コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
月曜日。
学生の大半が憂鬱になるであろう、月曜日の早朝。
典晶は、イナリと文也と共に通学路を歩いていた。
一晩寝て、すっかり神通力の戻ったイナリは、完全な人の姿に変化しており、道行く人の熱い視線を一身に受けている。
「美穂子と理亜、………大丈夫だと思うか?」
珍しく神妙な面持ちで、文也が呟くように言った。
「たぶん。俺たちは、八意の所で薬湯を飲んだから、問題ないと思う。父さんと母さんも、問題ないって言ってた。昨日一日あったし、回復してるんじゃないかな」
典成も歌蝶も心配ないと言っていたが、彼らの言うことはイマイチ信用できない。昨日は、彼らの言葉を信用して、酷い目に遭った。やはり、美穂子と理亜の事が心配だった。彼女たちは、典晶よりも凶霊の近くにいて、瘴気を浴びていたのだ。
「そういえば、病院の方は平気だったかな? 昨日、家に帰って新聞を見たけど、病室が破壊されたニュースは載ってなかった」
「あっ……」
そうだ。凶霊に取り憑かれた理亜は、病院を破壊し、飛び降りて逃げ出したのだ。あの時は、ハロが魔法を使って元に戻してくれたが、果たして、本当にそれで済んだのだろうか。あの両親以上に、ハロの言動は信用できない。
「問題はないだろう。母様から聞いた所、ハロが病院に送り届けた際、病院は平常運転だったそうだ。もしかすると、那由多の命を受けたヴァレフォールが何かをしたのかもしれないがな」
「……そうか」
那由多と、その従者ならあり得る話だ。彼ならば、病院関係者の記憶を改竄することも造作ないだろう。
「典晶」
隣を歩く文也が息を飲んだ。見ると、美穂子が通学路で立ち止まっていた。
「………美穂子」
声を掛けようとした那由多を、イナリが止めた。彼女が顎で示す先には、理亜が立ち止まって学校を見上げていた。
美穂子は理亜に声を掛けようか、迷っている様子だった。
理亜は大丈夫だろうか。そして、理亜に操られ、殺されそうになった美穂子は、理亜に対してどんな感情を抱いているのだろう。
色々考えたが、それは典晶が考えても仕方のない事だった。これは、美穂子が自分の中で消化して、先に進むしかない。
「美穂子」
那由多が声を掛けると、美穂子はハッとした表情で振り返った。
「典晶、みんなも……」
美穂子は思い詰めた表情を浮かべていたが、典晶達の顔を見ると、ホッと笑みを浮かべた。
「イナリちゃん、ありがとう、色々迷惑掛けたみたいで」
「私は何もしていないさ。典晶と那由多が頑張ってくれたおかげだ」
「噂の那由多君ね……。会ったときにお礼をしなきゃ」
「すぐに会えるよ。すっっっごいイケメン。マジでお前の好みかもな」
「マジで? わぁ! 凄く楽しみ!」
文也の言葉に、美穂子は手を叩いて喜ぶ。その声を聞きつけたのか、理亜が振り返った。
「美穂子ちゃん?」
名を呼ばれ、美穂子の表情が凍り付いた。
「おはよう……」
元気がないのか、理亜は暗い表情で学校を見上げていた。
理亜は自殺未遂をした。その事を、彼女は覚えているのだろうか。
「私、大変な事をしちゃった……」
唇を噛んだ理亜は、踵を返した。
「やっぱり、私帰るね」
「待って!」
すれ違う寸前、美穂子は理亜の手を取った。
「そ、そんな事ないよ! 大変な事なんてない! 悪い事なんて、何もしていない! 理亜は何も悪くないよ」
「美穂子ちゃん……」
「だから、いこ、学校。ね、私もついているから、絶対に大丈夫だから!」
「でも……」
辛そうに顔を伏せる理亜に、スッとイナリが歩み寄る。
イナリは理亜の頭を掴む。
状況を掴めない理亜が、キョトンとした顔を浮かべた。
「ん。体のどこにも異常はない。心も元気なはずだ。学校に行こう。私はまだ通い始めて数日しか経っていないが、面白いところだな、学校というのは」
「あなたは……?」
イナリを見て、典晶、文也を見る。理亜は頭を押さえて表情を歪めた。
「私、あなたたちに酷いことを……? 土御門君は、私を助けようとして……」
座り込もうとする理亜を、イナリは支えた。
「そうだ。お前は、私と典晶、文也、そして、美穂子を殺そうとした」
「ちょっと、イナリちゃん!」
美穂子がイナリを止めようと、イナリの腕を取った。だが、イナリは平然な顔をして続ける。
「だけど、それはお前の本心じゃない。信じられないかも知れないが、お前は黒井真琴の幽霊に乗り移られていた。だから、あんなことをした」
「幽霊……?」
「信じるか信じないかは、理亜、お前本人に任せる。だが、私は本当のことしか言わない。黒井真琴の幽霊は、消えた。だから、何も心配しなくて良い」
「信じられないかも知れないけど、本当の事だから」
「そうそう。マジで、それ、本当の事だから」
典晶と文也もイナリの言葉に賛同する。
「そうなの、美穂子ちゃん……?」
「うん。本当の事だよ。私、少し理亜に会うのが怖かったけど、私よりも理亜の方が怖がっているんだもんね。大丈夫。私が付いているから。違う」
美穂子はこちらを振り返った。
「私達、みんなが付いてるから、大丈夫だよ!」
「うん……うん……ありがとう、美穂子ちゃん。みんなも、ありがとう……」
泣き出した理亜の手を、イナリは離すとそれを美穂子に渡す。美穂子は理亜の手を取ると、ゆっくりと学校へ向かって歩き出した。
「これで本当に、一件落着だな」
歩を進める美穂子と理亜の背中を見て、典晶は呟いた。
「この件(・・・)、はな。まだまだ、宝魂石集めは始まったばかりだろう」
「文也の言うとおりだ。宝魂石集めは、これからが本場だ。忙しくなるぞ」
「……そうだね」
溜息をつきながらも、典晶の顔には笑みが浮かんでいた。
屹(きつ)度(と)、こうやって友達と絆を深めていくのだろう。そして、イナリとの絆も、深まっていくのだろう。
いつの日か、宝魂石を集め終わり、イナリがずっと人の形を取るようになったとき、自分はどんな答えを出すのだろうか。
周囲に流されるまま、結婚をするのだろうか。それとも、お互いに愛し合い、結果的に結婚をするのだろうか。若しくは、イナリと別れ、別々の道を歩むのだろうか。
分からない。どれが正解で正しいのか。答えなんて、ないのかも知れない。考えるだけ無駄なのかも知れない。
典晶が考え、決めた事。どんな結末であっても、それが最善で最高の答えなのだろう。
難しい問いの答えを考えながら、典晶は青空を見上げた。夏の青空は、高く、典晶の小さな悩みを全て吸い込んでしまいそうだった。