少しで連れて行かれるところだった
からねえ」
同じ頃―――
冒険者ギルド本部のギルドマスターの部屋で、
シンと妻たちはまだ滞在していた。
その鋭い目つきをやや穏やかにした、シルバーの
短髪の男性……
ベッセルギルドマスターが苦笑しながら語る。
「でも―――」
「さきほどの男とギルドマスターは、
どのような関係なのじゃ?」
同じ黒髪を持つ、アジアンチックな童顔の妻と、
欧米モデルのような顔立ちと体の妻……
二人が改めて彼に質問する。
ベッセルさんは部屋の周囲を見渡し、受付嬢の
カティアさんに目を止めるが、
「……まあ、この際彼女にも聞いてもらった方が
いいだろう。付き合いも長いし」
そう言うと、ギルドマスターの全身が淡い光の
ようなものに包まれ、
「ギ、ギルド長!?」
受付嬢が驚いた声を上げる。
そこには、耳の長い華奢な女性のような、
『エルフ』の外見となったベッセルさんがいた。
「じゃあ、ベッセルさん―――
もといアウリスさんは、モンステラ聖皇国の
人だったんですか」
「今はそうだねえ。
ただ、別に聖皇国が生まれ故郷ってわけでも
ないんだよねぇ」
そこでカティアさんがコホン、と咳払いし、
「モンステラ聖皇国は人間の国ですよね?
それとギルドマスターと何の関係が……」
彼女の質問に、ベッセルさんはなぜか私の方を
向いて、
「シン殿には以前話した事があったかな?
ほら、大精霊様はエルフ族の崇拝対象だって」
そういえば、氷精霊様を連れてギルド本部に
来た時、そんな話をしたような……
(■202話 はじめての てんぐ参照)
私がうなずくと彼は両腕を組んで、
「その大精霊様を最高神として崇めているのが、
聖皇国なのさ。
そのおかげで、大精霊様を崇拝するエルフ族も
神の使い、って事になっているらしくて。
最初は自分も、同じ大精霊様を崇めているの
ならと、協力関係にあったんだけど、
段々何ていうか、それを周辺に強要し始め
ちゃってね」
メルとアルテリーゼ、カティアさんがそれを
聞いて、『あ~』『お~』と相槌を打つ。
「まあそれが嫌になって―――
距離を置くようになったんだ。
もともと自分は放浪癖というか、世界各地を
旅して回りたいっていう性格だったし」
「でもどうしてランドルフ帝国に?
それに、ギルド長になって長いんですよね?」
カティアさんが当然の疑問を口にするが、
「んー? でもまだ10年も経ってないと
思ったけど」
「……ちなみに、エルフ族の寿命って
どれくらいなんでしょうか」
私が思わず聞き返すと、
「さあ?
中には千年以上生きているのもいるって
聞いた事はあるけど。
自分はまだ500才くらいだしねぇ」
それなら、数十年程度どうという事はないか。
しかし久しぶりに聞いたな、この人外目線。
「それにモンステラ聖皇国の連中も、
決まった場所にいないとうるさくてさあ。
姿を消したらそれこそ捜索部隊を送り込んで
きそうだし……
それに冒険者なら、ある程度好きなところへ
行っても不思議には思われないしね」
なるほど―――
冒険者なら冒険者ギルドを拠点にしていても
おかしくはない。
依頼、それも強力な魔物相手という事であれば、
長期間遠出しても疑われる事は無いだろう。
「ただ、ギルド長にまでなってしまったのは
自分でも予想外だったんだよ。
おかげで責任は増えるしあまり自由に
動けないし。
まあ後20年もしたら、病死という事にして
引退するつもりだったけどね」
「そんな」
カティアさんの顔がひきつる。
ただまあ、悪い手ではない。
死んだ事にしてしまえば、それ以上彼について
詮索したりはしないだろう。
究極のリセットだ。
「でも、聖皇国はこの後どうするんですか?」
「無理やり連れて行こうとするような連中だ。
あれで諦めるような性質とは思えぬのだが」
妻二人がその点を聞くと、
「実際、様々な情報をモンステラ聖皇国に
送っているからねぇ。
控え目に言っても『間者』のような役割も
自分は果たしているわけだから」
間者=つまりスパイという事だ。
他国を回る以上、情報を渡すだけでも
『そういう事』をしている事になるのだろう。
「ま、たまには戻ってもいいんだけどさぁ。
あそこに行くと、まるで神様か何かを
拝むような扱いを受けるから、それが
苦手で苦手で」
「まあわかる気がします。
こう言っては何ですけど―――
あなたは土精霊様と同じような印象を
受けますし」
精霊様たちは自由奔放なタイプが多い。
でも土精霊様だけは何ていうか、
その中でも常識をわきまえているというか。
「ははは、それは光栄だねぇ。
まあでも、今来ている聖皇国の使節と
顔合わせくらいはした方がいいかもねぇ」
そこで私はとある種族の事が頭に浮かび、
「ちょっとご提案があるのですが」
と、ベッセルさんにある話を持ち掛けた。
「ふむふむ、なるほど。
確かに自分の代わりに、というのは
いい考えかも知れない。
いやとにかく、今回の事はありがとう。
それに代案まで―――
このお礼は必ずするから……」
私の提案に彼は深くうなずき、受付嬢の人も
同じように頭を下げる。
と、そこまで話したところでノックの音がして、
「エードラムさんですか?」
カティアさんが扉を開けると、そこには
『月下の剣』パーティーのメンバーである、
獣人のビルドさんがいて、
「シン様! お久しぶりです。
それであの、リーダーに話があるとの
事でしたが―――
持って来て頂いた素材や料理で、厨房が
手が回らなくなって来てしまいまして。
出来れば手伝いに来てもらえないかと、
リーダーとクエリーが」
申し訳なさそうに話す彼に、まずメルと
アルテリーゼが立ち上がって、
「仕方ない、行こっか」
「話ならそこでも出来るしのう」
そこで私も立ち上がり、ギルドマスターに
視線を向けると、
「ああ、構わないよ。
こちらこそよろしくお願いする。
なるべく多く作っていってくれたまえ!」
「あ、で、出来るのならスイーツも……!」
と、ベッセルさんとカティアさんに言われ、
そのままギルド本部の厨房へと向かった。
「すいません、シンさん。
手伝いまでさせてしまって」
ブラウンの短髪に、ハチマキのような布を
巻きつけた青年―――
『月下の剣』リーダーのエードラム君が
一緒に軽食を取りながら頭を下げる。
「いえいえ。
お父さんのモンド伯爵にも、『神前戦闘』の
件でお願いしていましたから、これくらいは」
私も返礼しながら飲み物に口を付けると、
「いやでも、ありゃあすごかったです!
獣人族の戦いに、あれほどの歓声が
起こるなんて……!」
「女子選手もいましたよね!?
すごいかっこよかったですよぉ~!」
ビルドさん、クエリーさん―――
獣人の兄妹が『神前戦闘』の感想を興奮しながら
口にする。
「最後はどっちの選手を応援するかで、
観客が揉めていたくらいでしたからね。
派手な魔法を使わなくとも、あれだけ
人々を熱狂させる催しがあるのだと
思い知らされましたよ」
パーティーリーダーである人間の青年が、
両目を閉じながらうなずく。
「そーいえば、鬼人族の参戦は
間に合わなかったんだっけ?」
メルの質問に私はイスに座り直し、
「獣人族の女性部門は間に合ったんだけどね。
合同軍事演習もあったから、今回はダメだった
けど、もうリングに上がれる選手はいるって
報告を受けているよ」
鬼人族の里でも『神前戦闘』を映像記録用の
魔導具で見た事で、参加したいという意欲を
見せており、
現在は獣人族対鬼人族の構図で、どう絡めるかの
調整中なのだ。
「俺の親父も、『シンさんにくれぐれもと
言っておいてくれ!』って。
特に各選手が人気で、関連のマスクやら
商品がバカ売れしたみたいでさ。
今から『次の開催はいつなんだ!?』って
問い合わせが殺到しているそうです」
「人気だねー」
「理解は出来るがのう」
メルとアルテリーゼが相槌を打つ。
そこで私は獣人の兄の方に向かい、
「ビルドさん、興味ありませんか?」
「え? は?」
急に話を振られたので戸惑ったのか、
間の抜けた声を上げるが、
「ですから、『神前戦闘』です。
今後もこちらのクアートル大陸で
開催するとなると、いちいと向こうから
選手たちを引っ張ってくる事になります。
こちらの大陸にも獣人はいる事ですし、
現に鬼人族も参戦の意向を固めています。
どうでしょうか」
「し、しかし俺は『月下の剣』パーティー
所属の冒険者です。
二重に活動する事になりますが」
そこでエードラム君も考え込み
「俺はいいと思うが―――
依頼だってしょっちゅうあるわけでも
ないしな。
別に冒険者を辞めてからって話でも
ないでしょう? シンさん」
私はうなずいて同意すると、
「それにビルドさんだけに、というわけでも
ありません。
出来れば故郷から見どころのある人を何人か、
引っ張って来てもらえれば……
とも考えています。
そしていずれは大陸間で『神前戦闘』を―――
ビルドさんにはその、先駆けとなって
欲しいのです」
「い~いじゃないの、それ!!」
と、いつの間にかベッセルギルドマスターが
食堂まで来ていて、
「い、いいんですか?」
「わたくしたちのパーティーから、
という事になりますが……」
エードラム君とクエリーさんが上司に聞き返す。
「今をときめくミスリルクラスパーティー、
『月下の剣』!
その冒険者で獣人であるビルド君が、
『神前戦闘』に参戦する―――
話題性バッチリだと思わないかね!?」
ギルマスの全面的な賛成を受け、周囲も、
「おー、いいじゃんそれ!!」
「ありゃあ俺も見たが……
ビルドならやれるんじゃねーか!?」
「ウチの冒険者は『神前戦闘』でも強いって
証明出来るしよ!!」
冒険者たちも次々とその話に乗り、
「何より、この冒険者ギルドの宣伝にも
なるからねぇ。
全面的にバックアップするけど、どう?」
ビルドさんはしばらくポカンとしていたが、
「やればいいんじゃない、兄さん」
妹がさらりと話し、
「だ、だけど俺がいない間、『月下の剣』は
どうするんだ?」
当然の疑問にはギルマスが、
「ああ、その間はエードラム君とクエリー君に、
ここの厨房で働いてもらうから問題無いよ。
だいたい2人とも、もうここの食堂には
欠かせない人材だしねぇ」
「後はビルド義兄さ……
ビルド次第だが、どうする?」
慌てて言い換えながらリーダーが問うと、
「やらせて頂きます。
映像記録用の魔導具を頂けますか?
それを持って故郷に行けば、
選手希望のヤツらも集まるでしょう」
そこで私も一息つき、
「ありがとうございます。
支度金は後でギルド本部宛に送りますので。
当面はこの帝都に数名の指導用の選手が
残る予定ですから―――
戻ったら彼らと合流してください。
もちろん、滞在費などもこちらで
用意しますので」
今回、合同軍事演習でこちらに来たのは
これも目的の一つだった。
まずは演習で戦力としての亜人・人外の
必要性と威力を知らしめる事。
そして『神前戦闘』による亜人筆頭の獣人族の
イメージアップ。
その興行が成功したのであれば……
自分のところでも、と思うのは必定であり、
「じゃあエードラム君。
お父さんに、こちらの大陸でも『神前戦闘』の
選手育成が始まったと……
この事を伝えてもらえますか?」
私と目が合うと彼も事情を察したのか、
「ああ、親父にそのための金を出させて
やりますよ!
投資として―――
今回の興行で散々儲けたはずだし、
自分のところで独占的にやりたいと
思うはず……!
そこまで考えているとはさすがです、
シンさん!」
こうしてエードラム君、そしてギルド本部の
協力を取り付け―――
私たちは大使館まで戻る事にした。
「おう、帰ったか」
「ピュイー!」
大使館まで戻ると、そこにはライさんと
ティエラ王女様もいて、彼女の腕の中から
母親の胸へと飛びつく。
「すまなんだのう、帝国の王女に子守りを任せて
しまって」
「いえ、わたくしもラッチちゃんなら喜んで」
パープルの長髪を眉毛の上で揃えた痩身の
女性が、微笑んで彼女に返す。
「そういや、ちょうどいいところに
帰って来たな」
白髪混じりのグレーの短髪の男性が、
頭をボリボリとかきながら話す。
「?? と言いますと?」
その言葉にメルが聞き返すと、
「実はシン殿にお願いがありまして、
こちらへ来たのです」
ティエラ王女様はそう言って頭を下げ―――
話し合いの席へと移動する事になった。
「はあ、間者が帝都に潜入していると」
「あまり驚きませんね?」
私があっさりと確認した事に、話を持ち込んだ
彼女は首を傾げるが、
「あれだけの技術を披露したわけですから。
特に軍事技術については何が何でも、
ひとかけらの情報でも持ち帰ろうと
するでしょう。
今回、ウチもそれだけは公開していませんし」
「当然だな。
同盟でも組んでいなけりゃ、軍事技術を
渡すバカはいねぇよ。
まあウィンベル王国を始めとする連合の方は、
どちらかというと亜人・人外前提の戦力だから
そうそう真似される恐れは無いが……」
ライさんが補足するように語り、
「帝国の方でも、対空飛翔体や対水中魔導爆弾は
秘中の秘です。
今回、スクリュー技術もウィンベル王国から
購入しましたが、これも他国に渡さない事が
前提の契約でしたし」
ティエラ王女様も―――
国家中枢に関わる者として続く。
「要はそれらに関しては、かなり警戒している、
って事でいいんですよね?」
「それでシンに相談とは何なのだ?」
「ピュイ?」
家族が話の先を促す。
するとウィンベル王国の前国王の兄が、
両腕を組んで、
「実は両大陸が今一番頭を痛めている
ものがあってな。
ほら、ここにもあるが……
『ゲート』を王宮の最奥、皇族専用区域に
作ってもらった事があっただろう」
「魔界王・フィリシュタ様に設置して頂いた
ものですが。
どうも先日、王宮内に潜入された形跡が
見つかりまして―――
あれだけはどうしても隠し通さなければ
なりません」
続けて出た帝国の王女様の言葉に、
あー、という感じで私もメルやアルテリーゼ、
ラッチと顔を見合わせる。
『人間程度の大きさならば、大陸間の移動も
一瞬で可能』
しかも向こうからはドラゴンやワイバーンが、
人の姿でやって来る事が出来るのだ。
あげく魔界経由なら地上のどこにでもほぼ
制限なく設置可能なんて事を知られたら……
潜在的な敵国から見れば悪夢以外の何物でも
ないだろう。
「そりゃーちょっと問題ですね」
「武器や物のように動かす事も出来ぬ。
隠ぺいにも一苦労であろう」
「ピュウゥ~」
妻二人もその問題点に気付く。
移動自体はミッチーさんがいれば出来るが、
「しかし、今下手にフィリシュタ様や
ミッチーさんに関わらせれば、魔族に絡んだ
機密だと教える事になる」
ライさんが私の考えを察したかのように語る。
「王宮、それも皇族専用区域にまで入り込んだ
可能性は極めて高いと見ています。
そこまで潜入した手練れ……
やすやすと姿を見せるとは思いません。
それにマームード皇帝陛下、上層部は、
この件を極秘裏に処理したいと」
「ほへ?」
「それはまたどうしてだ?」
妻たちの疑問にウィンベル王国の王族が
咳払いして、
「今回、軍事演習の観戦として呼んだわけだが、
そこで騒動が起きたら、帝国が因縁を付けて
戦争を吹っかけようとしていると―――
そう宣伝されちまう可能性が高い。
あと今回の各国招致は、奴隷に代わる交易を
国内外の商人たちに提案する場でもあるんだ」
「そのため、可能な限り穏便に済ませる事が
望まれているのです」
両国の王族二人に言われて、私はそこでようやく
状況を飲み込む。
奴隷そのものは無くなってはいないものの、
非合法的に連れて来られた奴隷に対する規則は
厳しくなったと聞いているし、
何より……
亜人・人外との融和路線をランドルフ帝国が
取り始めているのは明らかで、それも拍車を
かけている。
人身売買は何だかんだ言って利益率は高い。
だからこそ現在の地球でも、それを行う無法者が
後を絶たないわけで。
そして奴隷に代わる商品の取り引きを、帝国内の
商人たちは渇望している。
その取引先となる各国とのトラブルなど、
何が何でも避けたい、といったところだろう。
「わかりました。
それで―――私は何をすれば」
ようやく本題に入り……
三十分ほどの話し合いの後、私にとある
『指示』が下った。
(む……?)
(誰か来た、油断するな)
ランドルフ帝国王宮、皇族専用エリア。
そこに潜入していた者たちが、常人には
聞こえない声で会話を交わす。
その者たち―――
男女混ざっているようだが、その誰もが
顔まですっぽり覆う忍者のような装束を
身にまとっていた。
(新兵器も警備が厳重であったが、ここは
その比ではない)
(いかに皇族専用とはいえ……
こうまでして隠したいものがあるはずだ)
事実、最奥には最大機密である『ゲート』が
存在し、彼らはそこまで後一歩の位置にいた。
だが、そこに続く扉は皇族関係者にしか開けない
セキュリティロックがかかっているため、
誰かがそこを開ける者が来るまで、彼らは待機
していたのである。
(しかし、あの男は?)
(確か今回の合同軍事演習の特別顧問、
と言っていたような。
だが彼がマームード皇帝の血縁だったとは
聞いていない)
(他の国の『同業者』も反応が無いところを
見ると、別の所用か何かでは?)
(だがそんな人物が来たという事は、やはり
ここには何かがある……!)
いかに皇族専用区域とはいえ、その皇族の
身の回りの世話や、維持管理をする人間は
必要で―――
また大臣クラスの上層部もここで見かけた。
彼もまたその関係者かも知れないと……
彼らはその人物のする事を見守っていたが、
そのアラフォーの中年男性が何かぶつぶつと
小声でつぶやいたかと思うと、
(!?!?)
(なっ???)
(隠蔽が解ける!?)
(あ、あたしの隠密も―――)
彼らは自分の身に起きた事実を察し、慌てて
物陰に身を隠す。
幸い、その男は彼らには気付かず……
そのまま来た道を戻って行った。
(どうしますか、隊長!
どうも身体強化も使えなくなっている
ようですが……!)
(こうなれば見つかるのも時間の問題―――
夜を待って、闇に乗じて逃げるぞ)
(見逃してくれますかねえ……)
(他国の連中も同様の状況だろう。
数が多ければ可能性はある)
(それに賭けますか)
こうして彼らはしばらく待機した後、ここから
逃げる方針を固めた。
「……ふーっ」
一方で、彼らが見ていた人物は離れた場所で
大きく息を吐く。
「参りましたねえ。
皇族専用エリアの最奥で魔法無効化を使う。
ただし『ゲート』は除外し、半径30メートル
以内で、と―――」
私に頼まれた事は、そうして潜んでいるスパイを
私の能力で『無効化』する事だった。
そうする事で彼らを無力化し、そしてそうなった
彼らは見逃す手筈になっている。
『夜になったらどこかで騒ぎが起きたと偽物の
情報を流す。
念のため警備の者は皇帝陛下の下へ急ぎ、
連中の逃げるルートをわざと空ける。
という筋書きだ』
そう言うライさんに私は難色を示し、
『いくら敵対する人間でも、一生魔法を
封じるなんて事はしたくないんですが』
そこで彼は考え込み……
するとメルとアルテリーゼが、
『じゃあこうしたら?
今までシンが魔法を無効化させた連中ってさ、
フェンリルのルクレさんに、その無効化を
解かせるって設定になってたじゃん』
『そうだったのう。
ならばその話を引き合いに出し、無効化の
方法はあると各国の使者に暗に伝えてみては』
その提案にティエラ王女様がうなずき、
『そうですね。
各国の接待を担当している者に、それとなく
言わせておきましょう。
獣人や人外に失礼となる行為をしたら、
フェンリル様の怒りに触れて―――
それで魔法が使えなくなった者がいたと』
『ルクレセント様は……
軍事演習には不参加だったが、こちらの
大使館で待機していたな。
よし、そっちには俺から話を通しておこう』
ウィンベル王国の王族が話をまとめる。
こうして数日後から、各国の施設がチエゴ国の
代表であるフェンリル・ルクレセントさんに
『表敬訪問』が相次ぎ、
その裏で私が無効化の解除にあたる―――
そんな日々を送る事となった。